28. 地獄の修行 3 (side:ゼブブ)
「しかしコレは」
わたしでも少々ホネが折れるわね。
吸魔石は接する魔力が強ければ強いほど激しく吸引する。
人間や魔人のように物理的な肉体が魔力を内包する存在はそれでも肉体というフィルターごし。しかし悪魔は魔力がその肉体を構成する霊体に近い存在であり、剥き出しに近い魔力は吸魔石の絶好の餌食となる。
悪魔軍の絶対的強者からすれば、自分を喰らおうとする虚無の深淵が果てしなく続く極悪な世界が広がるように見えるだろう。
悪魔の私に極悪と言わせるなんて合格だわ。
あら、悪魔的優雅ジョークに気づいたかしら?
攻略する手はある。
体を構成する魔力を繊細に操作することで、地獄に引き込まれるより早く次の地獄へ進むのだ。
吸魔石に接する足の魔力を薄くすることで吸引される魔力を最小限に抑える。均一に広がる魔力を体の奥底深くに濃縮させ、肉体の表面に近ければ近いほど薄くする。
吸魔石は少ない魔力が接すると吸収されるも小さい。
だが吸引される魔力が尽きるとすぐに奥底に溜まる魔力を吸いこもうとする。そうなる前に脚を抜き去り次の一歩を刻む。足を踏みしめる前には体の表層に再度薄い魔力層を造る必要もある。
言うは易しの絶妙な魔力操作が必要であり、それが一歩一歩進むたびに課せられるという終わりなき修行。
一歩進むたびに魔力を吸われるけれど、次から次に足を素早く入れ替えて進むしかないわね。
魔力を放出しようとしなければばなんとか前へ進めるもの。
ゴオン、ゴオンッ
山の中腹まで進むと山の裏側から巨大な重量物の戦闘音が聞こえてきた。
なんだか不明だけど今の私も襲われるのはよろしくないわね。
幸いこちら側の斜面に敵は見えない。
おそらくこの山を守る守護獣か何かだろう、そしてこのタイミングなら挑発してきた魔王軍団長ベノン一行かもしれない。
山の裏で敵に襲われる不幸者さん。そのおかげで私はノウノウと昇ることができるのよ。
きちんと惹きつけておくのよ私のために!
他人の不幸ってなぜこんなに甘い蜜のように私の体をとろけさせるの?
心の深淵にふつふつと喜びの花が咲き乱れていくわ。
誰かは知らないあなたもっと不幸になりなさいな!そして私を幸福にしなさい!!
これだけでもこのクソ山脈に昇ってるかいがあったってものよ。
ドン・ドドン・ドン。
私の目の前で大きな轟音が響いた。まるで空から巨大な物体が何個も落ちてきたように。
そして雪原が何度も大きく揺れた。
吹雪の先から巨大なアイス・ゴーレムが隊列を組んで私の方に向かってくる姿が見える。
・・・え
誰だか知らないあなた!
こっちまで巻き込むのじゃないこと!
不幸はあなた幸福はワタシでしょ!?
早く引き取ってくださらない!?こちらにはいりません!!
「仕方ないわね」
なんで私がこんな労働みたいなことを・・・
スラリとサーベルを抜く。
やるしかないわ。
魔法が使えないなら剣で切りきざむしかないでしょう。
これでも私は悪魔軍総司令官。
たとえ肉弾戦であろうと優雅にお相手してみせましょう。
剣技だけでもゴーレム程度に後れをとらないわ普段ならね!
サーベルをかまえてゴーレムに対峙して体と剣先へ集中する。
その瞬間に足元にピリリと痛みが走る。
「ぎゃばばばばばばばばば!!!!!!!」
私としてはハシタナイ叫びをあげてしまったけれど仕方ないわ。
電流が体中に走るような激しいシビレが巻き起こり、自分の魔力があっという間に吸魔石に喰いつかれる。まるで電流が体中を駆け抜けたような激しい衝撃!
しししまったわ。
悪魔は殆どが魔力体。
戦うには体中に魔力を纏わせないと交戦できないのだわ、もちろん知っていましたけど!
結構詰んできたかしら?
そんなわけないでしょう。
フハハハハここで慌てる悪魔軍総司令ではありませんことよ。
たとえこの体が細胞一つ一つまで分断されこの青き血潮の最後の一滴まで蒸発しようとも。
それでも余裕ぶっこくのが悪魔の悪魔たる所以よっ!!
氷の巨体が横殴りに腕をふるい私を吹き飛ばそうとせまる。
顔面に届こうとする拳に手をついた反動でいっきに飛び上がる。
空中にあがってしまえばこっちのものよ!
吸魔石さえ邪魔しなければ魔法なんて打てなくても私は悪魔軍総司令官!
アイスゴーレムの腕を駆け上がり肩に飛び乗る。狙うは頭部か胸部にあるハズの魔核!
この結界の中では魔法が使えないからゴーレムは魔核に呪文を刻んだロボットでしかありえないのだから。
ロボットは動力源が破壊されれば止まるしかない。
ピョン、ピョンとゴーレムの上を飛び移り、核を破壊していく。
それにしてもアイスゴーレムだけに体中が滑るわね。
総司令官の嗜みハイ・ヒールを履いてきた私の優雅さが仇になったわ。
次のゴーレムに飛び掛かり腕を駆け上がろうとしたところでツルンと滑って体が傾く。
「うふふ」
わたしにとって"しまった"=「うふふ」
私の表情も言葉も優雅でないものは登録されていないわ。
まったくあり得ないことだけど消滅する危機に遭ったら。私は最高の笑顔で答えるわ。
「あらあら」
わたしは悪魔軍総司令官ベールス・ゼブブ、いついかなる時も優雅さを手放さない女!!
滑った瞬間を逃さずにゴーレムがハンマーのような拳を振りまわす。
ドカン、と吹き飛ばされた私は宙を舞いながら指を立ててホホに添える。
「随分おかわいらしい攻撃ですわね」
顔で微笑んでも心は忙しいのは淑女の嗜み。
ぶん殴られて空中を吹っ飛んでいる間に回復、回復、回復よーーーーーーー!!
肩も腕も腰も骨折内臓破裂しているわ、このまま着地したら吸魔石に飲み込まれるわっ!
空中を飛ぶほんの数秒間に、これまでの悪魔人生最高威力の回復を何度も自分にかけまくる。
悪魔軍最高クラスの魔法があっという間に彼女の傷を治すと優雅な動作でシュタンと片膝をついて着地した。
「く、くうぅ~」
足元からまた魔力が吸いこまれる。膝をついた分余分に。
決して体が回復しきれなかったから膝をついたわけじゃないわ、この方が優雅だからよ!
自分を確認しようと距離をとりチェックするとそこには。
本来は悪魔軍総司令官だけに許される優雅な司令官服。
軍服には白地の高価な生地に金の胸章、深紅の階級章。頭には金で装飾されたあでやかな将官帽。
背筋を伸ばして立つだけで回りが畏怖する悪魔軍最高の司令官装備。
しかし軍服は見るまでもなく引き裂かれ、折れて、壊れて、泥と血だらけ。ケピ帽は庇が破れて金の文様も削れて頭頂部に空いた穴から地毛が突きでる。
これは優雅ではないわね。
なぜこんなことになっているのかしら!?
誰かしらこんなだらしない女は!!悪魔の風上にもおけない存在ですわ!!!!
ゼブブは想う。
優雅さは発する言葉だけでなく、所作だけでもなく。纏うもの、履くもの、被るもの、飾るもの。見る相手が捉える自分の全てが混然となって決まるもの。
万事に気を配しながらもそんなことは一筋も気取らせない。その上でにじみ出る高貴さと余裕、
それが優雅。
優雅は彼女を支配する全てであり、それなしでは彼女は存在すらできないだろう。優雅のない彼女が存在したならそれは本能しか残らない獣でしかないのだから。それほどに生きる全てなのである。
そんな彼女には、優雅でないことはゴーレムしかいないこの状況でさえ許されはしない。
自分が自分であるために。
しかし代わりの装備もないこの雪山。魔力操作もできないから幻影魔法でごまかすこともできない。
その前にまず自分の今の全身姿を鏡で確認できない。
詰んでしまっているがゼブブの魂は「今の自分の姿が優雅でないこと」を本能的に拒絶する。
自分を確認するほどガクガクと震えが押し寄せ意識が白く染まっていく。
しかしここは吸魔石が魔力を食らいつくすセイサン山脈、意識を失えば待っているのは魂の消滅のみ!
随分と昔の話。まだゼブブが総司令官どころか幼い少女であったころ。
優雅を貫こうとする自分と立ちふさがる思い通りにならない現実。壊れそうな心が泣いていた。
そんな自分を守ろうと自身に魔法をかけたことも今では追憶の彼方。
ゼブブ自身も忘れていた魔法が今こそ発動するのだった。
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【鋼の心】
悪魔総司令ベールス・ゼブブが自分にかけた精神支配魔法のひとつ。魂の深淵に強烈な負荷がかかると自動発動する。本人はそのことを憶えていない。
ゼブブ本人の”思い込み”を強化することにより恥ずかしい現実から目を背けいっさい無視する。
相手を完全に無視し自分が全く正しいと思い込むことで現状に惑わされずに堂々とできる効果を発する。間違っているのはそれを見ている相手の方だと惑わせる効果が高い。
惑わし効果を発揮しなかった場合には相手に「指摘するのがちょっとかわいそう」と憐憫を感じさせる効果が発生する場合もある。
術が解けた直後にゼブブへ大ダメージを与えることが多々ある。
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「あと3体、このわたくしが優雅に屠ってみせましょうぞ!!」




