突然の襲撃に。
月守 翼。小娘よりも2歳年下の、ふゆはの異母弟だ。
この小僧、霊力はそこそこ高いが、そこまでじゃない。俺の手にかかれば片手で捻りつぶせるし、たゆらは妖力などまるで使わずにぶっ飛ばされた。所詮、その程度のガキだ。
ちょっと前までは月守家の跡取りだったが、蛇が去った後のあの家はーー落ちぶれて、今はアパート暮らしだという。
「お前のせいで!お前のせいでぼくたち家族がどんな目に遭ったか!」
小僧はふゆはに対し、並々ならぬ憎しみの籠った目を向ける。俺のふゆはに、何つー視線を向けやがる。小娘どもに混ざってこの小僧もふゆはを虐めていたひとりだが、反省して静かにしているのならば、見逃してやろうとも思ったが。
「どうして、翼」
「お前みたいな女に名前を呼ばれる筋合いはない!」
誰がお前みたいな女だ。ふゆはは世界一素晴らしい俺の花嫁だぞ?
今なら鬼の長の気持ちがよく分かるな。
「ん、しずれ、暴れるの、メ」
たゆらに声を掛けられる。いや、何故分かったっ!朽葉と言い、たゆらと言い、心読んでんの!?俺の主人公解説読んでんの!!?
「まぁ、お前がそう言うのなら」
「ん」
たゆらに同意したのはいいものの。
「お前のせいで、ウチが没落寸前でっ!狭いアパートで暮らす羽目になって!お姉さまも壊れてっ!」
「えっ、と。ヒメが?」
あんなんでも、ふゆはは何かあると悲しむらしい。何て優しい花嫁なんだ。鬼の長にはくれぐれも、ふゆはの耳に入らぬようあの小娘をとっとと例の鬼の元へやってほしいと言い含めておこう。
なんせ、ふゆははホウセンカ姉さんを通じて桜菜さんとも手紙のやり取りをしている。
ふゆはが傷つけば、桜菜さんも悲しむ。
花嫁バカなあの鬼の長のことだ。着実にやってくれるに違いない。ふっ、ふはははははっっ!!
「ば、化け蜘蛛めっ!恐ろしい笑みを浮かべてっ!」
え?そうだったか?小僧が叫ぶ。
「お前は、その大蜘蛛と組んでぼくたちを破滅させようとしているんだ!」
「そんなことっ」
ふゆはが胸を痛めるように悲しそうな表情を浮かべる。ふゆはにこんな表情を浮かべさせるとは。俺の花嫁となってからは、そんなもの無縁で過ごさせたかった。
コイツら毒のような一家を野放しにしているのは、もうあの家はふゆはに関係なく、例の鬼の花嫁となる小娘のいる家。その家の始末は、鬼の一族に任せることになっている。
「お前らを、悪しき妖怪として断罪してやる!」
「どうやって?蜘蛛を?勝手に悪者にされては困る」
昔から、人間の役にたって来た蜘蛛を眷属にもつ蜘蛛妖怪は、人間とはより良い関係を築いてきた。蜘蛛妖怪を恐れるものも同時にいたが、それでも人間を嫌う他の妖怪たちよりは好意的だったはずだ。なんせ、眷属たちもそれを望んでいた。
田んぼにしろ、畑にしろ、家の中にしろ。蜘蛛はいつでも悪い虫を狩り、人間と共生してきた。そして蜘蛛妖怪もまた、その家や土地につくことで悪しきものを防いできた。
恐がられても、気味悪がられても、それでも感謝してくれる人間もいたから。
その時のことを、ずっとずっと、思いに秘めて。
「お前たちもせっかくのチャンスを愚かにもふいにするとは」
鬼の長の忠告を聞いれいれば。ふゆはを冷遇などしなければ。あの時、蜘蛛を化け物だと蔑まなければ。まだ、守られたはずだ。
霊力の強い家と言うものは、妖怪に花嫁として迎えられたり、妖怪の恩恵を得られたりと利点が多い。だが同時に、妖怪に怨まれている家も多い。昔はその霊力を使い、妖怪と対立していた家もあるのだ。その子孫が、妖怪から見捨てられたのなら。
鬼から、家や土地の守護を担う蜘蛛や、神がかった蛇からも見捨てられたのなら。
既に妖怪に対抗する術を失い、その美味い汁だけを啜って弱体化した人間たちは。
人間を恨みに持つはぐれ妖怪たちや、人間と手を組みながら影ながら狙っている妖怪たちから狙われる。
それでも鬼の花嫁を抱えているうちだけは守られる。
あの小娘はなかなか残念な女だ。鬼の長の特別サービスで、あの例の鬼に引き合わされたはずだ。そのせいで、今から絶望して壊れたと聞くが。
先が思いやられるな。ま、鬼の長の花嫁に手を出した以上その縁談はもう断ることはできない。どうあっても、あの小娘は嫁がされる。
ふゆはを冷遇しなければ、まぁ鬼の一族に掛け合ってやっても良かった。あの鬼に嫁がされる憐れな小娘に対して。
鬼の長は、蜘蛛妖怪に借りがある。今となっては、そんなことはしてやらない。せいぜい苦しめばいい。
そして、小娘が例の鬼にもらわれれば、それで終わりだ。
その後コイツらがどうなろうと、ーーふゆはの耳に届かなければそれでいい。もしふゆはが俺と共に長い時を生きることを選んでくれれば、やつらのことなどあっという間に忘れるほどの時を過ごすことになるのだから。
まさか、こんなところで出会うことになるとは思わなかったが。
「ふゆはのせいにするな。全てはお前たちが招いたこと。大蜘蛛を化け物とするのなら勝手にせよ。訴え出たいのなら好きにすればいい。だが、ふゆはには二度と近づくな」
妖気を放ちながら、小僧を威嚇してやれば小僧がびくびくっと震える。
この程度でも委縮するとは。人間は、ーー元々脆弱な生き物だとは言え、弱くなったな。
鬼に、大妖怪たちに媚びへつらいそれに対抗すべき技も失っていき、その庇護下に入った。
それもこれも、ある意味鬼の目論見通りと言うことか。ま、俺はふゆはと過ごせればそれでいい。同胞たちや眷属たちも平穏に過ごしていけるのならば、別に鬼の目論見などどうだっていい。
訴えたとしても力を失い、鬼の長や大蜘蛛の長、蛇爺の機嫌まで損ねたあの家の者に目を向ける家などいない。妖怪もまた、鬼の長を敵に回した者たちに手を貸さない。
むしろ、だからこそはぐれ妖怪たちに狙われることにもなる。
ざまぁ見ろという感じだが、ふゆはに残酷な末路を見せるわけにはいかない。滅ぶなら、ふゆはの目の届かないところで滅ぶように。
鬼の長もまた、桜菜さんの目の届かないところでやることに関しては確信犯だからな。俺たちの利害は一致しているから、今後のことはあちらに全て任せよう。
「あの、しずれ」
ふゆはが心配そうに俺を見上げる。
「それがこやつらの招いた業だ。反省しない者に関わっていても意味はない」
そう言って、ふゆはをお姫さま抱っこする。
「ひゃっ!?」
「さ、帰ろうか」
ぶわさっと蜘蛛の脚を広げ、威嚇するように妖気を放ちながら、たゆらとともに隠れ帯に分け入る。
そしてその瞬間あの小僧が驚愕したまま動けぬ様子を、ちらっと見てニヤリと笑ってやったのは言うまでもない。