<幕外6> タマネギランド 50year's old 4
街から大きな魔力反応が伝わる。
あわてて二人を抱えて走り森を抜けると、街の上空には暗雲がらせん状にとぐろが天へと巻き上がっているのだった。
まわりには呪文を唱えている大勢の悪魔たち。
「おっと森はやはり囮だったか。結界は強化しておいたが随分と大がかりな術式を構築したな。あれでは結界が持たんだろう」
ベノンは森へ突っ走る前に街の自警団に指示をだしていた。結界が反応したら住人を施設に集めてくれるように。
「頑張ってくれたな自警団の諸君」
襲ってくる悪魔を切り裂いて街へ飛び込むと、子供やご年配達も施設へ集まってきていた。
とにかくベノンの体はひとつしかない。
そして誰かを見捨てるという選択肢もないのだから。
結界を隔てた上空では数百もの悪魔が浮かびあがり、くるくると輪をかきながら怪しい呪言を唱えていた。
悪魔たちが大きく叫ぶたびに竜巻が生まれ巻き上がり、その行きつく先の天高い中心の奥の奥では巨大な血の色の魔法陣が構築されて回転しているのだった。
「全員揃ったぞ軍人さん」
見上げる自警団のオヤジが不安そうに点を見上げる。
「礼をいうぞ。みな俺を中心にして離れないでいてくれ」
術式に特化した悪魔がいるに違いない。
悪魔たちが統制された動きで呪言と魔力を魔法陣に捧げており、天中の魔方陣が高速回転を始めている。
これほど大掛かりな魔導装置から引き起こされる魔法なぞ決まっている。
「核激魔法がくる。すまないが約束できるのはここにいる皆の安全までだ」
せっかくの街が、と呟くベノンを責める声などない。
彼がいなければ間違いなく住人は全滅するであろうし、街はどちらにしても跡形もなく吹きとばされるのだろうから。
この街タマネギランドは魔王国でも他種族との境界に近い最果ての地。
悪魔族からすれば魔王国へも人族の世界にも侵略の最前線基地となる地政。是が非でも欲しい場所であり魔王国としては譲れない場所である。
魔王様に「長期休暇をやるから田舎でゆっくりしてこい」と言われて真っ先にベノンが思い付いた地域。
国の地盤を固めるのに忙しいこの時期に休暇なんてあるはずがなく、休暇は単に「気になっている場所へ行ってみろ」と言われただけである。少なくともベノンはそのように受け取る。
やってきたこの田舎。朴訥で、小生意気で、そのくせ皆で力強く生きている住民が好きになった。
間違いなく魔王様も好きなタイプのやつら。
そんな街を任されて俺が力を出し惜しむわけはない。
「みんなしばらくの間その場を動かないでくれ!すぐ終わる!!」
住民全員の座標を魔力感知で把握して小さくても最強度の魔術結界を張り終える。あと悪魔どもを皆殺しだ。
さあ出番だヤロウども!
ブーツはシュウシュウと煙をあげ、魔剣の刀身が凝縮された魔力で輝き、マントは核激魔法すら跳ね返す気満々で鏡面に変化する。
そしてグローブは銀を溶かしたように蠢めくと俺と刀身を繋いで一体化させる。
"あんたが死んだらアタシが魔王から怒られるんだよっ!!"
グローブもいつもはトガっているくせに、いざという時は惜しみなく力を貸してくれる。
身に付けている仲間たちは俺とは阿吽であり相思相愛だ。俺の脚の、腕の、手のひらの、全身の筋肉がそう語っている!
「バッ!!!!!!ばっばっ、バッカヤローーーーーー!!!!!」
それきりグローブからの意思はプツンときれた。気持ちが通じているから問題ない。
頭上で今にも打ち出されようとしているのは街を焦土と化す核激魔法。
街を守る結界も一瞬で砕かれて蒸発してしまうレベル。俺の結界では捌き切れない。
まだまだ力が足りないし手が届かないものだらけだ。街全体を守り切ることは難しい。だが。
だがこの住人たちを守るだけなら俺にもできる。
落とされる核檄魔法を俺の攻撃が越えれば良いだけの話、核激を押し切って吹きとばすだけだ!
魔剣が伝える、全開だ!!
グローブも伝える、全力よ!!
マントもだ、防御はまかせろ!!
体中にビリビリと伝わる核激魔法の瘴気に、俺の筋肉も意志をもって答える。すべてを出し切る!!!
ビカリビカリと光の竜が天空でひしめき合い、今にも襲い掛かろうと街を見下す。
光龍侵喰、数百もの稲妻の竜が暗黒の積乱雲より生まれ出でて直下の街を焼き払う。
高電流・超高熱・暴風が叩きつける衝撃の後には底の見えないクレーターしか残らない。
「俺は生きてるのか?」
うっすら目を開けると空が見えた。
渦を巻く暗雲の中には稲光が激しく交錯している。
あれ?俺なんでこんなとこで寝てんだろう、嵐でもきそうな天気なのに・・・
「ガストン目が覚めたか!まだじっとしてろ傷は塞がっているが血が足りない!」
そうだ、悪魔だ。
悪魔に指を・・・
手をあげてみると傷はきれいにふさがっている。
だが右腕の小指だけを残して全てなくなっていた。
まあ生きてるだけひろいもんか。
「指は何とかしてくれるって軍人さん言っていたよ、首都の魔導士にかけあってくれるって・・・」
いつも連れているガキたちが泣きながら教えてくれた。
「だ、ダナックは?」
恐る恐る聞くと、横から俺の顔を覗き込んだのはダナックだった。
「無事だから。無事だから。ありがとう、ありがとう。俺なんかをかばって・・・」
頬にポタンポタンと涙が落ちてくる。
泣くなよ。
俺は何もできなかったんだから。
「お前がベノンさんを呼んでくれたのか・・・?」
ダナックは首を横にふって空を見上げた。轟音を立てながら天に昇っていくベノンさんが見える。
「悪魔たちに追われて・・・気が付いたら、あの人が俺を抱えてくれてたんだ。傷一つついてないよ!」
天高く上がり続けるベノンさんの前には、真っ赤に光る巨大な魔法陣が立ち塞がる。
待ち構えていたように吹き出す紅蓮の炎。真っ直ぐ突っ込む力強い白光。
まさにあの男らしい闘い。
真正面から一直線で力強い輝く漢。
炎と稲妻の竜達がいっせいにベノンさんに襲い掛かる。同じタイミングでベノンさんが天に向かって刀を振うと数百の白竜が天かけあがり、降りてくる稲光の竜たちへ正面から突撃したんだ!
ドウン!!
大きな衝撃が響き真っ白に染まった世界に豪風が吹き荒れた!!
「ああスゲエまるでヒーローだ。この街のために魔王が寄越してくれたヒーローだ」
ベノンさんの竜はメキリメキリと稲光る竜達を食い破り、周りの悪魔たちを噛み砕くと天上で渦巻いてた悪魔の魔方陣をブチ破った。
竜達が突き抜けた天へと暗雲が吸い込まれて消えて、残ったのは雲ひとつない青空だった。
「ぅぅぅぅぉぉぉぉぉっっっ!!!」
遠く天から声が響く。
「うううううううううううおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!」
「ねえ、何かが空から降ってくるよ」
子供の声に皆が空をみ見上げると、小さな黒い点がみるみる大きくなっていく。
ズンズン大きく人型となった落下物から大きな叫び声が木霊した!
「み、みな、俺を避けるのだ!!もう自分では何ともならん!!!!!!!」
ああベノンさんが落ちてくる。
「た、助けなきゃ!」
「大変だ誰か何とかして!!」
子供たちがキャアキャアと騒ぐが・・・
「いいから避けてくれ!お、お、おれには、おれにはこの筋肉があるから大丈夫だあぁぁぁぁぁ!!!!!!」
ドゴオオオオオオンンンン!!!!!
衝撃が響いて俺のそばに人型の穴が開いた。
全身をひろげて正面から地面に喧嘩を売り衝突。
勝利の後ですら真正面から。
「ば、バカ正直過ぎだろ?」
あまりにも過ぎる。
包帯グルグル巻の手で腹をおさえてゲラゲラ笑っちまった。
「キ、キン〇マいってーんだよなー!!!」
あれは高い飛び込み台から水面に平行に落ちた時と同じ衝撃、いや硬い地面だからそんなもんじゃ済まないはず!
いくらベノンさんでもキン〇マは筋肉じゃないから鍛えられない。この深い穴の奥で今股関を押さえて悶絶しているに違いない!その姿を想像すると笑いがふき出た。
手のひらを空にかざす。
街が吹き飛んでも。
身体中がガタガタでも。
笑えるのがいい。
その後ベノンさんに連れられて一度魔王国の首都まで行ってきた。おかげで俺の体は100%だ。
俺を治療する魔術師が「100%と200%と500%があるけどどれがいい?」と聞いてきた。迷った俺にベノンさんの目が言っていた。
100にしとけ。
だいたい完全に元に戻るのが100なはずなのに200と500は何だ?
俺が100でお願いするとその魔術師は全くつまらなそうな顔をした。その時の俺には理由は判らなかったが何だか申し訳なく思いもう一度ベノンさんを見たんだか。
目が燃え上がって伝わってきた「いいから変えるな!」
プスリプスリと腕や手の甲に注射を打たれ魔法陣が描かれたマットの上に立たされる。
さらに魔法陣を描いた紙片が腕や手にベタベタと張られていく。
「じゃあやるから」
美しいといっても言い過ぎじゃないエルフの魔術師は、全くやる気が感じられない塩塩の表情で魔法陣を起動した。
ベノンさんもさすがに気にかかって魔術師に声をかける。
「おい大丈夫なんだろうな?」
「・・・随分小僧っこが偉くなったもんだね!こんなくだらない作業にボクを使うようになったとは大したもんだ!」
満を持して言い返すエルフはボソリとこれで貸し借りなしだからねとつぶやいた。
「いや、ジュディへの貸しはこんなものでは・・・」
「貸し借りなしだからねっ!ぼくはね、なんの進化も発展もない作業をするのがほんっとーに大嫌いなんだ!!次からは500しか受け付けないよ!!!!」
地面も身体中でも魔法陣が高速に回転をはじめ、まぶしく輝く光りであっという間に視界を妨げられた。
そして真っ白の世界でまたもや意識を手放した。
目が覚めると魔法使いはいなくなってベノンさんがベットの横の椅子に腰かけて本を読んでた。
開いた窓から入った風がカーテンを揺らす。
窓の向こうには真っ青な空に白い雲が浮かんでいた。
手の平をかざすと指が元通りでいつも通り動かすことができたんだ。礼を言おうとしても体は起き上がれなかった。
「今のお前は魔力が切れて体力が空っぽなだけだ。しばらくすれば動けるようになる。いろいろと文句を言っていたがアイツの治療の腕は王国一だからな」
ああ・・・
俺はどうしても気になったことを口にだしてみた。
「ところで500を選んだら俺はどうなってたんだ?」
治療を終えて首都から久しぶりに戻ったタマネギランドは、復興も進み賑わいを取り戻していた。
もともとが高い建物も複雑な建築物もない平坦な街だし、魔王軍からも建築部隊を派遣してくれたおかげだ。
「ベノンさんは首都に戻っちまうのか?」
どうやらベノンさんは魔王軍のお偉いさんで間違いない。
魔王様の指示でタマネギランドに休暇?という名目で悪魔から街を救うために派遣されていたのだ。問題は片付いたのだから戻るのが当然だ。
「そうなるだろうな。この街には小隊が常駐するから安心するがいい。10人くらいは派遣される見込みだし警備に役立つ魔道具を設置してから引き継ぐつもりだ」
俺が街の安全を不安に感じたと思ったのか?気を遣って大丈夫だと力説してくれる強く優しい英雄。
でも言葉はありがたいが俺のスタイルじゃない。
「なあ、俺でも鍛えれば魔王軍に入れるのかい?」
「この街を守るためか?」
「そうだ。もう目の前の子供を守れないのはごめんなんだ。」
俺が相手したのは悪魔の下っ端。俺が傷ひとつ付けられない悪魔にベノンさんは傷ひとつ負うこともない。
情けない俺は子供一匹逃げる時間を稼ぐこともできない。
ヤれてるつもりの自分がイの中の蛙だと気づいてしまった。
自分を卑下しても仕方ないから口には出さない。
俺が欲しい力も成りたいものもすぐ目の前にある。
「当分は首都の魔王軍で訓練になるが問題ないか?」
「それこそ願ったりだ。強ええヤツらに囲まれて鍛えまくる。ここを警備するヤツラより強くなればいいんだろう?頭が良くねえから分かりやすい方がいいんだ」
「そこまで言うならなちょっと上着を脱いでもらえるか?」
はあ?
軍に入る前に身体検査をするつもりなのか?
上着を脱いだが自分では引き締まった体のつもりだ。
森で魔獣たちと追いかけっこが俺の仕事だったから、肉付きのバランスも悪かねーし筋量もそれなりだと思う。
俺の胸板や腹筋に腕や背中と触りまわった後。ベノンさんが少しガッカリしたように呟いた。
「まだ細マッチョとも呼べない筋肉具合だな」
そうだった。
魔王軍に入隊しているのは筋肉星からきた筋肉星人たちだった。
「別に固く大きくするだけが筋肉の鍛錬ではないが・・・瞬発力と柔軟性を追求するにしても、これではなぁ」
いつも温和なベノンさんの塩塩な表情が残念感を際立たせる。
軍人と比べるとそんなに差があるっていうのか?
それなら俺は筋肉星人たちより強くなるだけだ。
ベノンさんが新しい警備隊の軍人たちに引き継ぎをする期間。
俺は地獄の特訓メニューをこなして何とかベノンさんに同行を許されることになる。
今でも続く上司と部下の関係の始まりだった。
2025年始の投稿はここまでになります
読んでいただいた方ありがとうございます考えてたより沢山で感謝です
しばらく週一やります今週から毎金曜日の夜中アップの予定です
みなさんのんびりご覧ください




