2. 大魔王は考える (side:ベノン)
俺の名はベノン。
大魔王様より魔王軍団の軍団長を拝命している。
軍団長といえばトップ、そして総責任者。
魔王軍の式典にトラブルなんてもっての他だ。粗相があっては俺の身が危ない。
閲兵式が始まる。
大魔王様は落ち着いた仕草でステージに上がられていく。
皆が大魔王様の御言葉を欠片も逃さないよう静まりかえる。
恒例の大魔王様の"檄"から始まる閲兵式。
魔王軍にいる奴らは大魔王様から頂いたご恩に報いたいと必死に願う者ばかり。
そんな気持ちを汲んでくださっているのだろう。大魔王様は定期的に我らに気合いのはいる御言葉を投げ掛けて下さる。それこそが 〝檄〟
みんなが待ち望む大魔王様のお言葉、しかも毎回俺達の魂を震わせる名言で心にしょっぱい汗がながれること請け合いだ。粗暴で世の中を舐めくさった新人も2回目にはピシリと身なりを整え涙を拭うハンカチを準備するようになる。回を重ねるごとに期待がどんどん高まっていく。
毎回「前回もちょー感動したけど今回のはもっとすごかった!」の連続で、それが当たり前になっている。
俺達幹部も「大魔王様だから当然だろう!お言葉に恥じない軍人になるぞ!」と新人にハッパを賭けるのが恒例になっている。
誰もそれを疑わない恐ろしさ・・・いや疑っては不敬だろう。
大魔王様は一通り俺達を見渡した後静かに佇まれている。
いつものように語り始められはしなかった。そのかわり静かに皆を見つめ続けられている。
大魔王様の熱い目線を受ければわかる。
俺達を誇らしく思ってくれている。信頼してくださっている。
温かく包み込むように慈しむように。
大魔王様が感無量を感じられてらっしゃる、こんな俺達に対して!
十分すぎるお気持ちを頂いた。
もうこれで「じゃ後はよろしく」とステージから降りられても感動の嵐だ。
一言も語られずに俺たちのハートを撃ち抜いた伝説回になる。
・・・・十分なお気持ちを頂いたはずなのに終わらない。
そのまま時は過ぎていく。
どういうことだろう?
訓練場は相変わらず静まり返ってシンとしている。
もう「ハイッ終わり!」でいいのでは?
俺達には十分に伝わっている。いや今まで以上だ。
言葉なんてチンケなものでは表せない思いというものが存在するのだ。
十分な激励を頂いた。もう終わりだ、他に何があるというのだろう?
大魔王様はピクリとも動かれない。
集まった魔人たちの一挙手一投足を見分するように見通され続ける。
まるで・・・
ふとした思いつきにジワリと心に冷や汗が流れる。
実は俺たち試されているのだろうか。あまりにも長すぎる。せっかくの感動が違う方向へ動き始める気配さえしてきた。
ならば試されているのは軍団か?
それとも軍団を統括している俺なのか・・?
ちょっと待て?実は今この瞬間に俺の首チョンパが懸かっているのか??
日が昇りはじめた。1日が始まり、漁師や狩人、農家の者たちが動き始める時間になった。
大魔王様は静かに俺達を試されている。
やがて日がすっかり昇ってしまう。
街では屋台が店を開け役所や商店が動き始める。
大魔王様は微動だにされない。
日が天中近くまで登り街の食堂が店先に暖簾を掲げる頃
「だんちょう・・・ベノンぐんだんちょう、きこえますか」
俺の横にいる副官のガストンから念話が入る。
もちろん目線ひとつ指先一本動かさずに大魔王様への最敬礼をしたまま。
「もう昼になっちまいますよ、今日が半分終わっちまったけど任務を放っておいていいんですかね?」
・・・痛い所を突いてくる。
大魔王様のお言葉を賜るのは俺達に与えられる栄誉で、そして役目だ。
しかし大魔王様より命じられた通常任務を成し遂げるのも役目。
そして今この時この瞬間に大魔王様の試練にお応えするのもまた我らの役目なのだ!
俺は雑念を振り払うと強い想いを込めて念話をガストンへ返す。
「大魔王様は全てを見通されていらっしゃる。不敬だぞガストン!」
日は天中を超えゆっくりと傾き始める。
街の住人は昼の食事と休みを終えて午後の仕事に励む頃になった。
「もう今日は大魔王様の試練として諦めるしかないっすかね。しかしこの後はえらいことになりますよ。人間の特使が昼前から城門で足止めくらってるハズっすから。」
魔王様がお慈悲をもって人族特使の入国を許した歴史的な日、それが今日だ。
「なにせ城門の衛兵もココにいるんで門が閉じたまま。誰も通れませんからね!」
首都インフェルノを囲う城壁の門は、夜間は閉じ日が昇るとその日の担当の衛兵が開く。
ぐっ
夜明け前にすれ違った宰相の顔が浮かぶ。
ヤツは今頃・・・
「なあガストン」
もちろん俺の目線はコンマ1ミリすら動くことなく副官ガストンへ念話を送る。
「どうしたらいいと思う?」
頼りになる副官は待ってましたとばかりに返事を飛ばしてきた。
「おれが思うにですね」
聞かなくても答えがわかる。
「団長がこっそり大魔王様にお声がけするのが良いんじゃないっすか?」
ほらな。俺だよ。
だよなー。
俺以外の誰が言っても角たつよなー。
それで言わなきゃ言わないで大問題なんだよなー。
「・・・やっぱりそうか?」
「頼みますよ団長。こいつらずっとマバタキ一つせずにお言葉を待ち過ぎて目がカピカピに乾燥して地獄の責め苦なんすから。俺んトコに秒単位で次から次に念話入って来てるんで」
皆の不平を一身に引き受けるガストン、さり気なく皆の気持ちを俺に伝えてくれる気遣いと思いやり。
好き勝手言ってくるのがたまに傷だが俺はこの副官に頭が上がらない。
魔王軍団の仲間たちにも感謝だ。
たとえ裏で泣き言を言っていようとも大魔王様の前ではまつ毛一つ動かさないお前達。
誇らしいお前達のことを思うと胸が詰まって何も食べられそうにない。今日が無事に終わったらの話だがな!
「ガストンがこっそり大魔王様に進言するというのはどうだ?」
試しに おまえやる? みたく軽く全振ってみた。
決して上司として面倒な仕事を押し付けたのではない!
コイツの方がツラツラと波風立てずに大魔王様にお伝え出来るのではないかと思ったのだ!
「いや、いいんスけど・・・こいつらみんな秒で団長にガッカリするっすけど。俺がやりますか?」
・・・・
「ダヨナーーーーーーー!!」
大魔王様にこっそりと秘匿回線を繋げる。
敬愛する大魔王様に俺なんかが直訴するなぞ途方もなく無礼千万だ。
手に汗が滲み背中を冷や汗が伝う。
それでも決めたのだからやるしかない。
こうなっては如何に大魔王様の御心に叶うようお伝えするかだが・・・
「・・・何時如何なる時も大魔王様の忠実なる僕 ベノンが、敬愛する大魔王様へ申し上げ奉ります」