会合の知らせ。
「妖怪の、会合に?」
「うむ、そうだ」
あの迷惑な母娘を追い出してから、屋敷は平穏を取り戻した。
「妖怪と、それに古くからかかわりのある人間が招かれる。主催は鬼の一族だ。今回は長が嫁を紹介しろとしつこくてな」
本当は外には出したくないのだが、長からどうしてもとどうしてもとしつこく手紙を50通もらえばそうもいくまい。てか、しつこすぎるわっ!!
まぁ、いいけどな。長とは縁あってホウセンカ姉さんたちも懇意にしているし。
「鬼の、長っ」
ふゆはは顔をこわばらせる。うん?何か噂でも聞いたのだろうか。この屋敷にきてこちら側に近くなったとはいえ元々は霊力のないふゆはだ。
鬼の長の覇気にもそんなにやられないと思うのだが。あれはな、霊力が高いほど恐ろしいと分かる。そして霊力が低ければそれはそれで恐ろしくて動けなくなるほどに絶大なものだ。
俺も本気を出せばそれくらいできるが、その前に大蜘蛛ってとこで脅えられる。解せぬ。でもふゆはは俺に脅えることはないし、ホウセンカ姉さんたちにも脅えることはない。
それは姉さんたちがふゆはにフレンドリーだからってのもあるんだろうが。
だからふゆはが鬼を恐れるとは思えない。恐れるとすれば鬼がよっぽど恐い目に遭わせたか・・・だがそれは長の意に反する。もしそれをやったのなら、確実に長の雷が落ちるだろう。
そして会わせろとしつこいのなら、長もふゆはには接触したことがないはず。あのかつての名家の月守と言えど、長が直々に訪問する理由はない。
あったとしても鬼の一族の者との婚約の書類を渡すため秘書をやったくらいだろう。
それであっても、鬼と会ったからと言ってふゆはが恐れるとは思えないな。ふゆはは最初から、大蜘蛛も恐れない。
そんなことを思い出し、微笑ましくなってくる。
「長は別に恐ろしい存在じゃない。俺たちにとってはな」
「どういう、こと?」
こてんと首を傾げるふゆはは、相変わらずかわいい。
「長は蜘蛛に借りがあるんだ」
「借り?」
「うむ。だからふゆはに酷いことは決してしない」
「だけど、その方はあの、ヒメの」
あぁ、ふゆはもか?多分それはあの小娘どもが吹き込んだのだと思うが。
「いや、違うぞ」
「へっ!?違うの?でも、ヒメは長の花嫁だって」
本気で驚いた顔をしている。
しかもあの母娘、ふゆはを脅えさせる目的ではなく、本気でそう信じ切っているのだ。長が知ったら、どうするだろうか。
「そうか。どこでどんな勘違いをすればそうなるのかまるで分からないが、当日は俺も長の花嫁を紹介しよう。とても良い方だぞ。あの方も人間から妖怪の花嫁となった」
「長さんにも、花嫁が?それに、人間からっ」
「そうだな。長とともに同じ時を生きることを選んだ方だ」
「そう、なんだ」
ふゆはは、どちらを選択するのか。できるならば同じ時を生きて欲しい。そう願うが、ふゆはが望まないのならば俺は無理強いなどできない。ふゆはは俺にとって何よりも大切な存在だから。
「あぁ。それに蜘蛛たちも行くから、心細くなることもあるまい」
他にも虫系妖怪ならば、俺の花嫁を歓迎するはずだ。虫系妖怪ってのはとことんモテないのだ。どんなにキレイな顔をしていようと、何の妖怪かを告げたら大体逃げられる。
そう言う面では、最近蛙などの爬虫類妖怪たちとも仲良くなってきた。
「それなら、安心ですね」
「あぁ、もちろんだ」
ホッとしたような表情を浮かべるふゆはに、俺も微笑ましくなってくる。
「そうだ、私たちからもプレゼントがあるの~」
姐さんがふゆはを後ろからぎゅっと抱きしめる。いや、待て。また勝手に強奪するんじゃない!ふゆはがちょっと嬉しそうだから、無理に奪え返せないのが悔しいところである。それに、プレゼントか。
「あの、ふ、ふゆはちゃんっ!」
もじもじしながらゆららが口を開く。
「ゆららちゃん?」
「えと、ね、はい!」
照れながらも、ふゆはにゆららがじゃーんとそれを掲げて見せる。
「もふっ」
ゆららがふゆはの胸元にそれをもふっと押し付けた。
「蜘蛛さん!?」
ふゆはは驚きつつもそのもっふもふなそれを抱きしめる。
白い毛並みの、蜘蛛のぬいぐるみ。ちょうど抱きかかえてちょうどいいくらいの大きさである。胴体が丸く大きく、その形から考えてもあれはオニグモだ。
真っ白な雪のような毛並みのユキオニグモ。
そして背中にはオニグモ特有の美しい刺繍がある。
「刺繍は私たちも手伝ったの」
あぁ、裁縫が一番上手いのはゆららだが、姐さんたちも刺繍などは結構できるからな。
最初のプレゼントにしては、なかなかいいチョイスじゃないか。
予算を大盤振る舞いしておいてよかった。
「もふもふで、かわいい!」
「えへへっ」
ふゆはが心地よさそうにその毛並みを撫でると、ゆららがにっこりと微笑んだ。
「やはり、かわいいな」
そう言って、蜘蛛ぬいぐるみのプレゼントに油断して後ろからの抱擁を緩めた姐さんから・・・無事にふゆはを奪還した俺だった。
「ちょっと、ずるい~~っ!!」
姐さんが吠えるものの、別にいいじゃないか。
「これは夫の俺の権利だ!」
ついでにそう豪語しておいた。