会合に行こう。
「このこは?」
「あぁ、たゆらと言って、オオオニグモだ」
俺がふゆはに抱っこさせたのは、同じオオオニグモのさゆよりも少し大きなサイズのちび蜘蛛・たゆらであった。髪は黒髪黒目、ぼんやりとした表情だがーー
「何かあったとき、たゆらが護衛を担う」
「でも、小さいのに」
「たゆらは小さいが、強い。心配ない」
「そうなの?たゆらちゃん」
「ん」
たゆらがこくんと頷く。
「それじゃぁ、よろしくね」
ふゆはがふんわりと微笑めば、たゆらが再びこくんと頷く。
因みにちび蜘蛛たちは見た目以上に軽い。
抱っこしていてもぬいぐるみと変わらぬくらいである。だからふゆはが抱っこしていても特に問題ないはずだ。
「会合で妙なことをする妖怪はいないとは思うが、念のためだ」
会合には妖怪と懇意にしている人間も来る。ほとんどは大妖怪たちの機嫌を損ねないよう必死だが、そんな重要なことも分からず美しい妖怪に惑わされる人間は、どこにでもいる。
それに妖怪に於いても、狡猾なやつは狡猾だ。愚かに嫉妬に狂い遊びで手を出すものもいる。大抵は大蜘蛛の妖力の気配に手を引っ込めるがな。
毎晩しっかりと抱きしめながら寝ているのだ。完璧なマーキングである。悔しいが姐さんたちもマーキングしているからな。
「会合には朽葉とホウセンカ姉さんも来る」
「ホウセンカお姉さまも!」
ふふ。嬉しそうな表情をする。ちょっと妬けるがな。
「会合には隠れ帯を通っていく」
「隠れ帯?」
「そうだ。おいで」
俺が手を差し出せば、たゆらを片腕で抱っこしながら、信頼した様子でふゆはがその手を取ってくれる。あぁ、いいなぁ、こういうの。ふふふ。何だか楽しくなってきた。
一応解説しておくが、ちび蜘蛛は軽いので女性でも片腕で抱っこできる。だからと言って簡単に捕まるわけではなく、彼らは小さく軽いが故にすばしっこい。嫌ならひょいっと腕を抜け出して逃げてしまう。まぁちび蜘蛛たちはふゆはを気に入っているから、自ら望んで抱っこしてもらっているけどな。
「全く、惚気まくって大丈夫ですか?大蜘蛛の威厳はどこに行ったんですか」
「ほっとけ朽葉」
小言が多い!んもぅっ!!
何もない空間に手をかざせば、隠れ帯が開く。その中は異空間になっている。
「ホウセンカ姉さんとは、現地で合流する。普段はここより南方に住んでいるからな。こちらへ遊びにくるときもここを通れば遥かに近道ができる」
日帰りで往復できるくらいだ。だから会合会場に行く時も、ここを通ればすぐに行ける。
俺に続いて恐る恐る空間に入ってくるふゆは。朽葉も俺たちの後に続く。
隠れ帯びの中には、無数に道がある。
「これは普段蜘蛛たちが通れる隠し通路だ」
「隠し通路」
「うむ、そうだな。主にコガネグモ系の蜘蛛たちが管理をしている」
ナガコガネグモの姐さんや、同じ系統であるオニグモも一緒にな。
「じゃぁ、しずれも?」
「蜘蛛たちの長、だからな」
コガネグモ系と聞いて、オニグモを結び付けるところ、最近は蜘蛛についての知識も学んでいるらしい。姉さんたちも妖怪に関する知識を色々と仕込んでくれているようだ。
「そしてこの隠れ帯は蜘蛛以外は入れない」
「じゃぁ、私は?」
「俺の花嫁だから、入れる。ホウセンカ姉さんの旦那も、ホウセンカ姉さんの伴侶だから入れる。伴侶になり、蜘蛛側に来れば入れるようになる。何か危ない目にあったら、この隠れ帯に入るといい。中は蜘蛛でなければ道が分からないが」
一応道順を示す札は立っているのだが、『あっち』とか『こっち』しか書いてないのでこれで判別するのは不可能だ。あの札はインテリアとして立てているものだから道順を整理するには不便だ。いや、全く役に立たない。
「いろいろな蜘蛛妖怪たちが通っているから」
俺たちが会合に向かう道の間にも、周りには蜘蛛妖怪たちが行き来している。俺にエスコートされるふゆはを見ると、みな一様に手を振ってくれる。その度にふゆはがかわいらしくぺこりと軽く礼をするので、みな微笑まし気にしてくれている。
「蜘蛛たちを頼ればいい。俺の花嫁だと告げればみな悪くはしない」
迷子になっても俺の元まで導いてくれるだろう。
「でも、どうやって入るの?」
「入りたいと願えばいい。一度入ってふゆはを知った以上、ふゆはなら入れてくれるはずだ」
まるで意思を持ったかのように、な。
むしろそうなのかもしれないとも思うが、その意思は俺や姐さんたちを含む作成者のコガネグモ系の蜘蛛たちだろうな。
「うん、分かった」
「あぁ」
そうして微笑んでみればーー
「ついたか」
会合の場所は、今回は近かったな。鬼の長の配慮だろうか。
隠れ帯を抜ければ、そこには・・・
「ふゆはちゃぁ~んっ!!」
魅惑の美女がたゆらを抱っこしたふゆはごと抱きしめる。
「ホウセンカお姉さま!」
「ふふっ!久しぶりね!会えて嬉しい!」
そして頬ずりまでし出す。相変わらず自由だな、この蜘蛛は。そんな様子を、ホウセンカ姉さんの旦那ーーイサザさんも困ったように、けれど微笑ましく見守っている。
「さぁ、行きましょう!会合の会場へ!」
ホウセンカ姉さんが示した先には、森があった。
「あの、ここから?」
「そうそう、驚くわよ」
ホウセンカ姉さんに続いては入れば、会合の場所へと続く門を越える。何にもないように思えるが、ここには門がある。こちらはその門が分かる妖怪用の門。その伴侶も伴侶の妖怪と共にならここを通れる。
人間は専用の招待状を持っていれば人間向けの門から入れてもらえるようになっている。
専用の門を作っているのは、妖怪が実際に存在するということを知らない一般の人間が紛れ込んでは困るからの処置である。
そして門を越えればそこには、大きな和風の屋敷があり、門番は鬼が務めていた。ま、鬼の長が主催だしな。
「大蜘蛛の長殿、そしてその従者、ジョロウグモ殿。ようこそ会合へ。それらは伴侶か」
門番の鬼が告げる。俺の花嫁をそれとは失礼な。だが、そこでいきなりぶっ放してふゆはが脅えては大変だ。
「いかにも」
俺が告げれば、門番の鬼たちが頭を下げる。
「どうぞお入りください」
「あぁ、ご苦労」
鬼どもの非礼は今回だけは見て見ぬふりをしようと思ったのだが、門を越えて会場に入ったところで、遠くで何か悲鳴が聴こえたような気がした。
「おい、姉さん」
こそっとホウセンカ姉さんに問えば、
「あら、どうしたのかしら?きっとねばねば糸に絡められたのね。大丈夫。3分したら、解けるから」
にっこりと笑うホウセンカ姉さん。うん、旦那と妹への非礼を、ホウセンカ姉さんは見逃さなかったわけな。
ま、自業自得だが。
会合の会場に入れば、そこは人間と人外が入り混じる魔境である。ふゆはも緊張しているのが分かる。
その中には普通の人間に混じりキツネ耳しっぽを生やした妖狐や、山伏の格好をした天狗、角を生やした鬼など異形の特徴をあらわにした者たちがいる。あれらは高位の妖怪だ。
それ以外の中程度の妖怪も高位妖怪について参加したり、給仕を務めたりしている。
その他会場をちょこちょこと走り回る小妖怪までいる。
「賑やかだろう?」
「は、はい!」
その様子をまじまじと眺めているふゆは。
「だがあまり物珍し気に見ないように。魅入られては困る」
「魅入、られる?」
「そうねぇ。私に目を奪われている男みたいに、ね?」
んふっとセクシーポーズをキメるダイナマイトカップの姉さん。
まぁ、人間の男だけじゃなく、高位妖怪までちらちらと見ている。人間とは言え伴侶がいるし、ジョロウグモ自体女王と呼ばれる大妖怪だ。手を出す輩は、ほとんどいない。
「長~!」
「まぁっ!本当に花嫁さんだ!」
「姉さん。紹介して?」
群がって来たのは、虫系の女妖怪たちだ。彼女たちにとっても、ふゆはは話題の中心なのだ。
みな美しい美少女の姿をしているが、本性は百足、カマキリ、カタツムリ、蛙っ子も混じってるな。
「えと、あのっ」
ふゆはは戸惑いながらも、ホウセンカ姉さんに紹介されて挨拶をしていた。
「あの、お久しぶりです。しずれさま」
そんな様子を微笑ましく眺めていれば、俺に声を掛けてきた女性がいた。
「あぁ、お久しぶりです。ちょうど探しに行こうとしていたんです。桜菜さん」
肩よりも少し長い黒髪に、黒い瞳を持つ和装の女性は少し驚いた表情をしつつも、ふんわりと微笑んだ。