54. 百魔夜行4 時間よ止まれ
「珍しいの?お主がこんな時間に。しかもわざわざワシに会いに来るとは」
宰相ジルベストの朝は忙しい。
魔王国民の多くが眠る夜間でも事件は起こる。
国の外では悪魔が夜通し策略謀略と陰謀に跋扈するし神界には昼も夜もない。人族の世界でこちらの大陸の朝日はあちらの大陸の夕日だ。
世界を相手に魔王国を運営するジルベストにとって朝は半日分溜まったの世界情報がいっせいに報告される時間だ。
衛兵たちの首都リンゲル近辺の警備状況、間諜から入る他種族の報告、夜を徹して走り続けた飛脚や使い魔がもたらす速報、各省庁が夜を徹してあげてきた緊急の報告書。
朝のジリベストは「誰もワシをかまうな」オーラをまとっており、それがわかっている側近たちが近づくことはない。
国を亡ぼすかもしれない案件が混じってるかもだから当然である。
今日も執務が時間始まろうとしており、甘ったるい朝食をたっぷりとって精気をみなぎらせた彼が自分の執務室へとやってくる。
しかし部屋に入ると部屋に違和感を察知する。
正面のチェアの向きがいつもと違い後ろを向いている。
窓の方を向いていたチェアがギイイと回転すると、美女がジルベストと向き合った。
座るのは魔法科学庁長官ジュディアーナ。
「できれば死んでも来たくなかったけどね。こんな辛気臭い部屋」
別に部屋が古いわけでもカビが生えているわけでもない。
魔王宮の宰相の執務室はピカピカに磨き上げられているし、きっちりと物事を片付ける神経質なジルベストだからどんな部屋より整理整頓清掃清潔が行き届いている。
もちろんジュディはそんなことではなく単純にジルベストのことを辛気臭いと腐したのだ。
「喧嘩を売りに来たなら買ってやらんでもないが。今はダメじゃ大魔王様から賜ったお役目を果たさねばならん」
シッシと手を振って帰れと促すが、ジュディはむしろテーブルに肘をついて顎を乗せた。
「忙しいのはキミだけじゃないんだけど。ボクも一晩中研究を終えたところで休みたいしね。お互い顔も見たくないわけだから素直にボクの質問に答えればすぐ出てくけど」
ジルベストの内心は、コヤツこんな時だけ動きが早いいつもの会議にはさんざ遅刻したりズル欠勤するくせに、である。
もちろんまだ朝の早い時間だ。
彼の朝食はお砂糖ミルクたっぷりのミルクティーとメエプルンシロップとバターたっぷりふんわかホットケーキ3段重ね。イチゴーにキウーイとオオレンジィのフルーツ添え。
要は糖質がグリングリンと脳を駆け回っているので冷静な宰相を装うには戦力万端。
知らんぷりして話を合わせる。
「何を聞きたいかしらんがの。魔王国を揺るがすレベルの話でなければ後にせんか。互いに話をして面白い相手ではないわ」
さっさと帰りやがれ知ったこっちゃない、と袖に振ろうとしてもそれに従う相手ではなかった。
「いやあそうでもないんだよ。少なくとも魔王宮の宰相室が吹き飛ぶくらいには重要な話さ」
ジュディが肘をついている机。つまりジルベストの執務机いっぱいにブゥウンと魔方陣が浮き上がりゆっくりと回転を始める。
「お主、それお主が最近開発した時限式の爆破魔導陣ではないか!」
もちろんジュディも宿敵ジルベストが素直にゲロするなんて思っていない。お互いが高位の魔術使いなのだから下準備は怠らない。そういう意味ではジュディはジルベストの実力を買っているのだ。
魔方陣が高速回転をはじめ、机が今にも破裂しそうにガタピシと揺れ始める。
雷撃の直撃を受けてもお焦げ程度の頑丈な机である。破裂すればその破片の硬度をもって部屋中を破壊すること請け合いだ。
「そうだよぉ?これまでの魔方陣じゃないからね、キミでも近づいて陣の構成をチェックしないと簡単には解除できない代物だ。もちろん教えてくれるまではボクが責任をもってキミを近づけないから安心してくれるかい?さて・・・」
美人のエルフは大層むかついた顔で宰相ジルベストへ向き直った。
まるで自分の恋人が勝手に誰かと遊びにいったように。
「誰か大魔王と夜遊びしてるヤツがいるんだよね。知らないとは言わせないよ?以前から頼んでいた研究素材を大魔王から大量に貰ったし。足りなければアンタに言えば何とかなるらしいね」
「ほ・・・ほうほう。つまりは何だか知らぬがその素材を寄越せと言うことじゃな?」
とぼけるジルベストに追い詰めるジュディ。
時に立場は逆であったりするのだが、どっちみち二人の立場はいつでも正反対。
猫とネズミであり「仲良く喧嘩」しない。
「そんなこと聞いてないのわかるよね?いいから何してんのか吐きなよ。もう爆発まで30秒切ってるしキミでもヤバイと思うよ。お互い自分の身は結界で防ぐから問題ないけど大魔王から預かるこの部屋が破裂してもいいの?」
「わかったわかった喋ればいいんじゃろうて!あれはな!!」
もう爆発寸前というところでジュディが出ていき、ジルベストは机にへばりついて魔導陣を解析したのだった。
残り0.01秒で止められたのはジルベストの能力の高さかジュディの計算か。
今日がこれから始まる膨大な書類の前で、ジルベストの甘いものゲージはすでにゼロなのだった。




