6. 魔王国の宰相 2 (sid:ジルベスト)
日付は1日遡る。
今日は大魔王様が朝から魔王軍の閲兵式に参列され、午後には人族の代表がやって来る。
魔王城のイベントが続く日だ。
夜明け前から、皆でバタバタと準備で忙しい。
宰相ジルベストもこれまでの人族との諍いの歴史を整理し、交渉のシュミレーションに余念がない。
「今日は頼むぞ。大魔王様のお手を煩わせることがないようにな」
魔王軍団長ベノンへすれ違いざまに声をかける。
お互い忙しい日だ。
この立ち話の後は会うこともないだろう。
「なに、こちらは手慣れたものです。ジルベスト宰相にご迷惑をおかけすることはあり得ませんぞ」
晴れやかに笑いながらベノンは持ち場へと去っていく。
もう演習場では軍団の整列が始まっている頃か。
「まあ慌てることはない、ワシの方は余裕をもって時間を取ってあるわい。宰相ジルベストに抜かりなし、じゃ」
たかだか人族との交渉ごと、ワシにとっては夕飯前に過ぎん。
カッカッカ、なんせ朝飯はこれから食うでな!
夜明け前、今日がこれから始まる時間。
彼は確かに余裕シャクシャクだった。
魔王国の為その身を削り貢献する男、宰相ジルベスト。
今日の朝食はメープルシロップとバターたっぷりのホットケーキに甘酸っぱいジャムを添えて。ドリンクはいつもの甘いミルクティー。
頭脳派な彼の朝食は、いつも舌に甘く脳に甘い。
甘えを許さず甘いを好む漢である。
ワシは大魔王グラディウス様の忠臣にしてその深淵を国家に実現する者。
いよいよ今日は人族の代表が我が魔王宮に訪れる。
ヤツラの話なぞ本来は聞く耳を持つ必要はない。だがしょうがあるまい、外交を司るのはワシの役目。
人族から礼を尽くして接触してきた今回の話、大魔王様にお伺いを立てたところ話だけは聞いてみることとなった。
ヤツラは本来弱い種族だが、"勇者"や"それに近い実力を持つ冒険者"など魔人と戦える戦士が僅かに存在する。
特に勇者はタチが悪い。
代々の魔王を目の敵とし、魔人達を平気で切り伏せる。
こちらからすると、なぜに目を三角にして魔王討伐に張り切るのか、正直いい迷惑でしかない。
その程度が魔王国を脅かすことなぞ有りえぬが、協定を結べば面倒から解放されるのであれば悪い話ではない。
無しよりだが有り、かもしれん。
話を聞くだけなら無料じゃしな。
日が昇り、人族の代表が訪れる時間が着々と近づく。
しかし人間という種族はどうにも時間を気にするのじゃろうか。
何時ころに訪問すれば良いかと聞かれても、わが魔王国に小賢しい時間なぞありはせんというのに。
日は上り、中天を衝き、そして日は落ちる。
我ら魔人に時間の流れを決めるのは、お天道と月。
時間なんぞに縛られるとは悲劇でしかなかろう。
われら魔人を縛ることができるのは大魔王様のみ、大魔王様が国であり法であり時でもある。
人族の代表がよこした手紙では、訪問時間を何時にするか何度も問合せがあった。
ワシも暇ではない、あんまりに煩いのでつい「日が天中に在りし頃に来られるが宜しかろう」と答てしもうた。
もちろん考え無しではなく、真昼であれば何があろうと魔王国は正常な営みを励んでおり問題ない読みじゃ。
「昼頃にいらっしゃい」程度の話。
細かく時間とやらを決めてもしょうがない、はずなのだが・・・。
なぜじゃ?
もうお日様も天高く上っておるのに、なぜに今日に限って魔王国のいつもの日常が始まらないのじゃ?
城の警備も、城壁に駐屯する衛兵も、なぜか今日に限って誰も来ない。
夜間の警備担当者が頭から湯気を出して残ってくれておるが、これではいつまで経っても城門が開かないではないか。
門を開くのは日中の衛兵、閉じるのは夜間警備兵。裁量も役割も決まっておる。
人族の代表はもう門の前で待機しておるじゃろう、これでは・・・ワシが時間を指定してわざとスッポカして門前払い、魔王国を代表してワシが人族をコケにしたコトにならんか!?
冷たい汗が少し背中を流れ始めたが・・・
別に人族と仲良くしたいとも思わんが、こちらから喧嘩を売る気もない。
それ位のつもりで思っておるのに。
こっちから恥かかせて喧嘩を売るのはちょっと違うぞおい!
部下を走らせてみると、どうにも夜明け前の大魔王様の訓示がまだ続いておるらしい。
それならしょうがない、大魔王様は我らの全て、我らの時もすべては大魔王様のもの!・・・なんてなるワケあるか!
バカモノめ、そんなことは一兵卒でも口にする言い訳じゃ!
ベノンの間抜けが!お主も軍団長という立場であれば今日がどういう日がわからんではあるまいに!
大魔王様のお言葉と人族の訪問、天秤にかけるようなものではない。じゃがしかし。
『そこをうまくヤルのがワシラの役目』じゃ、なぜ分からんか!
やっとれんわい。
何か甘い食物はないかの?