47. ひとときの休息
魔塔の20階。
広大な魔王宮の一角に聳え立つ塔の中段にあたる。
南向きに広く窓がとられたラウンジからは、魔王国の首都の街並みを見渡すことができる。
渋い木目調のアンティークな家具に囲まれた大人の空間。
日中は喫茶室として重鎮に使われる空間は、夜になると蒸留酒やカクテルに軽いおつまみも出す洒落たBARへと姿を変える。
壁一面はガラスをはめ込んだ窓となっており、そこから見下ろせる大通りにライトアップされた噴水が男女のムードを盛り上げる。
士官以上であれば利用できるため魔王軍団を「目指せ士官」へ駆り立てるモチュベーションとなっているとか。
そんな魔王宮ラウンジ夜のBAR「夜鷹がクルリと輪をかいた」で伝説となった夜のお話。
店にはマスターとカウンターにお客の女性がひとり。
始まりは静かなものであった。
カウンターに座った美人エルフが一番星をつまみにカクテルを傾けているとBARの扉がカランカランと鈴を鳴らして開いた。
現れたのはこの魔王宮の主である大魔王である。
「やあ、今日はつきあってもらって悪いね。さっそくこちらへどうぞ」
エルフが隣の椅子へ促すと大魔王は頷き腰をかけた。
「わが魔王国科学庁長官からの誘いを断れるわけがなかろう。なんでも主席研究員が新しい実験を始めたらしいしな」
ニヤリと笑う大魔王の真意はどこにある。
「うちの主席研究員はアイデアとユーモアと好奇心に満ち溢れているからね。きっと今日も楽しんでもらえるはずさ」
話題の主席研究員その張本人が他人事のように笑った。
「漢道30年でございます」
音もなく差し出されるグラスには指2本分ほど琥珀色の液体。
大魔王がまだ魔人最強パーティで地方へ遠征続きの頃に、首都の片隅でいつでも魔王たちを待ち受けてくれた裏道のBAR。そこで魔王がいつも最初に頼んでいた火酒が銘酒"漢道"だ。
麦芽も泥炭もオーク樽もそして熟成にいたるまで職人のこだわりが結晶した蒸留酒。
関わる全ての職人たちはかれこれ100年も大魔王の舌を悦ばせてきた技術者たちであり、彼らの苦闘の日々は「フィーヨルド醸造所奇跡の日々」として詩人に唄われ広く知られる。
立身出世を目指す酒造り技師たちの羨望の的でもある。
そのふくよかな香りを楽しみながら味わう大魔王の顔から少しだけ力が抜けた。
目を細めた大魔王の笑みは執務室の椅子でのいたずらに見事にひっかかったことへの牽制である。
今度は何を始めたのだ?という質問でもあり、ソコソコにしておかないとまた昼の連中がうるさく言うぞという忠告でもある。
筆頭研究員はいっさい気にする様子がないのだけど。
口に含んだ液体が喉を焼きピートの香りが鼻を抜けていく。
大魔王となってから個人的に酒を飲むのは初めてかもしれぬと思いついた。
元々いくら飲んでも顔色ひとつ変えぬ酒豪である。さらに魔王となってから身についた毒耐性と状態異常耐性が常時発動しているため、アルコール成分は口に入った瞬間に分解され無効化されることになる。大魔王がいくら呑んでも酔うことはない。
この銘酒が持つすべてを味わえないのはの製作者たちに失礼であるし、のんびりとできる空き時間なぞどこにもない。大魔王が個人的に酒をたしなむことから遠ざかって随分経つ。
「どうだい?久しぶりにただの仲間と飲むお酒は?」
大魔導士ジュディ。
大魔王を仲間と呼ぶことができる数少ない存在。
大魔王が魔王の称号すら得ていなかった時代からのパーティメンバー。
天候を操りゴーレムの軍団を率いる。悪魔軍団の意識をいっせいに刈り取る破壊電波を放射する。魔法使いなら邪道と切り捨てる数々の大技で大魔王を救ってきた仲間のひとりだ。
「ああ悪くない。心なしか俺の心核が茜色の空を眺めているようだ」
たとえ酔うことがなかろうと。
この銘酒がもたらす香りに口ざわり。
そして懐かしい仲間と横にならびカウンターに座った空気が呼び起こす景色がある。
随分遠ざかっていたものだ。
「そうだね、僕らの旅にはいつもきれいな夕焼けがつきものだったもの」
悪魔との激戦の後も。神軍の策略で天から降り落ちる隕石を防いだときも。人間の勇者に殺されそうになった魔人の子を拾ったのも。
「そうだったかな」
「そうさ」
きれいな顔をしたエルフは意地の悪い声を出した。
「魔王が何かある度に天を割る一撃を放つから雲が吹き飛ぶ。すると雲間から夕日がきれいに見える。それを眺めてぼくらのその日の戦いは終わり。確定の三段ロンポーだよね」
「くっくっく言うな。神軍が落とした隕石を粉々に吹きとばしたのはお前が打ち上げた魔法衛星だろうが」
「あっはっは、そういえばそうだった!でも先に魔王の一撃で中心までヒビ入ってたからねアレは!」
穏やかな時間。
懐かしい思い出話。
今を全力で走り続ける大魔王には振り返る暇すら許されない遠い記憶。
「気付いていたか。こっそりやったのだが」
「みーんな気づいてたって!あんまりにキミの演技がかわいくて気づかないフリするのが大変だったんだからね!」
腹をかかえて大笑いするエルフの横ではいつでも仲間達が笑いあっていた。
焚火を囲み、酒をくみかわし、深夜まで翌日の作戦について激しく論じあった。
万の軍勢と対峙することになろうとも乗り越えてみせる気概。未来の魔王国を守ることだけを考えて突き進んできた。
怖い物しらずのメンバーは恐れを知らず立ち止まることを知らない。
明日乗り越える壁をいかにやぶるか皆で頭を絞り体を張って闘い続けた。
グビリと漢道を飲み干すとマスターが素知らぬ顔で新しいグラスに取り換えてくれる。
今日はどうにも懐かしい気分にさせる。
「どうせこんな話になるならビャッコちゃんも誘いたかったね」
「ああジルベストもな」
ジュディは顔をしかめてイヤな話を聞いたとばかりに口をとがらせた。
「あいつはいらない。固すぎて面白くない」
かのパーティでは大掛かりな術を施すジュディアーナに対し実戦魔法は宰相ジルベストの役目だった。
身近な生活魔法で水や火を用意するところから、核激魔法で敵を圧倒する大魔法までこなす魔法使いジル。
正反対という言葉がこれほど似合う二人は他にない。
合理と分析を重んじて正統な軍略・戦略を崩さないジルに対し、直感とひらめきでどんな難敵にも怯まない天才タイプのジュディアーナ。
固い男と奇抜な女。どちらも漢。
しかしまさに「混ぜるな危険」な二人。
「おまえ達は百年たっても水と油なのだな」
またしても笑いがこみあげてくる。
「まあこれ以上人数集まるのは無理だろうしね。どうせ・・・」
遠くでガシャンと大きな音がした。
おそらくはこの階層へ昇った昇降機の扉を勢いよくぶち壊した破壊音。
ズダ・ズダ・ズダと足音が大きくなって近づいてくる。
ラウンジの扉が激しく音をたて現れたのは秘書アンジェリカ。
大魔王と長官ジュディの気配が並んできることに気づいて慌ててやってきたようだ。
彼女が知らないうちに差し込まれた大魔王のスケジュール。もちろんジュディは鬼の居ぬ間を狙って大魔王に声をかけたのだ。
秘書アンジェリカがカウンターに並ぶワレら・・・いやジュディに向けて指さし言葉にならない悲鳴のような叫びを上げた後。
怒りで顔が真っ赤になり見事にグリンと目が裏返った。
アンジェリカの背中に手を廻し倒れる彼女を抱きかかえる。
ジルに薫陶をうけたわが秘書アンジェリカ。生真面目で一途なところが最大の長所である。
「今日はいい夜だったな」
こうなっては仕方があるまい。
目線をやると年老いてなお矍鑠としたマスターが優雅に頭をさげる。
「そうだね、またいつかやろう。大魔王も息抜きしたくなったらココに来るといいよ」
俺がさっきまで座っていた椅子を指し示す。
「ああそうしよう」
アンジェリカを抱えて連れて行こうとしたところでもう一度呼び止められた。
「ちょっと待って」
パシャリとカメーラで写真を撮るとエルフは手をプラプラと振った。
「この子も頭柔らかくしてあげないと」
今度こそ俺はアンジェリカを抱えたままラウンジを後にしたのだった。
大魔王が去って数分。
筆頭研究員ジュディの助手ミッシェルが顔を出した。
大魔王が座ったのとは反対側の席を陣取る。
「それで実験はどうだったのですか?」
ジュディはカクテルグラスを指でつまみあげると優雅に飲み干した。
「もともと大魔王は酒豪だからね。おくびにも出さなかったけど2回声を出して笑ったかな」
「えええええ!!!!!あの大魔王様がお声をだしてっっっっっっ!!!!!」
"大魔王'ズ指定席"
科学庁の筆頭研究員ジュディが新しく開発した椅子シリーズの第二弾。
見た目は魔王宮ラウンジBARの椅子そのものだが、座った対象の常駐魔法スキルを強制的にキャンセルする。
ガラスのハートやチキンのハートを常駐スキルで守っている者には大変危険。だが大魔王のように自動でアルコールを無効化するスキルもキャンセルされるため、節度ある飲酒で精神をリラックス出来たりもする。普段は口角を数ミリあげるだけの大魔王が声を出して笑うほどには。
「面白半分で作ってみたけどやっぱり遊び心は大切だよね」
カメーラから出てきた写真を指で挟んで抜き取ると、そこには大魔王様にお姫さまダッコされたアンジェリカ秘書が写し出されていた。
「キャアアァァァァーーー♡♡♡♡♡♡♡♡」
「いやあ明日からが楽しみだ!」
大魔王がほっと一息つける場所があってもいいよね。
残りの半分の理由。
いつものエピソードに戻りました
ちょっぴりマッタリ系のお話です
来週も金曜の夜(土曜の早朝かも)更新します週末のチョイ空き時間にどうぞ




