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case:凡庸な生き残りの自害

逃げ遅れてしまったモブくんの回。

 死の音が、迫る。

 今まで仲間だったものが、首を刎ねられては呆気なく死んでいく。

 黒髪の女か男か、よく分からないものが、踊るように間を縫って歩いている。それが横を通るたびに、鮮血を吹き出して死んでいった。

 阻むものは、何もない。

 ただ流れる川のように自然に、刃が滑る。

 にぶく光を受けていた刀身は、最早紅く染まり果てていた。

 理論上、もう切れ味などとうに失せてしまっているだろう。だがそれにも関わらず、人の首は落ちていく。


 銃など、通じるはずもなかった。

 まず、的が小さい上に動く。それも間断なく、ぬるりぬるりとすり抜けるように、だ。

 同士討ちを恐れて、引き金を引けなかった。そりゃあそうだ。下手に撃ったところで、味方に当たる可能性の方が高い。

 その時点で、俺達は負けていた。

 一度間合いに入れば、先に攻撃が届いた方が勝つ。

 それさえ、普通ならば、銃の方が早い。だから、十中八九俺達が勝てる。

 だが、そうはならなかった。

 あらぬ方向から飛んでくる一撃が、容赦なく命脈を断つ。首だけでなく、腿をやられた者もいる。

 ただ前の方にいただけの不幸な人間は、なす術もなく刃に屠られた。


 中に控えていた男達は、ならばと警棒で打ちかかった。

 だが、それが相手に振り下ろされることはなかった。

 上から叩こうとすれば、その隙を見て胴を斬り飛ばされる。

 ならばと迎え撃とうとすれば、またあらぬところから首を斬られる。

 選ばれた精鋭だった筈の彼らは、ただ自らが井の中の蛙だった事だけを証明して死んだ。


 そうして行き場のなくなった刃は、本丸へ向けられる。

 銃口が一斉に、男へと向いた。銃弾が間断なく鳴り響き、雨あられの如く轟いた。

 こちらは、軍が採用しているサブマシンガン。威力は限界まで高められている。

 あいつは、ただそこへ買い物にでも出る主婦のような服。

 だから、一箇所でも当たればひとたまりもない筈だった。


「だめだよ、そんな玩具おもちゃを使ったら。周りに誰かいたら、とっても危ないからねぇ」


 ――だが。

 あろうことか、無事だったのだ。

 狙い撃った筈の弾は、哀れにも両断された。刀を振ることはおろか、抜くことさえなく、勢い諸共殺された。

「そんなにびくびくして、どうしたの? 怒ったりはしないよ」

 にこり、と微笑んだその顔に、誰もが慄いた。

 ――駄目だ。

 強い。強すぎる。

 よりによって、一番喧嘩を売ったらいけない人間だった。

 その事を、誰もが心で理解した。

 否。それを人は、絶望と言う。

 圧倒的な戦力の前に、誰も、何もすることはできなかった。数の有利など見かけ倒しだった。どんなに鍛えたところで、凡人は凡人のままだと理解してしまった。

 異能を使うために、意思を向けることすら、できない。最早、勝ちの芽など億に一つもない。


 故に、頭を地へ擦り付けた。

 死にたくないその一心で、土下座した。

 にもかかわらず。

「なんで謝るの?」

 たった一つの、穏やかで、少しきょとんとしたような言葉が、返ってきた。

「私は、君たちと戦えて、とっても嬉しいんだよ」

 次の言葉で、絶望した。

 これは最早、人間ではない。そう、理解してしまったからだ。

 戦いというものに身を置くためだけに生まれてしまったものが、何をどう間違えたのか来襲したのだ。

 ただどちらかが死ぬまでの闘争だけを。

 破滅以外の何もない戦争を。

 意思も思惑もない、ただ命をぶつけ合う戦を。

 それだけを願い、ここに足を踏み入れて――こうして剣を振るっている。

 今は軽く、刀身に纏わりついた血を拭っていたものの。それが終われば、また戦えと促すだろう。

 取るべき行動は、たった一つだった。

 どうせ逃げるのなら、一番早い方がいい。そう理解してしまった一人が、自らに向けて躊躇なく引き金を引いた。

 言うまでもなく、即死だった。

「あぁ……命は大事なのに。悲しいねぇ」

 その言葉を、本来込められるべき意味で理解した人間はいない。

 まるで幼子をあやすような猫なで声が、人の言葉として理解できた人間の方が少ないだろう。戦火の外にいる俺が、ようやくその言葉の数を、理解できたくらいなのだから。


 そして。

 事実として、それが最も安らかな死であった。


「駄目だよ、そんなに命を粗末にしたら。一個しかないんだから、ね」

 空気が、変わる。

 ぐしゃりと肺を潰され、心臓まで圧されるような圧迫感に襲われる。

 手足を動かすことは、できない。

 思考そのものが、できない。

 ただ、なんとか生きることしかできなかった。逃げようという気も、戦おうという気も起こらない。

 ただじっくり、『勝てない』と理解わからされている。

 あまりにも大きな大きな岩が、ぷちぷちと潰してくるような重みが。

 心をじわじわ万力で潰していくような、途方もない力が。

 使命をも挫いてあまりある、どん底のような闇が。

 そして、命というものを全て凍らせてしまうような、冷え切った殺意が。

「もっともっと、戦おうよ。戦って、命を分かちあうのは、とっても楽しくって、いいことなんだからね」

 たった一人の、些細な怒りから、発せられていたのだから。

 ここに来て、誰もが理解を拒んだ。

「だから、立って。戦って。私に、その憎しみをぶつけてごらん?」

 こんなものに勝てる憎悪など、何年煮詰めればいいのだろう。

 指一本とて動かすことも叶わない、重く冷え切った空気に抗った者は、存在しなかった。


 結局。

「この子も駄目かぁ」

 憎悪をかき立てるように、一人一人が嬲り殺され。

 それでもなお、誰一人として、抗いきった人間はいなかった。

 かつての廃工場で、たった今まではアジトだったここは――ただの虐殺現場に成ったのだ。


 そんな、無茶苦茶な様子を、隠れて覗いていた。

 そもそも姿を見せていないから、気づく余地などなかったはずだった。

 だが、確実に目が合った。


 いや。

 ずっと、目が合っている。


「隠れんぼ、楽しいねぇ」

 はじめから、気づいている。


 見せつけるためだけに、殺している。

 その事に、気づいてしまった。心臓の鼓動が、跳ね上がる。

「ふふ。見て、みんな死んじゃったよ。君なら、復讐に駆られてくれる?」

 はじめから俺だけを標的にして、その為だけに嬲り殺していた。

 脈を正確に断つだけの技量を持った人間が、その逆のことをして、できる限り永らえさせたのだ。

 それは全て、戦わせるためだけに。

「ほら、答えてみようか」

 にこり、と微笑む顔が、いやにきれいだった。

「たくさん、大事な人が、殺されちゃったね」

 血に塗れた刀を拭いて、鞘に納める。

 俺は知っている。

 奴の本懐は、あくまでも居合の筈だと。剣術は、剣を抜いて、また鞘に納める間の対処程度にすぎない、と。

 だが、故に理解できる。

 こんなものに、勝てるわけがない。

 既に、人間の範疇を、軽々と飛び越えてしまっている。

「痛いよぉ、ってたくさん悲鳴を上げていたねぇ。だぁれも助けてくれないのに、ねぇ」

 甘く、低く、掠れるような声が、復讐をかき立てている。

 必殺の剣を用意し、憎悪をつま弾き、逆鱗を削ぎ落とし。最高の環境で、戦いたいと願っている。

 それが、嫌というほどに、理解できた。

「たった一人だけ、生き残っちゃったねぇ。君は、どうしたいのかな?」


 とん、とん、と乾いた足音が響く。

 あれだけの人数を斬って、返り血らしい返り血は、ほとんど付いていなかった。

 否。

 考えるまでも、見るまでもない。

 こうして逃げようと身体を動かせたのだから、本気など欠片も出していないのだ。まるで息も上がらず、頬が上気するような素振りさえ見せていない。

 そんな相手に望み通りに突っ込んだとて、勝てるのか?

 ――そんなわけ、ない。

 手の内を知っているから、勝てるわけじゃ、ない。

 それで勝てるのならば、人類は最強の生物と化しているだろう。陸にも海にも、天敵は一つとしてないだろう。

 だが、現実はそうじゃない。


 故に。

 殺意が緩まった隙を突いて、引き金を引いた。

 己の頭へ向けて。


「……君も駄目かぁ。期待していたのになぁ」

 意識を失う直前に、そんな落胆が聞こえた。

身構えているときに死神は来ないものだよ(人体ズパー)。

こんなんでも対外的には多種多様の人格が終わった美女に囲まれている面倒見が異様にいい薄幸のママおじさんなんですよね。まるで良心のようだ。

近所に住んでしまった青少年の性癖、無事に壊れた模様。

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