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大蜘蛛は愛しの花嫁を溺愛する。  作者: 瓊紗(夕凪.com)
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花嫁を迎えに。




「さぁ、今日は遂に俺の花嫁、ふゆはを迎えに行く日だ。朽葉くちば

ようやっと待ち望んだこの日が来たのだ。

月守つきもりふゆは。俺の花嫁の名だ。


「えぇ、心得ております。しずれさま」

俺の従者である茶髪に茶眼、人当たりの良さそうな顔立ちの朽葉が爽やかに微笑む。


「ふふふっ。はははっ」

思わず歓喜の声が漏れ出てしまっても仕方がないと言うもの。


「ですがしずれさま」


「どうした、朽葉。どこか変だろうか」


色の抜けた白い髪と青い瞳は目立つものの、俺も朽葉も妖怪だ。人間を惑わし、誘いたぶらかすこともある妖怪だ。それなりに人目を引く容姿をしている。


白く色のない肌は氷のようなきらめきを有し、顔立ちも整っている。現代に合わせたスーツと言う格好も無難だが、和服萌えと言うものもある。

俺は朽葉と共に和服に身を包んでいるものの、その他の外見は現代日本に於いて奇妙に思われぬように整えてある。


ただひとつーー


「この角は、一般人からは見えぬようにしておこう」

もちろん、花嫁には見えるように。

あと霊力が強い人間には見えてしまうが、一般人には見えない。俺の頭からは、鬼のような2本の角が伸びていた。


「妖術を使って迎えに行くとは言え、そうなさってください。それと笑い方が不気味ですのでもう少し爽やかに笑えませんか」

いや、そこかよ。まさかのポイントだった。

それに俺は朽葉のような優男タイプじゃないんだから、仕方がないだろう。


「別に、良いだろう。ほら朽葉。ゆくぞ」


「分かりました。しずれさま」

何か諦めたような顔をするな。傷つくわっ!

あぁ、楽しみだ。我が花嫁を迎えに行くのは。


この現代日本には、実は今もなお妖怪が存在している。一般人の知らないところで、一般人に紛れながら暮らしている。


だが、完全に知られていないと言うわけではなく、妖怪と古来取引のあった限られた名家や一部の人間たちには知られている。


―――俺たち妖怪は時に人間の花嫁を迎えるのだ。


それは何故だかは分かってはいない。だが、唐突に感じるものなのだ。この人間は、自身の花嫁だと。そう思ってしまえば、攫ってしまいたくなる。昔は攫って無理矢理嫁にしていたのだが、今は花嫁の意思も尊重されるし、迎えることができるのは花嫁が18歳になってからだ。


少し前までは16歳だったのだが、成人年齢が変わったとかでこちらも影響を受け、18歳になってからではないと花嫁として囲えなくなってしまった。


うぐっ。


でも、それも花嫁のため。仕方がない。

それに、妖怪がどんなに恋焦がれても、花嫁が望まなければ花嫁として迎えられない。これは日本妖怪ズのトップに君臨する鬼の一族が定めたものだ。


日本妖怪ズの中で甚大な影響力があるものは別にして、妖力としては鬼が強い。鬼がそう決めたのなら、他の妖怪たちも従う。


しかし、妖怪たちのほとんどが人間社会の中で多大な影響力や経済力を得ており、花嫁になれば一生幸せに暮らせるのだから、断る花嫁はほとんどいない。


だが花嫁がためらう理由があるとすれば、寿命だ。


因みに、人間と妖怪の寿命は違う。

だがしかし、妖怪が人間を花嫁に迎えて特別な契りを結べば、その花嫁は妖怪と同じ時を生きる。しかし花嫁がそれを望まない場合もある。自分だけ、周囲の人間たちに置いて行かれることを恐れ人間の寿命のままその生涯を終えることもある。それでも妖怪は、花嫁の意思を尊重する。そして花嫁がどちらを選んだとしても、妖怪はその花嫁を生涯に亘って守り大切にするのだ。


「俺も、花嫁を幸せにしようと誓おう」

できれば、俺と同じ時を生きて欲しいが。

我が花嫁は、どちらを望むのか。


「さて、本日俺が直々に迎えに行くことは伝えてある。少し、覗いてみようか」

「覗き趣味とか、ちょっと」


「引くな―――っ!」

朽葉に、めっちゃ引かれた。


「いいだろう!いろんな花嫁を見たいと思って、何が悪い!」


「はいはい、わかりましたよ」


「投げやりな返答するな!」

全くこの従者は。長年にわたり信頼を寄せているからこそのやり取りではあるのだが。爽やか優しい系青年に見えて、たまに毒舌になったり厳しかったり。


俺たちは、霊力の高いものたちにもなるべく見つからないようにして、妖力で隠れながら宙から花嫁の様子を見ることにした。


どうやら、俺の元に嫁に来る愛しのふゆはの見送りらしい。

ふぅん?あの家の連中もそれくらいはするのか。


我が花嫁は、いささか不遇な身の上だ。

彼女が生まれたのと同時に彼女の母親は天に召された。その後父親は、長らく妖怪と取引のある霊力を強く持つ家系の長として、後妻を迎えた。


しかもふゆはは霊力をほとんど持たなかった。


妖力が一定以上ある妖怪はその人間に霊力が見えなくても見ることができる。だが本気で隠れれば、相当な霊力がなければ見ることができない。

因みに微弱な妖力を持つ妖怪たちは、普通の人間の目には映らない。相当霊力がなければ見えない。たまに、普通の人間の目に映ることはあるけれど、それは稀だ。


あの家は、その霊力を武器に妖怪と取引をしてきた家だ。

ふゆはは離れに追いやられ、少数の使用人に囲われながら育った。更に彼女を追い詰めたのは、後妻が相次いで霊力の強い娘と跡取り息子を産んだことだ。


それにより、ふゆはの立場は更に悪くなる。悪くなるーーというか、ふゆはは生活費と住むところを与えられてはいたが、親からの愛情を受け取れず、離れで寂しく育った。


そんな彼女を、俺は例外で嫁に迎えてやろうと色々と暴れたのだが、鬼の長がどうしてもと言うのだから、あの離れで暮らす妖怪たちに彼女を任せ、ずっとこの日を待っていた。


どれだけ後妻やその子どもたちが彼女に物理的な危害を加えようとしても、奴らは上手く躱してくれたからな。問題は、精神的な方だ。


奴らは上手くやってくれているとは思うがな。

それに、その気になれば彼女の目にも映ることができる。


俺の花嫁になればこちら側の人間となるから、普通に見えるようになるけれど。


それにしても。


ずっと冷遇してきたふゆはを、どう見送る気なのか。ふゆはに見向きもしなかったあの当主である父親はどんな言葉をかけるのか。

そこには後妻とその娘息子もいるようだ。

確か娘は17歳。ふゆはとは年子。息子は15歳だったか。


誰よりも最初に口を開いたのは、後妻の娘だった。あれは確か、月守 ヒメだったかな。


「見物ね!アンタみたいな役立たずが妖怪の花嫁になれるだなんて思ってもみなかったけど」

おいおい、想像以上に性格悪そうじゃないか?あの娘。今までは鬼の長の顔に免じて見逃してきたが、さすがにちょっとなぁ。

妖怪が花嫁を迎えるかどうかは、霊力じゃない。そりゃぁ、霊力が強い方が妖怪的には美味しいのだが、全てがそれで決まるわけじゃない。選ぶのは、あくまでも妖怪の意思なのだから。


あの家は霊力が強い娘を代々輩出し、様々な妖怪にも娘を嫁がせて来た。だからこそ出た、驕りか。


「でも、アンタを嫁にもらうだなんて酔狂な妖怪がいると思えば。まさかの“化け蜘蛛”だなんてね!あっはっはっはっ!一体どんな化け物がアンタを嫁として迎えに来るのかしら?腕は何本?目はいくつあるのかしら!きっと物凄い醜い化け物ね」


・・・は?


「よしなさいな、ヒメ」

後妻が娘を窘めるが、その表情は醜く歪んでいた。――-醜いのは、お前たちの方だろう。

鬼の長の命がなければ、今すぐ切り刻んでやってもいい。


「それでも、化け蜘蛛も少しは稼いでいるのですから。この家に払われる結納金も弾むはずよ。もちろんあなたを選んだ鬼には遠く及ばないけれど」

結納金。結納金ねぇ。確かにそれは妖怪が人間の花嫁を迎えるにあたり、花嫁の家族に支払うものだ。妖怪の中には稼いでいるものもいるから、それだけその金額は弾む。


あの後妻の娘は鬼に選ばれた。鬼ならその財力も果てしない。例えば鬼の長の嫁にでもなれば、一生遊んで暮らせるような額が与えられる。

しかしそれは、妖怪が迎えるまで花嫁を大切に育ててもらった礼に、その家族に払うものだ。


結納金は払う。もちろん、彼女を守り育ててくれた“家族”に対してはな。

あの女は何を期待しているのか。


まるで分からんな。さも、自分たちがその結納金を手にできるような口ぶりである。


「とっととこの家から出て行け!姉さまを虐める悪女め!」

更には後妻の息子が、ふゆはに向けてそう吐き捨てる。

ふゆはが、虐める?

そんなわけはない。むしろ虐めているのはめくるめくお前ら後妻ファミリーだろう。

そしてふゆはが罵倒されている中、当主は見て見ぬふりをしている。そんな態度を、俺が許すと思っているのか。


それともかの家は、月守家は我らを侮っているのか。


いずれにせよ。


「放っては置けまい」

花嫁が傷ついているのなら。


もう、花嫁を迎える権利を得たのならば。


何を躊躇する必要があろうか。


「我が花嫁、迎えに来た」


俺は朽葉とともにふわりと地上に降り立ち、花嫁にふんわりと微笑んだ。黒髪を、肩よりも少し長めに伸ばした彼女は、驚いたような表情で俺を見る。その黒曜石のような澄んだ瞳には、俺の白い髪が映えるように映し出されている。


しかしその時、不意に甲高い声が響く。花嫁のものではない、不快な声。


「まぁっ!まさかもう迎えに来てくださるなんて!嬉しいわ!私の旦那さま!」


そう歓喜の声をあげて俺に近づく小娘。色素の薄いふわふわな髪を揺らしながら、ぱっちりとした色素の薄い瞳を輝かせ、人間どもが総じて愛らしいと述べる笑みを浮かべている。


「そうよね!お姉さまを迎えにくる妖怪なんて、いるはずがないわ!今日は鬼さまが私を迎えに来てくれる日だったのね!」


腕を伸ばし、こちらに近づこうとする不快な人間の小娘。


―――吐き気がする。


その瞬間俺は背中の布をバリバリっと引き裂きながら巨大で全長2メートルほどもある長い腕を繰り出し、3対繰り出し、腕の先端から伸びる爪を小娘の頭、喉、胴やらを今にも突き刺さんばかりに突き付けた。


しつけがなっていないようだな。貴様が俺に触れることは許していない』



「ひっ!?何!?これ、お、鬼さまなのに、何でそんなもの、生えてっ」


小娘が脅えたように後ずさり、尻もちをついた。


後妻とその息子も顔を真っ青にして脅えて動けない。そりゃぁそうだ。俺は今、すこぶる機嫌が悪い。妖力マックスである。

さすがに我関せずだった当主も驚いて顔をこわばらせている。


あぁ、花嫁を恐がらせただろうか。


けれど恐がらせたとしても、この家に置いておく気はない。


「あ、アンタなんかが私のお、鬼さまなわけない!ば、化け物おおおおぉぉぉぉぉっっ!!」


『当たり前だ、愚かな人間』

誰がお前の鬼さまだ。


俺は、元よりふゆはのものだ。


それにーー


『いつ、俺が鬼だなどと言った』


「え?でも、角っ」


『鬼以外にも、角を持つ妖怪など五万といるだろうが。我は蜘蛛妖怪の長。大蜘蛛とも呼ばれている』

そう、この背中から伸びる腕も、蜘蛛の腕である。

蜘蛛の脚は4対、8本。しかしながらそれの他、触肢と呼ばれる1対の腕の代わりになるもの持つ。その人間の姿の時は触肢は人間の腕、脚の1対は人間の腕に擬態しているのだ。

そして余る3対6本の腕は、大体背中に格納している。


必要な時はこうして出すことも容易である。


何せ俺はお前たちの言う、化け蜘蛛の長だからな。




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