5. 魔王国の宰相 1
魔王城の大魔王執務室。
大魔王が日々国王として様々な政策を決定する王国の頭脳と呼べる場所。大魔王の職場である。
今日もここに一人の老魔人が報告と打ち合わせに訪れる。
彼の名はジルベスト、大魔王から宰相を任じられた男。
「面を上げるがよい、ワレを善政に導く宰相ジルベストよ」
文官の長であるジルベストが頭を戻し、深淵を見続ける叡知を湛えた眼でワレを見つめる。
幾度この漢に救われたか、もはや数える術もない。
「此度はまたお主に助けられたな。この大魔王の真眼ですら人間共の企みを見通すことが出来なかったとは」
ワレが絶大な信頼を置く宰相へ向かって暴言を吐くとは。
人族のヤツラ、余程ワレに滅せられたいとみえる。
「人間共め、我を欺き予定より随分と早く首都リンゲルの城門へと着いたものだ。城門が開いておらぬことを口実に言い掛かりをつけるとは、まさに笑止千万」
魔王国の約束された道を共に分け合う同士、宰相にして我が指針ジルベスト。
ワレの信頼厚い老獪なる大魔神の一人である。
「では聞かせてもらおう、魔王国の頭脳である宰相ジルベストよ。人間共がほざいた小賢しい交渉とやらを」
それにしても無礼な人間どもが。
宰相の時間を奪い難癖を付けて、交渉で優位に立とうとするとは何とも腹立たしい!
ベキリッ、と固い木が割れる音が響き渡る。
腹立たしさで玉座のひじ掛けを握り潰してしまったようだ。
モノに当たるとは大魔王に非ざるべき行為。
反省すべし。
ワレの右手では圧縮された超核裂魔法の青白い火花がパチリパチリと優雅に音を立てておる。
まるで、やつらの大陸の真ん中に落とせと美しく歌っておるようにな!
「お主が無礼者共をいかに裁いたのか、報告することを許すぞ」
宰相はコホンと咳払いを一つして、端的にまとめた言葉を連ねる。
「まず、ヤツラが求めるのは」
「100年の休戦とその間の人材の交流」
「過去のことはお互い水に流し、手を取り合い人族と魔族が平穏に生を全うする世界の構築」
「交流し互いを分かち合い、100年の後も人族と魔族で統治する世界」
「あらゆる外敵から、相互の安全に助けあう安全保障」
「随分と勝手な言い分であるな」
バキリッ、と再び音が響き、先ほどとは反対側のひじ掛けが砕け散る。
ワレ、怒りで反省どころではない。
矮小たる人間どもめっ。
自分達が砂漠の一粒、大海の一滴であることに気付いておらん。
「言葉尻だけなら平等な和平条約に聞こえるが、そんなもの我らに全く利益が無い!」
天使を退け悪魔を滅し竜すら頭を垂れるこの大魔王に、最弱の人族が何の交渉をするつもりか?
悪魔の襲来に戦うつもりがあるとでも言うのか?
下らん、いやむしろ邪魔である。
こんな面倒な交渉など必要などない、手の平の超核激魔法一撃でその和平相手とやらがこの世から消滅するのだからな!!
「お怒りはごもっともです」
宰相の落ち着いた声にワレは現世に引き戻される。
いつも冷静沈着、短慮なワレを補佐し在るべき姿へと戻す。
その重責をおくびにも出さぬ忠誠、言葉には出せぬが感謝しかない。
「同盟とは互いの利害の一致すべき内容にて締結すべきもの。あまりにかけ離れておりますので、私は一つの提言をヤツラに行いました」
ほう。
魔王国の頭脳と呼ばれた男が、この腐れた人族の話に笑みを浮かべておる。
誠に興味深い。
僭越ではありましたが、と前を置いてジルベストが語る。
「強者である我らと脆弱な人族との交流なぞ可能となるわけがない。魔族は強さが全て、力の差が歴然と違うものと語る和平なぞあり得るハズがない」
「それでも和平を本気で望むならば、人族の最強者である勇者を大魔王様に仕えさせてみよ。勇者ほどの強さですら我らと交流出来ぬようでは話にならぬ。」
「それが出来ねばこの話は無きものとする」
・・・このように伝えさせて頂きました、と言葉を括った。
ワレの手元で火花をバチリバチリと散らしていた超核激魔法を握り潰す。
愉快なり、さすがであるわが宰相ジルベスト!
見事に我が深淵をクスグりおったわ!
人族の最終兵器をワレに差し出せ、と申したか!
ワレ、超スッキリ!
「天晴である!!さすがは我が宰相であり余を導く漢!!良きに計らえ!!」