36. 夜の魔王宮
時は深夜。
城壁都市である首都リンゲルへ出入りする七か所の門は固く閉ざされており、月明かりに反射した監視兵の眼だけがギョロリと光る。
日の出まで未だ数時間かかる真に暗闇の世界。
そんな闇と静寂が支配する時であっても大魔王宮は煌々と明かりが灯る。
魔王国を狙う敵はいつ何時襲い掛かるかわからない。
当然のごとく魔王宮は不夜城であり眠りにつくことはないのだ。
つくことはないのだが・・・。
暗闇にボウと浮かび上がる様は昼間の威厳のかけらもない。晴天であっても正体不明の霧が度々漂う様は威厳より怪異のオーラが先に立つ。
夜の大魔王宮には奇妙な話がいくつも噂される。
一晩中響きわたる悲痛な叫び声、王宮の窓ガラスを破り飛び出す真っ赤な雷竜。夜の魔王城に近づき城壁のシミとなった旅人。霧に呑まれ気づけば手術台で改造手術を受けた酔っ払い。
真偽のほどは定かではない。
それでも枚挙となく語られる話は真実のようにも噂話のようにも広がる。
首都リンゲルに住まう魔人たちには暗黙の了解事項がある。
「夜の魔王宮には近づくな」
「夜の」大魔王の執務室。
日中の執務室と違うのは地下に配置された部屋がとにかく広く高くそして頑丈に作ってあるだけではない。
巨大な空間にいくつもの研究台と大型の実験機械がずらりと並び、執務室というより巨大な工場または研究所といった雰囲気が漂う。機材が果てが見えないほど続く様は荘厳の一言につきた。
昼間とはメンバーもガラリと入れ替わる。
ここには秘書もおらず宰相もいない。軍団長が報告に訪れることもない。
いるのは研究に生涯を費やす漢たちだ。もちろん男女は関係ない。漢とは志であり生きざまなのだから。
そんな漢たちが大魔王の研究機関で夜通し新しい発見を目指すのだ。
研究テーマは解明されていない世界の謎全て。
集う研究者は忠誠度1000%大魔王ラブの天才研究者達。
大魔王に「顔色が悪いな?」と心配の一声をかけられるだけで「醜いなものをお見せして申し訳ありませんでしたっ!!」ニッコリ笑顔で自分の首をはね落とす愛と忠誠と狂気の科学者達である。
「大魔王こんなのはどうだろう?」
彼女の名前はジュデイアーナ。知る人はジョディと愛称で呼ぶ。
筆頭研究者の肩書を持ち魔法科学技術庁の長官を務める才女である。ついでに叡智と美貌を兼ね備えたエルフでもある。
彼女に惚れる魔人は数知れず。美形揃いのエルフ族でも最も美しく華のある年頃だ。
美しさを鼻にかけない気安い笑顔、誰にでも声をかける明るい性格、世界トップクラスの叡智。笑うことが大好きでいたずらっ子の一面もある。あこがれ惑わされない方が無理というものだ。
その素性を知らぬ者にとっては。
「意図はわかるが動力源に難ではないか?稼働させるための魔力を調達できまい」
ジュディアーナの資料は王都の防御力を画期的に向上させる国家事業の計画案が記載されている。
王宮と城壁さらに主要街道を組み合わせた曲線と直線をつなぎ、魔王城を核とした巨大な魔法陣を描く。
広範囲に抜群の強度を誇る結界を発動させる為だ。
「まず高出力の蓄魔石の開発をするのさ。コイツから魔力を供給させて魔法陣を稼働させる。」
その名の通り普段は魔力を蓄積して必要な際には位相を逆転させて一気に放出する魔石。
世界中の科学者が開発に取り組んでいるが未だに成功した事例は聞かれない。
成功したという噂話は元々魔石に含有していた微量の魔力が反応しただけとか眉唾な話ばかり。
「そして出来上がった巨大な畜魔石を大魔王宮の心臓部に埋め込むよ。まるで魔王宮に命を吹き込むみたいじゃないかい!?」
ワクワクするよね、とはちきれん笑顔が輝く。
なんと美しい智慧の女神が降臨したのか、彼女に惚れている魔人たちの憧れがMAXにメーターを振り切る瞬間だ。そこがMAXだと気づくのに時間はかからない。
笑顔は興がのると狂気へと走る。
今日もすでに始まっている。目がランランと輝き口角から泡を飛ばせば乗ってきた証拠。
ヒートアップすればギアは上がり続ける。
大魔王に数センチまでニジリ寄り異常な身振り手振り、そんなことをしても近すぎるて何を説明しているか見えるわけがない。相手の顔面は唾だらけで必死の説明も伝わるハズもない。
テンションがトップギアへと駆け上がると美しい顔面は完全に崩壊する。
目は吊り上がり白目となり、鼻血がダラダラと零れ落ち、口からは奇声と涎がダラダラと垂れ流される。足元には血と涎がたまりがコールタールのように固まり続け、意味不明なエルフ語が延々と紡ぎだされるともう半狂乱の呪詛師にしか見えないのだった。
魔人の恋が一瞬で覚め「スンマセンした俺とは格が違うって思い知らされました!」と脱兎のごとく逃げ出すのは新人が入る都度繰り広げられる風物詩になっている。
人呼んでマッド・サイエンティスト。
翔んでる科学者。
「その畜魔石が首尾よく準備できたとしても魔力をどこから調達するか?」
「首都に出入りする商人や旅行者に作業員たちから安全料の名目で魔力を預かるのはどうだろう?」
首都全体の巨大な地図の要所にガツガツと指先を食い込ませるながら血走った目が大魔王を嘗め回すように覗き見る。傍から見れば捕食生物にしか見えないだろう。
「あとは魔王軍団だね。魔力を吸収してから軍事訓練をすれば練兵の成果はハネあがるよ。毎日が限界突破できるから竜王の試練と同じだよね。」
やはり吸魔石を知っておるようだ。研究の為に必要な情報を逃すジュディではない。
「しかしその程度の魔力では首都リンゲルが範囲であろう。魔王国中に結界を張り巡らすにはとても足らぬ」
ガツガツと問答が衝突しあうのは互いに本気の証拠である。
魔王国には首都から距離が離れた小都市も点在する。首都に住まわぬものも等しく魔王国民であり我が臣民なのだ。
「そこはおいおいだね。高性能高容量の畜魔石さえ開発できれば超広範囲の結界でも発動できるから。どうしても緊急で動かしたいときのアイデアも・・・まだテスト中だけどあるにはあるよ」
「ほう。聞かせてもらえるか?」
「まだ内緒さ。それより昨日設置した新しい椅子の座り心地はどうだい?」
「うむ・・・形が独特で慣れぬな。座っていると疲れがたまる。力が抜けていくようだ。」
時は過ぎて翌日。
お天道が天中高く上った昼の魔王宮。
勇者ベッチーは大魔王の執務室へと向かう。
普段であれば久しぶりの面会に心がはずみスキップと鼻歌、足がもつれて「楽しみで足の順番まちがえたー!アンヨも早く会いたいのねテヘ」とでもアピールする場面。
もちろん周囲に誰のいなければグフグフと顔を崩して一人で大魔王とのあんなことこんなことを想像するのだが。どちらにしても楽しみでしょうがないことに違いはない。
しかし今日のベッチーは笑顔も曇りがち。心の内は憂鬱そのもの。
だって魔王軍の教官役のくせに模擬戦でぶっ飛ばされてしまったから。
勇者なハズがまるでザコキャラ。お役御免の大ピンチ。
今日だけは小さな足がまるで鉄球が括り付けられたように重く感じられるのだった。
扉の前でくちびるの両端を無理やりに指で押し上げ扉を開く。そこには厳しい顔で執務をこなす大魔王様。
「あれ?大魔王様は背が縮みました?」
純粋無垢、人を疑うことを知らない。。。。ことを演じるのがベッチースタイル。
さっきまでの不安も悩みもさっさと心の金庫で鍵をかける。大魔王の表情が渋いのは自分に関係あるなんて思わない。
背が縮んだのではなく椅子のせいだと観察するベッチー。
机に対して何とか上半身が出ているだけの姿勢、顔と机がいつもよりずいぶんと近い。
腕を持ち上げるようにして書類仕事をするのは何とも大変に思える。
ほほに指を添えてキョトン顔のベッチー。
なんでこんなことしてんの?
ちょこちょこと大魔王の傍まで寄っていけるのは幼女ベッチーだから。子供だから許される線は計算済なのだ。
秘書アンジェリカの額に血管が浮いたが今日は何も音沙汰なし。
見ると大魔王が座る椅子が依然とは違う。
ずっと使っている黒く重厚なものではなく、陶器のように乳白色で地面から楕円の樹木が生えあがったようなフォルム。随分と背が低いその椅子へ大王は使い辛そうに座って書類を確認しているのだ。
しかしどこかで見た気もする椅子じゃない?
古い記憶をたどりながらも理由を探ろうとさらに目を凝らすベッチー、そして少女は気づいてしまった。
先ほどから感じていた既視感の理由を。
え?
「ヒッ?」
思わず出た声すら自分で気づかない。
ちょっと?
「ヒッヒッ?」
見間違いかと何度もお目目をパチクリしても変わらないそのフォルム。
な、なにやってんの!
「ヒャッハハハハハハハハハッ!!」
大きく笑いを吹き出し勇者ベッチーは腹をかかえて床を転げまわった。
「なんで大魔王様が洋式トイレに座って仕事してるんですか、あり得ない!!や、やめてください一発ギャクで人を笑わすのは!ふ、ふ、ふっきんがネジ切れるっ!!!!」
1年ぶり前回からの続きです。
お暇つぶしにご覧いただければ嬉しいです。




