<幕外2> 小さな女の子 2
ドオンッ!!!
勇者の刃が小さな魔人の首筋に迫ったその瞬間。
強烈な炸裂音と砂埃で目の前が隠された。
轟音の瞬間、勇者の腕には強い衝撃が走った。
眼を凝らすと砂煙の中で女の子を庇うように大男が立ち塞がり、長い脚で聖剣を踏みつけ地面にめり込ませていた。
バサリ、とマントを翻して砂煙を振り払ったのは、まさに先ほど私が名を口ずさんでしまった宿敵。
大魔王グラディウスに間違いなかった。
会ったことが無くてもわかる。その覇気、オーラ、威圧感、巨大な魔力、そして容姿。
噂に聞く大魔王以外にあり得なかった。
暴虐の大魔人は吸魔石の練り込まれた網などものともせず、バリバリと破り魔人の子を抱え上げる。
「遅くなってすまぬ」
体中から噴出した血と土埃でドロドロなその子を、愛おしそうにギュウと抱きしめ悔恨の表情で詫びる。
そんな大魔王が美しすぎて目が離せなかった。
「ワレもまだまだ、だな」
大魔王は誰もいない空に向けて、ひとり呟く。
「配下に手を出されて、ワレが気づかぬとでも思うたか」
歴戦の勇者パーティの面々は、睨まれただけで指1本動かせない。
大魔王は先ほど魔人の子をいたぶり続けた壁役の騎士を睨み、女の子を抱いていない方の手をそちらに向けて開く。
ゆっくりとその手を握りしめていくだけで、騎士の体はポキポキと骨が折れる音をたてて体中が捩じられ、絞られ、曲がってゆく。
まるで大魔王の手の中で体を握られているように。
騎士の悲鳴が響き、折れた骨が皮膚をつきやぶり、血が流れ、舌を突き出し、目玉が頭蓋からポンと音を立てて飛び出す。
意識を失ってもさらにネジられつづけ、すべての体液が流れでて細い1本の棒となったところで、風に吹かれてパタンと倒れた。
その冷たい目は私達パーティを虫けらのように蔑む。
今度は私達が、なんの情けもなく踏みつぶされる番だ。
誰もが戦うことも逃げることも出来ず、声も出せずこともできない。
大魔王が自分の方を向けば、次は自分の番だ。
確実な死が目の前にあった。
大魔王はゆっくりと目線を動かし、魔法使い、神官、戦士と眺めてゆく。
人族最強のパーティのメンバーは、見渡す大魔王と目があった瞬間にペチャン、ペチャン、と体が弾けて砕けた。
熟れた木の実が地面に落ちて潰れるのを見ているように。
最後に大魔王は私の方を向いた。
「勇者よ、残るはお主だけだがどうする?」
大魔王は値踏みするように私の体中に目を凝らして聞いてくるが、そんなことはわかりきっている。
魔人の子が救われてホッとしたことと、私が神から勇者の能力と役割を与えられたのは別のことだ。
「勇者の役目は決まっているでしょ?」
たとえ近づくことすら出来なくても、勇者が大魔王に挑むのは神が定めた宿命だ。
「よかろう。かかってくるがよい。」
「奥義、滅魔剣っ!」
斬撃に神の力を宿してを飛ばす。
聖剣から放たれる聖なる光の矢は全ての魔を滅ぼし山をも砕く。
魔に属するものに逃れるすべがない神の力。
斬撃は大魔王に届くことはなく、魔王がハエでも払うかのように振った腕に跳ね返され、私の方が衝撃で吹き飛ばされる。
大魔王はまだ何もしていない。
腕を面倒そうに振っただけ。
攻撃したはずの私だけが血だらけで頭がグワングワンする。
大魔王が指を1本立てて見せる。
「あと一撃だ。おぬしの最高の一撃を見せてみよ」
大魔王の宣告、言われるまでもない!
これだけ力の差がある私に出来るのは、勇者の最後の切り札を切ることだけだ。
「極大魔法、魂魄燃天っ」
魔法陣が展開され、私を中心に高速で回転する。
シュウシュウと煙を吹きながら、私の全てを巻きこみながら輝きが増していく。
自分の全てを天に差し出すことで神から与えられる、人生でただ1度だけ勇者が使える究極奥義。
生も技も魔力もスキルも輪廻も魂魄も、命もかける。
練り上がった力が聖剣にその力が宿る。
世の中にこんな不条理な存在がいたことが私の運の尽きか。
それとも、この出会いは過ちを犯そうとした私を止めるための幸運だったのか。
「極大奥義、魂魄燃天滅魔剣!!!!」
大きく振りかぶった聖剣を真っすぐに大魔王へと振り下ろす。
勇者の一太刀を胸に刻むがいい、大魔王グラディウス!
あたり一面が聖なる光で真っ白に染まり、天が激しく渦巻いた。
大魔王は奥義を受け取るように手を突き上げる。
ゴオンッ!!!
王国と魔王国中の二国全域に轟音が鳴り響き、地が響き暴風が吹き抜けた。
代々の勇者が命をかけて使う最終秘奥義は、しかし今世の大魔王には傷一つ負わせられずにその手の平に受け止められただけだった。
眩しくあたり一面を神白の世界にそめていた輝きは、大魔王の手の平に全て吸いこまれていき、やがて光が収まって元の世界へと戻っていった。
「お返しだ」
神光をたっぷりと吸い上げた手のひらで、大魔王は私の頬をぶっ叩いた。
バチンッ、と大きな音がして意識が遠のき、遠くの岩山をいくつも突き抜けて大穴をあけてやっと止まった。
最後の岩に当たって跳ね返って倒れた私の意識はもう朦朧としていて、それでも自分にはすでに何の戦う力も残っていないことだけがわかっていた。
誰が見ても明らかな勇者の敗北。
一太刀すら当てることの出来なかった勇者は、頭から、口から、耳から、血を吹き流し、両腕両足はあり得ない方向に折れ曲がり、骨が突き出していた。
人族を守護するために神から力を与えられた勇者の渾身の一撃は、片手で簡単に受け止められ。
大魔王の平手一発で瀕死となったのだ。
理不尽さに感謝し笑いがこみ上げた。
自分の魂魄が消滅する定めの中で。
大魔王が宙に浮き、勇者に宣告する。
「おぬしはもう勇者ではない。」
勇者の力もこれまで習得した技も魔法も魔力も、その全てを今の極大奥義に使ってしまったのだから、今の私はただの人間だった。
もう、大魔王と戦う必要もないことに、安心できる。
空は夕方になっていた。
大魔王の背中の向こうで、夕日が沈んでゆくのが見えた。
人生の最後に美しいものを見ることができた。
「あとはただの人族として好きに生きるがよい。」
・・・じゃなくて、へ?
大魔王に宣言されて気づく。
私の勇者の力はすべて滅してしまったが、差し出した魂魄が自分の中に戻っていることに。
わたしはまだ死んでいなかった。
・・・ああ、大魔王に強烈な平手で”お返し”されている。
「ワレの臣下へ贐られたひと筋の情け、ワレもまたお主に宿る命へと同じように施そう」
私の中には魂魄が確かに在り、生きる力が戻ってくる。
勇者としての力はその全てが消えてなくなっているのを感じるけど。
・・・っえ?
わたし妊娠してたの?
「今世でわれらが敵同士として交わることはもうあるまい。」
大魔王の足元で転移の魔法陣が光り輝く。
「しかしお主と、この場に居合わせたお主の子供はいつでも我が元に来ることを許す。」
夕日の逆光で影になってよく見えないけど、ニヤリと笑った笑顔と沈みゆく夕日が美しい絵画のようだとボンヤリ思った。
「人族に愛想が尽きたら魔族になってみるのも面白いかもしれぬぞ。さらばなり」
大魔王が消え去ったところに信号弾のような煙が立ち上った。
そしてその煙は、助けの騎士たちが来るまで消えることはなかった。
-----------------------------------
「それで生まれたのがアンタなわけ」
ハハよ、誰かに聞かれたらヤバイ話が混じってたわよもう。
「人族の代表だとか世界を救うとか。あんなの結局は宮廷のジジイ達に踊らされていただけだったワケ。」
騎士たちに助けられたあと。
「ボコボコにされてボロボロのヘロヘロのメロメロだってのに、クソジジイ達からそのまま治療もされずに放り出されてお役御免よ。大臣たちが欲しかったのは人族の希望を演じる勇者だもの。」
でも私、そんなひどいケガしたのによく無事に生まれたわね。
「うーん、あんたが生まれた後に気づいたんだけど・・・大魔王にはボコボコにやられちゃったけど、お腹には何もされていないし、頭も体も、後に残るような症状は何もでなかったんだよね。しかも・・・」
「しかも?」
「無事お役御免になって田舎に戻った途端に、あっという間に治ったのよねえ」
ハハよ、ホホに手をあててトロケるような目で遠くを見ないで。
「誰が治してくれたんだか」
熱でも出たか、ホホが赤いゾ。
「きれいだった、あの景色。死んでもいいと思った」
・・・
「まあその前に生物として死んだな、とはマジ思ったけどね」
おかげで何とかワタシも生まれてこれたわよホント。
「だからね、もう人族にほとほと愛想がつきたら、あんたは大魔王に会いに行けばいいのさ。あの時の勇者の子供です、って。人族の王宮や貴族達には勇者だって死んだって構わないんだから。それ以外なんてもう、よ」
私の中では支配者階級ってのはそういうヤツラなんだ、っていうのが当たり前の感覚だけど。
王族も支配者も、私達の生き死になんて気にもしないだろう。
「そんな下っ端のハグレた小さな女の子のために、大魔王は勇者だろうが、悪魔だろうが、神にだろうが、誰にだって喧嘩を売り続ける。そんな・・・」
いつもここで終わる物語。
この先は、大人になったらわかるらしい。
いつか独りになったら自分が行けばいいじゃん、といったら秒で否定された。
ババアになったところを見られたくないらしい。
私が勇者の力に覚醒したのはそれから半年後だった。
ベッチーが大魔王と出会う前のお話しでした




