21. 魔王軍の演習Ⅰ 1
魔王軍の演習場。
魔王城の東部に位置し日々の鍛錬に使用される。
広大な演習場の周囲には高さをつけた客席がグルリと取り囲み、年に一度の一般開放日には市民も魔王軍の強さを垣間見ることが出来る。
今日の演習場には何時にない緊張感が漂う。
訓練前の自主練での打ち合いも妙にギクシャクしており、思わず入った顔パンに「悪い悪い」の声がする。
普段この場にはいないはずのゲストが何人か来ることになっているせいだ。こういった場面でも真っ先に矢面に立ってくれる団長ベノン、副官ガストンの不在も大きい。
やがて二人のゲストがやってきた。
客席の中でも特に高台にある来賓席に入ってきたのは、大魔王グラディウス。そしてその秘書アンジェリカ。
準備運動中の団員が一斉に敬礼を行うと、大魔王は軽く手を振りそれに応える。
丁度その頃、演習場に向かう通路には小さな影がひとつ。
前髪と髪留めの飾りが効果的に見える位置を確認。口角の両端を指で釣り上げて笑顔の筋肉をほぐすルーチンを絶やさない小さな影。
勇者ベッチー6歳、三人目のゲストである。
「丁度良いタイミングだったようだな」
溜まっている執務をいったん放り出してでも見ねばなるまい。
ワレが新しい臣下に命じた使命が早々に果たされるのだからな。
”勇者が魔王軍に胸を貸す”
反感を感じる者もおろう
反発するものもおろう。
これまでの魔王軍と勇者達の死闘を考えればやむを得ぬことだ。
たがそれでは先に進めぬ。
何とも胸が躍るではないか。
魔族と人族の新しい時代の幕開けを見ているかも知れぬだからな。
今朝演習の観覧予定を伝えたところ、秘書アンジェリカから控えめな提案があった。
一緒に見せていただけないか、と。
普段のアンジェリカは表立って魔王軍に関わることはない。
おそらくベノンに気を使っているのだ。
表のベノン、裏のアンジェリカ。
戦闘スタイルが違う為に直接比較されることはないが、強さという点で格の違いはない。
軍団戦闘のベノン、暗殺や私闘のアンジェリカ。
しかし魔王軍は力あるものが上に立つ明快な組織。
アンジェリカが軍に顔を出してはベノンもやり辛いと考えている節がある。
ベノンは「全く」気にするタイプではないが、当たっているところもある。
そんなアンジェリカが軍に顔を出すのだ。
ベノンが不在ということもあるが、やはり勇者は気になるのだろう。
準備運動が終わった戦士達は、通常の教練通りに相手を決めて打ち込みを始める。
勇者ベッチーはそれには参加しないのだな。
模擬刀を肩に見廻りしておる。軍事教官としての役を買うつもりか。
大人の戦士が使う模擬刀は、ベッチーの体には不釣り合いに大きい。
背伸びをして恰好をつけてみたけどどうかな?というメッセージ性を感じるのはワレだけだろうか?
団員に混じって型稽古をするには背丈が合わぬだろうし、自分の立ち位置が決まる初出の場で余念がないな。
全員の打ち込みを一通り見て回ったベッチーは、打ち込みをする戦士たちの背中や肩、腕を模擬刀でツンツンと突いて話を始めた。
身振り手振りも交えて説明すると、指摘を受けた者の型がスムーズに流れるように見える。
さすがに勇者。
人族の子供であろうと体の合理を身に付けておる。
おそらくは師に学んだであろう技術を敵である魔王軍に躊躇なく教えているのだ。
勇者の名に恥じぬ力が生む格の違い、であろう。
まずは前哨戦終了。
さて、ここからどうする?




