64. 勝っても負けても
ガツンッ!!
まるで鉄球と鉄球がぶつかったかのような削り合う金属音が響き、演習場では地面が揺れたような衝撃が響いた。
先ほどまで魔王軍の入団試験が行われていた演習場。
闘技場のようにグルリと観客席が取り囲んでいるが、中はだたっぴろい運動場だ。
違いは演習スペースと客席の間に防御結界が張られており、見学者の安全に配慮されている点くらい。
先ほどまで受験生で込み合っていた演習場にもう一般人はいない。
参加者全員は大魔王様から記念品を手渡され、五体投地しながらの退出セレモニーも無事終了。見かねた大魔王様にラッキーな参加者が小脇に抱えられて運ばれるという栄誉付き。
今でも城門あたりには最後尾が涙を流しながら地面にひれ伏しているに違いない。
拳と拳が打ち合った状態で停まっている軍団長ベノン、そして副官ガストン。
正面から拳がぶつかり合い、大きな火花が立ち上がり砂嵐のように土と砂が巻き上がったのだった。
「俺のパンチと互角とは。やるようになったなガストンッ!!」
そこにいるのはいつもの温和なベノンではなく、激しく熱い戦士ベノン。
燃え盛る闘争心が真っ赤なオーラとなり背中に立ち上がる。
力が不足すれば熱量に焼かれて近ずけないほどだ。
「なに言ってんすか。まだまだこんなモノじゃねえですよっ!!」
重なった拳はそのままに、反対側の腕を思い切り振りかぶるガストン、それを見て同じく拳を振りかぶるベノン。
一瞬目線が会うと、同時に拳を振り出した。
ゴウンッ!!
さっきよりさらに重い音が響いたが、今度はわずかにガストンが力負けをしてしまった。
体が後ろへとブワリと浮き上がり、ほんの数メートルではあったが後退して着地したのだ。
ガストンも一発目より更に力を込めたが、上回るベノンのパワーに押されたのだ。
まるで精錬された鉱石の巨大な塊。
ビクともしない。
ゆるがない。
ブレない。
それはまさにベノンそのものの戦闘スタイル。
ガストンはまるでこの星の核そのものを殴ろうとしている錯覚にとらわれるのだ。
やっぱ強ええなこのゴリラ、あきれるしかない。
以前は実感できなかったベノンの実力。わかっていたのは「自分より圧倒的な力を持っている」というそれだけ。
だが今ならわかる。
パワー、スピード、体力、武力、魔力量、魔法技術。
パワーは完全にベノンが上だ。2発目は全力で打ち込んだが力負けしてしまった。
しかもベノンはまだ余裕がある。おろらくもう一段階上の"超本気のギア"があるのが見透かせる。
ヤレヤレ、だ。
近づけば近づくほど格の違いをまざまざと感じてしまう。
だがここで怯んでは意味がなくなる。
「そういえば団長、勝ち負けのルール決めてなかったッスね」
「今ので降参するかと思ったが?これは訓練の一環としての手合わせだ、ルールも何もないだろう」
軍団長ベノンがニヤリと笑う。
相手と対峙して緊張を解かないが、そうでなければホッペが垂れさがるくらいに微笑んでいるだろう。
自分についてきた若造がいつの間にか匹敵するほどの力を付けたのだ。嬉しくてしょうがない。部下の成長に喜びを感じるのは大魔王様譲りか、ベノン本人の資質によるものか。
しかもまだ引き出しがあるらしい。
「そうはいきませんって。俺が勝ったらこの模擬戦の後にプロポーズしてもらいますからねっ!」
「な、なに!?この衆目が集まるなかでか!?」
演習場のグランドにはベノンとガストンしかいない。
だが周囲の観客席には、いつの間にかさきほどの入団試験で監督官をつとめていた隊長たちが集まってきていた。しかも何人かは「ベノン団長とガストン副官の模擬戦が見られるっ!」休みの兵士たちを呼びにいっており、あとからあとから人が増えている最中なのだ。
「いえいえ、そうは言ってませんって罰ゲームとかじゃないんですから。じゃあ今日中でいいですから。どこかムードのあるところで二人きりにでもなればいいですよ、そしてやさしく抱きしめて抜き手で刺されればいいっ!!」
いきなり断言された軍団長ベノン、すぐに浮かんだ表情は昔を懐かしむような微笑みだった。
「懐かしいな。いいだろう、だがそうなると」
ベノンは紳士である。
相手が自分より格下であろうと、力がもう少し不足していようと。
真摯な想いには全力で答える。
彼にはわかっているのだ、おちゃらけているようでガストンは漢。
しかも自分よりはるかに気遣いやさんであり、それを悟らせないよう毒舌と軽口を交えて平気な顔をするヤツなのだ。
「もちろん、俺が負けたら副官を降りてイチからやり直しますよ。どこか拾ってくれるところがあればいいんですがね」
へへへ、とニヒルに笑うガストン。
だいたいにして入団試験つまりは職務中に軍団長へのなれなれしい態度と口ぶり。いつぞやの謁見式に引き続き、軍団の規律を考えるとかなりアウトなのである。
さらに今回は上官ベノンに対して度重なる図々しく生意気な口ぶり。あげくに言い合いからの軍団ルールで諍い。これではベノンも周囲もかばうにかばえない。
そんなことはガストンわかっている。
わかってやっている。
自分の立場も周りからの評価も、ガストンからすれば勝手についてきただけのものでしかない。欲しいなんてカケラも思っていない。
恩人であるベノンの力になれるのであれば誰が何を言おうと関係ない。
そんなことで自分の本気がベノンに伝わるのであれば安いもの。
軍団長ベノンは自分より弱いものの想いに全力で応える漢。
ガストンが勝てばプロポーズは必須となるが、ガストンが負けてもやはりその想いに応えるに違いない。
そういう漢なのだから信じられる。圧倒的な強者であるくせに相手の気持ちに全力で応える。
そのためにも本気なところを見せとかないとならんのですがね。
団長の胸を借りる機会なんてこれからなさそーなんで。
全力でやらせてもらいますよ。
ガストンの胸中は嬉しさ半分ワクワク半分。
尊敬する相手に全力を見てもらえる貴重な機会だから。
さあやるぞと意気揚々と構えたガストン、随分集まったなぁと観客席に目を配らせてガックリ。
漢と漢のいい話だったハズなのに。さすがに「イラッ」
もちろん相対するベノンに向けたものではない。
観戦席のど真ん中に居座る集団の視線がガストンをイラつかせる。
随分と観客席にあつまってきたギャラリー。むくつけき筋肉たちに囲まれて白衣を着た美女2名と美少年ひとりがニヤニヤとガストンを眺めている!!
腹立たしいことに真ん中に座るジュディアーナはあきらかにベノンとガストンの会話を読み取っている。ガストンが負けたら軍団の副官を降りる宣言の瞬間にめちゃくちゃ「いい顔」で拍手喝采したのだから!!
ぜったいに負けたくねえっ!!!!
ガストンの中ではベノンの情熱にも劣らないほどの怒りの炎が燃え盛るのであった。




