14. 悪魔襲来Ⅲ 2 (side:ベノン)
夕日に照らされて茜色が空を支配し始めた頃。
溶けるように悪魔王が薄くなっていく。
成すべきことは終わったのだ。
守り切った。
俺のプライドが完成したジクソー・パズルを落としたようにバラバラになろうとも、魔王国も俺の部下も無事だ。
生きていれば明日が来る。生き残れば勝ち。
遥か昔に大魔王様から厳命されたことを今日も守ることができた。
安心感からか全身の力が抜けて墜落しそうになるがうまく胡麻化した。
軍団長の俺はそんな姿を部下達に見せられない。
魔王城のピットに戻るまでが戦いだと、いつも俺が団員に口酸っぱく言っている戦闘の極意だ。
だが今は本当にギリギリ・・・
「あ、そうじゃった」
悪魔王が消える寸前にもう一度大魔王様へ話しかける。
なぜだ?
悪魔王が話しかけたその瞬間。確かにチラッと見たぞ俺の方を!
俺の心に冷たい汗が滝のように流れる。
頭の後ろの毛がチリチリと逆立ち、俺の本能が危険信号を送ってくる。
危険なフラグが立とうとする兆候。
もう今日は腹いっぱいだ、悪魔よ早く消えて行ってくれ!
「大魔王よ『お主の右腕を見込んで』一つ頼まれてくれまいか」
「ほほう言ってみるがよい悪魔王サターンよ」
ほらみろ。
悪い勘だけは100%当たるんだ。
だが今日のフラグは回収済だ、オカワリ不要だ!
「我が悪魔軍の総司令官ベールス・ゼブブを知っておろう?」
俺の心情とは関係なく大魔王様と悪魔王の話は進む。
悪魔軍のゼブブ総司令官。世界的な強者だから俺だって知っている名だ。
世界3大軍団長とくれば悪魔軍のゼブブと神軍のミカーエル、あとは・・・俺。
巷では誰が強いか話題に上がるがそこで俺の名を上げるやつなんていない。ゼブブと神軍のミカーエルが拮抗している。
悔しさすなんて浮かばないただの事実だ。
「ヤツにはいろいろと反省させねばならぬのでな。上には上がおることをわからせて部隊を引き締めさせねばならん」
しかし、と言葉を区切った。
「ゼブブは我が悪魔軍の総司令官、悪魔ではワシに次ぐ強者。なかなかにヤツの鼻をへし折る猛者もおらず困っておったのよ」
キナ臭い。
話の流れが良くない方向に進んでいる気がするのは間違いない。
押し入れに籠りたい。
「勘違いして自分より下に見ておるベノン殿に鼻っ柱を折られれば気付くじゃろう。『ベノン殿が自分より遥かに強く』『その配下の魔王軍がいかに優秀』かを」
待て。
何か前提条件がおかしい。
「お主の右腕の力で『軽く』揉んで分からせてやって欲しいのじゃ!武力にも統率力にもまだまだ上がいるとな!」
くっ・・・さすが悪魔。
大魔王様に付け入るポイントを確実に突いてきやがる。
ところどころに差し込まれている"『』"あれは絶対に嫌味だ。
しかもその嫌味が大魔王様には通じていない。100%断言できる。
なぜなら大魔王様は我ら忠臣を持ち上げられる攻撃に圧倒的に弱い。
この攻撃は魔鎧ヴァルディウスをもってすら防ぐことが出来ない悪魔の甘言、まさに悪魔的だ!!
「よかろう。わが右腕がお主の部下を悟らせることにしよう。皆を慮る方面司令官が無駄死にせねばならぬような組織が犯した過ちをな!!」
「くっくっくよろしく頼む。そのうち折をみてヤツを寄越すとしよう・・・」
悪魔王は消え失せる寸前にまたもや俺の方を見ると、言葉を発することなく唇を震わせた。
他の誰にも見られないように。
その唇は確かに伝えていた。
”おぬし?もちょっと強くならんと死んじゃうぞ”
うおおおおおお!なんだこの降って湧いたような不幸、なんなんこれ!!!
苦境に次ぐ苦境!?そんなのアリ?
イヤイヤ無いわー、これ無いわー、いやほんっとに無いわー!いい加減にして欲しいヤツだわマジで!!
この時こそ「大魔王の右腕」この呼び名の重さをビンビンと感じたことはない。
考えればわかることだ。
絶対強者の大魔王様と正面から戦うのは愚か者だ、敵わない敵が狙うのは誰か?
俺だよな。
力が足りない俺が悪いのはわかっている。そうだ悪いのはどうせ俺なんだよ!!!
翌早朝、魔王軍の通達掲示板には大体的な募集が張り出された。
「魔王軍スペシャル特訓実施により参加者募集中。死すら恐れない猛者よ集まれ、開始はこれを読んだ時より。期間は特訓が終わるまで」 魔王軍団長ベノン
迂闊に読んだ瞬間に特訓場へ転移する魔法付き。キャンセルの効かない片道切符の招待状。
掲示前のカウンターでは受付嬢が目を手で覆いながら必死に絶叫して引き留めようとする。
「みんな待ってそれを読まないで!読んだら地獄へ直行よ!!!!」




