<幕外1> 小さな女の子 1
勇者ベッチーが魔王国を訪れる10年も前の話。
人族の王国の、魔王国に近い小さな村でのこと。
勇者の物語。
当時の勇者は女性であり魔法剣士だった。
苦労して武の才能を開花させた彼女は、勇者の称号を得たことで世界中にその名を知られることになる。
「さあ、とどめを刺すんだ!」
「勇者様、お願いします!!」
盾役、剣士、魔法使い・・・勇者パーティの仲間達が私に止めを刺すように促す。
目の前には魔人の子供が目を見開いて私を睨み、怯えて震えている。
人間ならまだ5~6歳くらいの小さな女の子。
見た目も人間の子供にしか見えない。
王国の人間にしては肌の色が濃いけど、南方に行けばどこにでもいるような子だ。
幼いから目立たないのか、角も見えないし、肌も鱗状に変質したり獣毛で覆われているわけでもない。
ただの痩せっぽちの女の子にしか見えない。
いくら魔人とはいえこんな小さな子に殺せって、そんな。
これは勇者の役割なの?
勇者一行として立ち寄った村の長は、当然の顔をして魔人の討伐を求めた。
魔王国との境界に近い森から魔人が出て畑を荒らす。
随分素早く、村人たちでは手に負えないらしい。
私たちは勇者パーティであり人族の希望。
勇者は人族の危機を救うために神様から力を与えられた者だから。
当たり前の顔をして殺戮を押し付ける民たち、それを大っぴらに宣伝する官僚たち。
自分達の役割は果たすしかない。
村人が困っている。
やるしかない。
見つけた魔人は、人間の子供にしか見えなかった。
その動きは人間離れしている。人間ではないことは確かだ。
異常な素早さ、物理法則を無視するかのような突然の方向転換、ジャンプ力、腕力、脚力。
そして肉体強化時に溢れる魔人特有の魔力。
私たち勇者パーティでも素早さに翻弄され、一度目は逃げられてしまった。
そんな私たちを村人たちは冷めた目で見ていたけれど、私はこれでいいと思っていた。
パーティの仲間は屈辱だったようだけど。
もう来てほしくない。
自分たちの国へ帰ってほしい。
動きも魔力も全てが魔人のそれだったけど、それでもただの女の子だった。
彼女は人間を襲ったわけじゃない。
生き延びるために畑の作物を少し齧っただけ、ガリガリの体を見ればわかる。
頬もコケて足も腕も肉なんてロクについていない。
生き延びるために。
魔法使いが彼女を捕まえるために罠を準備する。
触れると魔力を吸収する吸魔石を砕いて縄に練り込む。
これで作った網を罠に仕掛けて待機する。
その翌日、私の心の願いとは裏腹に、その子は再び現れた。
罠にかかり、網にガッチリと絡んでしまい動けなくなった所を盾役が戦斧で痛めつける。
魔人は子供でも筋力も魔力も強い。
動けなくなるまで痛めつけてからでないと、網越しでも襲われる危険があるからだ。
網にかかったその子は、魔力を奪われて弱っていく力で藻掻いてますます絡んで動けなくなる。
盾役に集中して足を狙われて、戦斧が振るわれる度に痛みで獣のような悲鳴を上げ続ける。
深い傷からはドクドクと血が流れ続けた。
白目をムイて体がビクンビクンと痙攣を続けるそれだけが彼女が生きている証だった。
パーティの皆は責任を果たした清々しい顔で私の出番を知らせる。
とどめをさすのは勇者の役目、それは私の役目。
今日もまた、魔人に被害に遭って困っている村人を勇者が助けた。
そんな風にアピールされるために。
それでも、私がココで情けをかけてとどめを刺さないよりは、この子にとってはマシなんだ。
このまま王宮に連行され実験体として酷い目に合うことはわかり切っている。
魔人の研究という名のリンチだ。
ここで私が剣を振うことが正しいハズなのだ。
せめて、もっと悪い魔人の姿をしていれば。
人を傷つけた悪い魔人であれば。
私もためらわずに剣を振えるのに。
それは私の罪悪感を少しだけ軽くする自己満足とはわかっていても、それでもやっぱり。
この子の命を奪わなければならない理由を見つけて縋りたくなる。
幼いころ。
必死で生き抜くのは、スラムでは当たり前のことだったのに。
まるで昔の自分を見ているようにやせ細り、ギラギラした目で飛び回り、辛うじてその日の僅かな糧を掠め取り、空腹のまま体を丸めて眠る。
お腹が減るのは辛い。
死なない為にしか動けないのは辛い。
誰よりもわかっている私が、昔の自分の分身のようなこの子を殺さなければいけない。
「大魔王、貴様何をやってるんだ」
誰にも聞こえないように、会ったこともない大魔王に恨み言を呟く。
現世の魔王は大魔王を名乗り、強大な魔人の王国を作り上げた。
大魔王の配下に手を出す者は、例え神や悪魔であろうと壊滅させる暴虐の大魔人。
味方に厚く敵対する者に冷酷な魔人たちの大王だ。
しかしここには、こんなにちっぽけな魔人が食べるものも無くやせ細り、人間に捕まり撲殺されようとしている。
「この子だって貴様の配下だろうに」
せめて意識が無いうちにこの子の生を刈り取ってあげる。ただ一つ私の出来る事。
痛くないように、苦しまないように。
次は幸せに生きられるところで生まれくることを祈って。
この子の魂を天に返す。
わたしは聖剣を鞘から抜き構える。
下手に情けをかけて痛く怖い思いをさせないよう、刀を握る手に力を籠める。
「ふんっ」
勇者のヒトコトが女の子を救いました。大魔王ズ・イヤーです
言った本人は気付いていません
補足でした




