52. 百魔夜行2 大魔王のお忍び
遡ること数週間。
大魔王の執務室、ある日の夕刻。
「大魔王様、本日の執務終了でございます。お疲れ様です」
「そなたのおかげで本日も滞りなく執務終了したな。礼を言うぞアンジェリカ」
いつものやりとり。
魔王宮のスーパー頭脳とスーパー補佐役が揃うのだから滞るハズはない。
どうしようもなく案件が重なれば宰相ジルベストの出番となるだけで時間をオーバーすることはないのだ。要は毎日が予定通りだし時間超過は許されない。
大魔王には夜の仕事が待っている。
「もったいなきお言葉ですわ。お夜食は食堂でよろしいでしょうか?それとも夜の執務室の方へ?」
放っておけば食事すらとろうとしない大魔王に声をかける。
自分のことを後回しにする大魔王だが部下の想いには必ず答えてくれる。部下の気配りを無駄にできない上司に先読みで準備して声をかける秘書アンジェリカ。
「うむ今日は大丈夫だ。所用であるからお主はゆっくり休むがよい」
大魔王はアンジェリカを見ることなく立ち上がると、マントを肩にひっかけた。
「えっ?」
いつもと違う応えに面食らった秘書アンジェリカが思わずうめき声をあげてしまうのはしょうがない。
大魔王のスケジュール管理も彼女の職務。今日も通常の執務から夜食と休息(を無理やりとっていただき)そして夜の魔王宮で狂乱の研究者たちを相手する。いつも通りの予定だ。
「また明日も頼むぞ」
ガチャリと執務室の扉を開き大魔王が出ていく。
スウと目を細めるアンジェリカ。
秒で第二秘書へ後片付けを念話指示すると、彼女の姿もまた一瞬で掻き消えた。
魔王宮では大魔王のみが入ることを許されている魔王の居室スペース。
久しぶりに戻った大魔王は壁に飾られた一振りの短剣を手にして窓を開きバルコニーへと進む。
見下ろすそばには首都リンゲルをグルリと取り囲む城壁、そして城壁の先には冠に雪を頂いた山脈が続く。
ひゅうんと風切り音がすると大魔王は数十メートルの高さから城壁の先へと身一つで飛び出していた。
黒いマントに包まれた体はあっという間に地面まで到達するが、直撃する直前にフワリと体が浮き上がりやさしく着地する。
大魔王を守り続ける知性あるマント。
暑さ寒さを防ぐのはもちろんのこと、あらゆる物理的な衝撃、魔法攻撃、呪詛や神聖魔法まで防ぐ。
絶えず大魔王を包み守るインテリジェンス・マントであり古くから大魔王とともに行動してきた相棒。
マントからすれば自分は大魔王というやんちゃ坊主を見守る母親。
この子は放っておけば平気で危険地帯に己を投げ出す殉教者なのだから。
「なんでうちの子がそんなことしなきゃなんないんだい!!」
が本心である随分と過保護なオバ〇マである。
その気持ちを知ってか知らずか、大魔王は魔人たちを救うために命をかける。
「ほんっとにしょうがないねこの子は!!言ってもきかないんだから!!」
やいやいと文句が聞こえても大魔王はマントを信頼しているのだ。
黒マントの塊は着地するやいなや瞬時に加速し森に分け入っていく。
一陣の黒い風が通り抜けるように木々の間を縫い、ねぐらへ帰ろうと帰路につく魔物たちすら気づかない。
たまに鋭敏な魔物が「ん?」と頭を上げるが、すぐに気のせいだと歩みを続けるだけだ。
疾風はあっという間に山脈の岩肌にとりつくと中腹にある洞窟の入口に辿り着いた。
「まずはここからであるな」
自分に言い聞かせるように呟くと肩をすくめる大魔王。
そこにはいつの間にか片膝をついた女魔人が傅いている。
「はっ」
武闘服に身を包んだアンジェリカが大魔王を見上げているのだった。
心なし頬が赤く目が潤んでいるのは大魔王の行幸を感知して付き従えた喜び。
彼女にとっては大魔王様とのお外でお忍びデートである。
もちろん大魔王の考えとかけ離れているに違いないが、それは本人の受け取り次第というものだ。
一緒にお出かけしていつもの職務と違うことができるのだ、デートでなくて何だというのだ。
「たしかこの洞窟にはジュエルドラゴンが生息していますわ。討伐いたしますか?」
「うむ。しかし傷をつけたくないのだ。ワレがやろう」
「では私が前衛としてヤツの動きを封じましょう。あとは大魔王の御心のままに」
スウと姿を消し去り気配だけが猛スピードで洞窟の奥へ移動する。
猪突猛進、ウキウキドキドキ、お役に立つわよコンチクショー、と様々な感情が交錯し照れ隠しでスピードにブーストがかかる。
「やれやれ。休めといったのであるが」
もう一度肩をすくめる大魔王。
ニヤリと口角があがる。伝説の魔王パーティが洞窟に突っ込んだ昔を思い出したのかもしれない。
残念ながらすっ飛んでいったアンジェリカはその表情を見ることができなかったのだが、それでよかったのだ。
彼女がそんな大魔王を見れば心核を撃ち抜かれ、メデューサに睨まれた人間のように全身固まり翌朝まで涎を垂らしただろうから。。
秘書アンジェリカは暗殺を得意とし暗器を操る。
暗器とは暗殺に特化した武具であり相手に気配をたどらせず命を刈り取る武具の総称になる。
チ・チ・チ・チ
グローブをはめた腕から延ばした鋼線をギチギチと伸ばすと、襲い掛かるジュエルドラゴンの肢体を拘束にかかる。
細く目立たず鋭く磨き上げられた鋼線がドラゴンの腕や足にガッチリと巻き付く。逃れようとすれば食い込み四肢を切断にかかるため絶対的な拘束である。
「ギャオオオオォォォスッ!!」
動きを封じられ激しく雄たけびを上げるジュエル・ドラゴン。
体中を覆う巨大な魔石や宝石の数々が点滅してブゥンと音を立てるのは、体中から一斉に魔力光線を発するための溜めの一瞬。
光線が発射されるまさにその瞬間にドラゴンの額の目の前に黒い人影が現れた。
その影は一瞬で抜いた刀を額の真ん中にプスリと刺すと跡形もなく消える。
ズズウウウゥゥンッ!!
一瞬で命を刈り取られたジュエルドラゴンが倒れこむと鋼線を回収したアンジェリカも離脱する。
大魔王の瞬間移動により眉間に一刺しで巨大なジュエルドラゴンを倒したのだ。
ジュエルドラゴンはドラゴンであるため、爪も牙も肉も血も内臓も高額で売買される。ほかのドラゴンと違うのは魔力を溜めこんだ魔石で全身を覆っているところであり魔石がさらにこのドラゴンの価値を高めている。
価値を最も高く保つためには、魔力光線が照射される前に全身を傷つけないよう急所を一刺しするしかない。魔力光線は貯めこんだ魔力を光線として放出するのであって、使い切ればただの石ころになってしまい価値は激減する。
これができるのはワールドクラスの強者のみ。
「私の次元収納で運びますけどよろしいでしょうか?ところでこのドラゴンですが高値で引き取ってくれる業者に売り渡せばよろしいですよね」
「手間をかけるな。何か礼をしたいのだが」
「勝手についてきた身ですわ。むしろお邪魔してしまったのではないかと」
「ワレがお主の忠心を甘く見ておっただけのこと。なんならお主のためにもう一頭狩っていってもよいのだぞ」
ビクンと震えて固まった光悦のアンジェリカ、しかし今回はすぐに我に返ることができた。
「それこそお戯れを。では私の願いを叶えていただけますか?」
すでに真っ暗闇となった深い森の奥。
木々に囲まれた小さな湖には満点の星空ときれいなお月様が映り込む。
「さあどうぞ」
湖面にむけて少しだけ切り立った岩の上に佇むのは魔王国大魔王とその秘書アンジェリカ。
彼女が願ったのは激務の隙間にさらにこのような用事を差し込む大魔王にわずかでも休息の時間を取ってもらうこと。
背中の隠しから「こんな展開もありえるかも」と携帯用のティー・ポットを取り出し小さなカップに注ぐ。
少し冷えてきた森に紅茶の湯気がたちあがる。
口に含むと甘い香りと温かさが滲み心をポカポカと暖めてくれるのだった。
アンジェリカが頭をそっと大魔王に預けると、肩を二度ほどポンポンと叩かれた。
決して恋人に向けてのものではなく頑張っている部下を励ますためのものであったのは明確だったが、それでもアンジェリカはその晩一睡も眠ることができないのだった。
夜の暗闇、空にも湖にも輝く星空、大魔王に触れた暖かさ、肩を叩かれた気持ち。
今すぐ体も魂もドロドロに溶けてもいい、いえ溶けた私を大魔王様に飲みこんで吸収してほしい、吸収されて大魔王様の体の一部になれたらもう死ぬまで私はひとつ・・・・
はち切れんばかりの妄想が優秀な秘書の頭を一晩中駆け巡ったのだった。




