4. 大魔王の休憩 2 (厨房にて)
ここは魔王宮の大厨房。
宴席の為に魔王国中から集められた料理人が二百人も並び、激しく包丁を動かし、フライパンを振り、怒号のような指示が飛び交う。
一流シェフの豪華な饗宴の様は料理に携わる者にとって垂涎の的であり壮観の一言に尽きた。
「総料理長、ちょっといいですかー?」
厨房に料理人の呼びかけ声が響く。
尊敬止まない魔王城総料理長に話しかける貴重なチャンス。
ダンディ&ジェントルマン、たとえ入ったばかりの新人にすら丁寧に接し、幅広い知識を惜しげもなく披露することで知られる総料理長。
外部から招へいされた料理人には、総料理長と知り合いになれる貴重な機会だった。
「だっ・・・ちょっ・・・い・・い・・・から・・・だま・・れ・・」
残念なことに返ってきたのはうめき声だけだったのだが。
魔王城の大広間では3百人にも及ぶ給仕達の手により大宴会の準備が粛々とすすんでいた。
そして広間の裏にある巨大な調理場では、会場に負けじと次々に料理が仕上がっていく。
そんな調理場の最深部では大柄な魔人がひとり。延々と続く調理に没頭していた。
その男の白い調理服には魔王国の紋章が縫い付けてあり、選ばれた王宮調理人であることを示す。
高いコック帽と襟に縫い付けてある三ツ星は最高責任者の証。
彼こそは魔王国の総力を結集した宴席の総責任者であり、総料理長でもあるヤヒチである。
大胆にして繊細、野趣溢れながら高貴で優雅、華美にして繊細な料理は、全ての魔人の憧れにして世界中の羨望の的。
『いつかはヤヒチのフルコース』は贅沢を知り尽くした施政者たちの会話の慣用句であり、初めての相手とも会話をつなぐ話題を提供する。
そのヤヒチが、苦渋に満ちた表情でひたすら作業に没頭している。
どんなベテラン料理人でも、回れ右!であり、お口チャック!な事態であった。
彼は真っ白な壁面に息がかかるほど顔を近づけ、太い右腕に持った道具で繊細な飾りつけを続ける。
行っているのは調理・・・デコレーションである。
白い壁面に見えるのは壁ではなく超巨大サイズのホワイトチョコ板であり、彼が右腕に握っているのはチョコペンであった。
彼はかれこれ数十時間にも及び、巨大なホワイトチョコレートに砂粒ほどのチョコ文字を描く苦行を続けているのだった。
大魔王様誕生祭。
ドラゴン程もある巨大なケーキが焼き上がりあたりに甘い香りを漂わせ始めた。
生クリームでデコレートが始まるお誕生日ケーキ。
その頂にはホワイトチョコで作ったメッセージ・ボードが飾られる。
チョコには国民から贈られたお祝いの言葉が満載だ。
そのお祝いのメッセージ、本来は厳正な抽選により選ばれた千人分のメッセージが載せられるのだが・・・
抽選に外れた者達もみんな大魔王様が大好きなのだ。お祝いしたいのだ。
伝えたい気持ちを抑えきれなかったものは「ユービン」や「デンポー」を使い想いを発信する。
送れば伝わる。そんな噂がウワサを呼んだ結果、抽選に外れた応募者10万人全員の「お祝いの言葉」も結局は魔王城に集結したのだ。
崇拝する大魔王に贈られた熱いハートがこもったメッセージ。
これを捨て置く下郎など魔王国にはアリンコ一匹いやしない。しかし10万人分。文字数にして数百万文字。
普通であればとっくに諦めてしまう文字数、これほどの文字を書き切れる技量を持った料理人などいるわけがない。
世界最高峰、天下に名を轟かせる料理人ヤヒチを除いては・・・。
かくして彼は、本来小指の先ほどだった1文字をさらにその100分の1、粒に文字を書くような大きさで白いキャンパスに描き切続けているのだ。
苦行、まさに苦行。
並みの男では精神がネジ切れ、肉体が悲鳴をあげ、悪魔にすら転生してしまうかもしれないほどの苦行。
しかし彼は一切躊躇することなく真正面から向き合い続ける。
国民の想いが詰まったメッセージを最高の状態で仕上げるために。
そんな膨大過ぎる作業の合間のこと。
意識朦朧・疲労困憊のヤヒチから、たった一度だけ、ほんの一瞬だけ思わず心の声が漏れたとしても、誰も責める者はいないだろう。
そのつぶやきの一瞬は厨房の喧噪にかき消された。
「・・・どいつもこいつも大魔王様のフルネームでお祝いの言葉書きやがって・・・長すぎんだよっ!」
誰にも聞かれずにすんだ、はずだった。
大魔王様のスキルを除いて。
国民の熱い思いを込めて描き続けたメッセージも、ついに残るは最後の一文となる。
万感の想いを胸にチョコペンを走らせ終えた漢の手からペンがすり抜け床にコロンと転がった。
魔王宮総料理長ヤヒチ、彼は全身全霊をもって見事に国民の熱い想いを描き上げたのである!
「お誕生日おめでとうございます、大魔王ヴァルドランド・ラ・ガルディウス・ドミラル・ガリロレッサ・グラディウス様!!!」




