38. 帰還
魔王軍の教習場。
修業で不在にしていたベノン軍団長が顔を出すと次々に団員達が集まる。
「久しぶりだな!みんな!」
「初めましてですわ!みなさん!」
いつもと変わらない魔王軍団長ベノンの大声が響いた。
「・・・・っ?」
しかしいつもロンリーな団長の横には楚々として美女が寄り添う。
集まった団員たちが一瞬混乱するのは仕方がない。
爽やかなワンピースと控えめな装飾、いつも主人がお世話になってますと言わんばかりの気を遣ったニコヤカな微笑みにペコリとお辞儀。まるで新妻が初めて旦那の職場に出向いた挨拶のようだ。
なんだこれは?ワナか・・・?
屈強なる魔王軍戦士たちは異常事態を感じ取る感覚が鋭敏だ。速やかに臨戦態勢へ移行する。
つまりは全員が素知らぬ顔でポーカー・フェイスを決め込んだ。
「ベノン団長お久しぶりっす!」
「地獄の特訓は終わりですか?」
違和感をいったんスルーして様子を伺う。わいわいと「いつも通りに」声をかける団員達。
一呼吸置いて隊長格がおそるおそる声を上げる。
「そちらの姉さんはどちらで?」
「ああ、こちらはベールス・ゼブブ殿だ。今日は我らの教練を見学したいとのことでお連れした。よろしく頼む。」
細かい説明がなかろうとも尊敬する団長からの依頼に否応はない。
たとえ突っ込みどころ満載であっても。
隣の控えめな女性が絶世の美女なんて羨ましい、だけではない。
美女の背後からは壮絶な悪魔オーラが湧き出ているのだから!
もちろん新人のように騒ぎ立てる団員はいない。
全員気持ちはひとつ「疑問はスルーしろってことですよね!」
「おまかせくださいっ!」
「団長こんな美人の知り合いがいたんですか!」
当たり前のように返してくれる団員たちにベノンから安堵の表情がもれる。
俺の知り合いと言えば悪魔であろうとすぐ受け入れてくれる団員達。
まるで実家に帰ったような何も変わらない安心感。そうだ彼は何も変わっていないはずなのだ。
俺は竜王様のところへ修行に行っただけなのだ、悪魔王の配下達に負けない自分へと鍛えるために。
それがなぜこんなことに?
「ワタクシはベールス・ゼブブ。皆さま気軽にゼブブとお呼びくださいませ。今日はわが伴侶ベノンの職場にお邪魔しますわ。これでもそれなりには腕に覚えがある身、何でも聞いてくださって結構ですのよ!」
微笑みスカートの端をつまむ。
ベールス・ゼブブのお優雅は今日も絶好調。
シンと静まり返る練兵場。
もちろん悪魔の策略も絶好調である。
ゼブブは自己紹介に乗じて、「伴侶」言葉にしてたった4文字・漢字なら2文字でその場の魔王軍をダマらせたのだ!
完全な無音。
風がヒュウと吹く音まで聞こえそうな静まり方。
そんな時間が10秒もたっぷりと流れたあと。
一人の叫びが連鎖していき教習場を響かす大合唱となる。
「えええええええええ!!だ団長けけけ結婚したんですかーーーーーッ!!!!」
団員たちの阿鼻叫喚と震える筋肉。
ほほを染めるゼブブとハテナマークを貼り付け哀愁が漂うベノン。
その後「竜王の試練って実は見合いのこと?」という疑問とも噂話ともつかない勘違いが根強く信じられることになる。
そんな団員たちの叫びと混乱が起こる少し前。
先ほどベノンとゼブブが入った訓練場入り口に立つ男がいた。
「ちいーーーーっす」
副官ガストンがブラブラとだらしない態度で教習場に入ってくる。
留守していた間の様子見で完全にオフモード。普段の彼はいつもこんな感じなので本人は気にする様子もない。草履をつっかけ少し猫背でチャラチャラ歩く。
「さっそくやってんなあ」
もちろん様子見なんてただの建前。
ベノン団長に惚れた悪魔がどんな騒ぎを起こすか見るための野次馬野郎だ。
自分以外のトラブルが大好物なこの男、ゲラゲラと腹をかかえて大笑いをすることが彼の生きがいである。そんな彼が高確率でトラブルを引き当てるベノンのイベントを見逃すはずがない。
ベノン団長は降りかかる様々な試練を乗り越え続けて英雄になっていく男。そんな誰もが憧れるような英雄譚と・・・トラブルで未来の英雄が右往左往する爆笑イベントの二重奏だから倍おいしい。
そんなことを考えながら近づいていくと、予想通りに二人が囲まれて騒ぎが始まるところ。
団員たちが大騒ぎなのだから悪魔が爆弾発言をしているに違いない。
さすが悪魔軍の総司令官。
軍略はワールドクラスで彼女もまた世界が認めた傑物。
そんな世界級の能力を容赦なくベノンと結ばれることにぶちこむ女悪魔。
無理やりに進めている感はなく、さも「え?当然ですわよね」と涼しい顔で堀を埋めていく。
いつの間にか料理得意な団長の胃袋をつかみ、今日は今日とて魔王軍(旦那の職場)でベノンの外堀をうめていく。
どうせ「伴侶」であったり「結婚相手」だとか自分を紹介したはずだ。愛する人とか恋人とか想い人なんて生易しい言葉を使うのは素人のやること。
聞いた周りからすれば「おめでとうございます!」と祝福するしかない切り札をズバズバと切りまくり既成事実にしていく。
「悪魔だけに一度取り付いたら逃がさんわな。団長は俺と違って逃げるタイプじゃねーからいいけど」
ガストンの顔にはニヤリと笑いが貼りついた。そんな彼に向けて。
「ガ、ガストン!貴様の言う通りに抱きしめたらなんか大変なことになっているんだが!お、俺は結婚したのか!?つ、妻か?伴侶か?こういうのって俺が知らんうちに決まっちまうもんなのかああぁぁぁぁ??」
今日も上司から泣きの念話が入る。
団長にはお似合いですよ、美人で切れ者でお優雅で圧倒的強者ですよ?神軍を率いる大天使ミカエールとも互角の総司令官っす。
そんな彼女が団長のこと愛しすぎちゃってるんですよ?最強美女がベノン団長と魂を分け合ってるって言ってんだから、腹くくるしかないっすよ。
「そ、そうか?そうなのか?・・・そう、かもなあ。いやそうだな。違いない。俺にはもったいないヒトだよな。」
話しているそばからガストンに丸め込まれる英雄ベノン。
ちょろすぎる。
元は竜王の宮殿で出会った二人を面白い方向に誘導した自分のせい。彼としてもチョッピリ責任を感じていたがこれでOKだ。本人が納得したし俺はただの部下なのだから!
彼はいつまでも後悔を引きらない男。だって笑えないから。
団長が数奇な運命に身をゆだねるのはしょうがない。
英雄になる人はそんなもんじゃないの?なぞと考えながら「ほんっとおもしれーなーこの人」と笑いが止まらない。
そんなガストンも傑物への階段を上り始めており、今まさにフラグを立てていることに気付いていない。
ゼブブさんがますます強くなっていきます鋼ですね精神
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