51. 極秘ミッションの意味
あのさぁ?
ガストンはゆっくりと周囲を見回すと剣を抜いた。
十体以上もの獣人の群れだ。俊敏さや身のこなしをみても精鋭部隊に違いない。
胸を貸すのはいい。
魔王軍の副官なのだからいつもの日課だ。
このフラフラの状態で勝てるかどうか怪しいがそれもいいだろう。
そんなことよりもな?
なぜこの吸血鬼はわざわざ俺のハードルを爆上げすっかな!!
頭が痛い。
体に力が入らない。
当たり前だ、あの"変な形の怪しい椅子"に10分も座ったんだ。
あの椅子は強制魔力バキュームの呪いがかかっていると確信する。
あの椅子にフタを開けて座るとウイイィィンと音が鳴り呪いが発動する。
直後に頭から尻へと一気に魔力が塊となってが落ち、椅子に空いた穴からボコンボコンとその塊が抜かれていくんだ。
とめどなく尻からダダレ漏れ続けるその感覚はまるで・・・いや、やめておこう。
魔力が抜かれて体に力が入らなくなると僅かに残った力でケツを引き締めるのだ。魔力と一緒に何かが漏れてしまわないように・・・いや、これもやめておこう。今は魔力の話だ。
そんな状態はつまり、自分の魔力なんてあっというまに枯れ果ててしまう。
魔力は生命力のひとつ。魔力がゼロになる直前ここを1ミリでも超えたら死ぬところで意識も吹っ飛ぶ。
毎日の任務は「もう死ぬ、死んじゃううううぅぅぅ!!」崖から落ちる直前まで攻めるチキンレースを繰り返すことだったんだ。
夜の魔王宮で毎日毎日意識が飛ぶ寸前まで呪われた椅子で魔力をバキュームられた後は、この教練場に埒される。
毎回違う相手に稽古をつけるという苦行を課せられる。俺は魔王軍の副官だから戦闘は本業だなんの苦にもならないこんな状況でさえなければ。
今日は獣人の群れ。
魔力が枯渇寸前な体調は「最悪」。
頭が痛いし体はブルブル震えて力が入らない。魔力が無ければ肉体強化もできないし防御結界も張ることはできない。
剣が重い、体が重い。
もうやだよ・・にじむ涙で視界が揺れる。
"嫌なものはイヤだが逃げるわけにはいかない。その時のために俺は訓練で体に動きを焼き付ける"
以前ベノン団長が"いい話をしてやっている"ドヤで語っていたことを思い出す。
世界的な英雄になる上司の行動原理が俺と同じ小物のヘタレであることに安心する。
"きちんと身に付けとけば後は体が勝手にやってくれるから。便利だぞ"
空に浮かぶ団長のホログラムがサムズアップ。キラリと光る真っ白な歯。
今俺はあなたが通った場所にいます。
ごめんなさいこれまでさんざん笑い飛ばしてごめんなさい。
涙の懺悔しながら俺の体が勝手に戦い続ける。
豹の獣人が素早く接近して一気に剣を振りかぶるのを、少しだけ後ろに下げて寸前で避ける。
豹を躱すとすぐ後ろには虎だ。
ナナメに切りかかってくる長剣に自分の剣を少しだけ傾けて滑らせ弾く。
体を泳がせた虎はそのまんま体をクルンと一回転させて後ろ回しゲリを放つ。
俺は先ほど剣をはじいた自分の剣を平に持ち替え、下から回してその足をはね上げる。
救われた虎は大きく浮き上がりクルンクルンとバク転で俺と距離をとった。
パッと見は獣人の訓練にご丁寧に付き合っているように見せている。
実際には力が入らない俺が最低限の力でできることをやっているだけ。体が勝手に反射する。
極限に追い詰められてるからか、目だけはスローモーションのように異常に相手の動きがよく見える。
頭の中ではつならない懺悔であるとかハワードが言った団長の弟子っつーのは間違いだとかが浮かんでは消えている。
いやーすげーなーこいつらー
次々とワザを繰り出す獣人たちにボンヤリ思う。
もちろんカンマ秒以下の競り合いを続けながら。
なんで虎や豹や猫が二本足でたって攻撃できんだろう。
こいつら骨格どーなってんの。
顔は魔人と獣の間くらいだわな、男のロマン的には格好いいがあれは女から見てどーなんだ?
よくあの牙の生えた口でも普通にしゃべれんだな、チュウするときはどうやんだ。
お互いかぶりあったら口中血まみれだろ・・・
なんの生産性もない思考がダダもれる。
大きな戦斧を抱えたヒグマが一気に重量物を振り下ろす。
重い武器は初動が遅くてわかりやすい。
スススッと前につめて、ちょうど斧を振り下ろす腕の間に俺の腕を通して下からヒグマのあごに掌底を当てる。
片手だしこいつらクビ太いから一瞬止まるだけ。俺はそのまま体をひねりながら横をすり抜ける。
お次はバッファロー。
両手で俺を掴みにかかってくる。その腕を横からつかんで腕を踏み台に一気に飛び上がる。
相手の肩に片足をつけて、そこも踏み台にもう一回飛んで後ろへ躱す。
こうして相手に攻撃させてやっている体で攻撃をかわし続けて数十分。
時間が経つと少しづつ体が動くようになってくる。
一通り攻撃も受けたしそろそろ終わりにしようか。
彼らには悪いが少しでも体が動くようになれば瞬殺で終わる。
「ブラボーっ!ムッシュガストン!!」
一通り当身して負けを認めさせるといつも通りハワードさんが大賞賛。今日も何とか期待に応えられたようだ。
「動けるまでが大分早くなりましたかね」
俺がなんとなく思った感想を言うと、ハワードさんも人の良さそうな笑顔で答えてくれる。
「ムッシュガストンまさにその通りです。あなたが攻撃に移るまで初日は40分でしたが今日は20分もかかっていません」
「魔力の回復力が上がった、ということになりますか?」
「間違っていませんがムッシュガストンが考えていることとはちょっと違います。詳しくはレディ・ジュディアーナに伺った方がよろしいかと。」
ハワードさんはいつも正しい。
誰にでも礼節を弁え明快なところが好感を持てる吸血鬼だ。
ハワードさんがそう言うならしょうがない。
俺はなるべく避けていた上官との会話に取り組むことにする。
「おっと自分で気づくとはさすがだね!」
"呪われた椅子"のフタを開けて中の装置をイジっていたジュディ研究員は、振り返ってサムズアップする。
「ガンちゃんは今回の実験の目的ってなんだと思うんだい?」
今この瞬間に俺の呼ばれ方がガンちゃんまで進化した。
ジュディ・・姉御からすれば俺が疑問を説明したのが嬉しかったのかもしれない。超ご機嫌の笑顔だ。
だが俺の名前は大魔王様と違って短い。「ガストン」の最初と最後の1文字にちゃん付け。
こうなると先は2ステップしかない。
次は"ガン"、最後のステップは"ガ"ではわけわからんだろうからこの先には進まないことを祈るしかない。
機械の扱いも一息ついたのか。ジュディ女史はパタンとフタを閉めレンチを机に置いた。
正面に向き合えたので話を続ける。
「呪いの椅子の効果検証ってところですかね?」
言った瞬間にジトリとした目で見られた。
いっきに不機嫌顔へと豹変する。
え?
だが間違いないハズなんだが、まさか。
「ま、まさか俺に対するイヤがらせ?イジメっすかコレ?」
「・・・・」
「・・・・」
「キミが僕のことをどう考えてるかよくわかるね。これはこれで検証が必要な気がしてきた」
ジュディ女史の目がジト目から細眼になる。顔には下半月の怪しい笑みが貼りついている。え?なんで怖いんだけど。
「ち、間違っちゃったかも・・・ははは」
「・・・・」
結局正解は教えてくれなかった。
ジュディ女史は整備が終わったハズの"呪いの椅子"のフタを開けて再び調整を始めたのが、危険なフラグであることはわかった。




