蜘蛛女の愛妹。
「ふゆはああああぁぁぁぁっっ!!!」
「ひっ!?」
般若の形相で迫りくる小娘を見て、ふゆはが顔をこわばらせる。
思わず蜘蛛の脚をバキバキバキっと背中から繰り出したが、止めた。
あちらには、ホウセンカ姉さんがいたからだ。
「ひぎゃっ!?」
間抜けな声をあげながら、小娘がぐらりと宙に浮いたかと思えば、さかさまに宙づりとなってがんじがらめになった。
「私のふゆはちゃんに何をする気だったのかしら?」
さらりと告げたのは、ホウセンカ姉さんだった。
てか、アンタまでいつの間にふゆはを妹にしたんだ。まぁ、ホウセンカ姉さんの場合月守やふゆはと縁はあるけどな。
ふふふっと妖艶に微笑むホウセンカ姉さんの指からは、蜘蛛の糸が伸びている。その糸で小娘を縛り上げ、宙づりにしたのだ。
「な、あぁっ、なにこれ!?は、外れないいぃぃっっ!!!」
小娘はもがくが、その度に糸が執拗に絡み合う。さすがはジョロウグモの糸。丈夫な上に粘着質である。
「いやああぁぁぁぁぁっっ!!!」
「五月蠅い小娘。その喉を掻っ切ってやろうかしら?」
カッと目を見開き、にんまりと不気味な笑みを浮かべるホウセンカ姉さんの背中から細く長いジョロウグモの脚が伸び、その切っ先が小娘の喉元に突きつけられる。
「ひいぃぃぃっっ化け物おおぉぉ」
完全に顔面蒼白な小娘。ウケる。お前の夫になる予定の鬼も、そうだろうに。
だが鬼はひとを惹き付ける恐ろしいほどの美しい顔立ちをしている。
一応蜘蛛もそうなのだが。人気は鬼がダントツなのが悔しいところである。だが、俺はふゆはに選んでもらえるのなら、別にそれでもいい。
鬼の長も美麗すぎるほどの美人なだけに、鬼とだけあってなかなか大変そうだからなぁ。
「あの、もうやめてあげてください!」
俺は今、猛烈に感動している。あんな小娘にも、再び温情をかけるだなんて。ふゆははなんて優しいんだ。
「んもぅ、ふゆはちゃんはかわいい子ねぇ。ふゆはちゃんがそう言うなら、特別よ?」
「ホウセンカお姉さま」
「もうかわいいぃっ!!」
ホウセンカ姉さんがパチンと指を慣らすと、小娘を絡めていた糸が不意にパッと消え、小娘が「ふぎゃっ」と間抜けな声をあげて床に落とされた。そしてふゆはをダイナマイトな胸元にぎゅむーっと抱き寄せ・・・
いや、俺のふゆはに何パフパフさせてんだあの姉はっ!
「やだっ!ホウセンカだけずるい~っ!私もやるぅっ!」
混ざるな姐さん!
「わ、私も、がんばります!」
もふっと脚を出して気合いを入れるゆららは・・・うん、安定の天然で安心した。
「な、なんなのよぉっ」
小娘は全身打撲しつつもぎしぎしと首を動かしふゆはがいる方向を睨む。
「やぁねぇ。私たちのふゆはちゃんに手を出すからよ。許せないわ」
「そうね。蜘蛛ナメすぎよね」
ふたりの女王が憐れなる小娘を見降ろしくすくすと嗤う。
「ふぐぅっ、ば、ばけものの、ぶんざい、でぇっ」
「五月蠅いし、強制的に追い出すか」
「そうですね。これ以上ふゆはさまを脅えさせるわけにはいきません」
朽葉も賛同しているし。
「喜べ。動力源は貴様らの霊力だ」
これで俺は疲れず快適に、邪魔ものを追い出せる。
「な、何をっ」
後妻が咄嗟に口を開くが。
「黙れ、臭い口を閉じろ」
「ひっ」
さすがに俺も怒っているのだからな。
せっかく話だけは聞いてやったのに、ふゆはに手を出そうとするとは。
「去るがいい。特別に怪我は直して置いてやる。あれでも鬼の一族に花嫁に選ばれた小娘だ」
いくらあんな小娘とはいえ鬼との関係も、大切だからな?
そして俺が後妻と小娘にそれぞれの手を向ければ、2人の床がぽうっと光り、次の瞬間には跡形もなく消えていた。
「結界の中にも入れぬようにしておこう」
この屋敷には、一般の人間は俺の許可なく入れなくなっている。今回は許可してやったが今後はない。
「月守の当主に連絡しておけ。とっととあ奴らを連れ帰れと」
「はい」
朽葉が笑顔で頷き、式を飛ばす。
そして、次は。
「ふゆは、無事か」
姉さんたちから颯爽とふゆはを奪還し、抱きしめる。
「しずれ」
「ふゆはは、優しいな。あんな者どもに情けをかけるとは」
「そのっ、怪我するのは、良くないのでっ!」
何この子、いい子すぎない!?
そんな俺の心を読んだのか、ホウセンカ姉さんがこくんと頷く。
その目には、こう書いてある。
―えぇ、それならふゆはちゃんの目に映らないところで、絞める―
さすがはジョロウグモ。その目に一切の躊躇いがない。
「月守が、こんなことまでするなんて」
そしてふゆはをみんなで愛でて慰めていれば、ぽつんとそんな声が届く。
ま、姉さんの旦那からしたら、そうだろうな。
「あの家も、すっかり変わってしまったからな。変わらなかったのは、あの子だけだよ」
不意に現れそんな言葉を吐露した蛇を見て、姉さんの旦那は目を瞠りつつも静かに頷いた。
「そのようですね、フユメさま」
その言葉はとてもとても、寂しいものだった。