永世少女の万能性を考証す
そも、玲奈という存在は妙である。
あらゆる機密を、まるで元からそうであったかのように知っている。
なれはてや術式はおろか、未だちゃちなオカルトとして扱わせている古代文明、その他数々の軍事機密。それらを全て、把握した上で会話している。
未知の事項ですら、先んじて警告を発し――そして、的確に当ててみせた。
未来を知る異能も、遠見の異能も確かに存在する。
だがそれは、出回っている情報の限りでは限りなく使い勝手が悪い。
未来を見たところで、話してしまえば前提となる現在が変わる。誰かが認識しただけで変わってしまう未来を見たところで、何ら役に立つわけではない。
遥か遠くを見つめれば、その度に瞳が変質し、常人の比にならぬ速度で視力が摩耗する。
もちろん、まりえの精神や知識に直接干渉して知識を引き出すことも可能だが――しかし、そんなことをされればまりえとて気づく。常習犯かつ常套手段故に、そういった形での精神干渉には強い自信があった。
そもそも、まともな人間が同じ異能を使いこなせるか、と言われればかなり怪しいところがあったりする。否応なしに他人を完璧な形で理解するというのは、誰にとっても不幸の種にしかならないものだった。
「でも、普通じゃない。わたしが知らないだけで、気が狂ってたりするの?」
「いや。人格的にはけして褒められたものではないが、全てにおいて論理的だな。そこに目立つ破綻はない」
むしろ、彼女が弾き出す結論には、感情というものがあまり介在していない。故に、安心して心を覗ける。
深くまで干渉する前に強制的に逸らされているせいで、未だ彼女の本心を視たことはない。
「じゃあ正気ね」
「ですよね……」
無論、これに関しては、全員が同意見だった。
そもそも気が狂っていれば、どこかで分かりそうなものである。そう何年も狂気は隠し通せるものではない。
「だから、恐らくあれは、ほとんど異能じゃない」
「ほぇ!?」
故に。
こう結論付ける他、ない。
あらゆる異能を使いこなす人間というのは、この世に存在しない。
いくら多かろうと、人間としてまともに生きていられる状態は二つ。
それ以上は制御を失い、やがて自らの生命力を奪われ続けて否応なしに衰弱する。
穏やかに衰弱するだけなら良いが、無理に移植させた例では肉体が弾け飛んだこともあった。
「じゃあ、なんなのよ」
「それが分かれば……と言いたいが、残念ながら確証があってな」
即ち、術式。
何らかの数式を以て、この世界を統べる力。有り体に言えば、魔法のようなもの。
その真相まではまだ理解できていない、誰にとっても未知なるもの。
「……まぁ、そういうものだ。こいつには実演したし、それらしい物を行使されたのでな」
軽くかいつまんで、術式を説明する。
――本来、一応は民間人たるとつぐに軽々しく説明していいものではない。
が、今回は色々と事情が重なっている。
まず、直近に、一般企業向けの成果発表があること。
ある程度既知の人材では人手不足であるので、民間を巻き込んだ解明戦争に持ち込みたがる研究者は数多くいた。それがようやく、調整に調整を重ね、二十五年の年月を経て実現する予定なのだ。
もちろん、その折には大量にマスコミが入る。そうなれば、ここまでの厳戒態勢を取る必要もなかった。
「ふぅん……?」
「残念ながら、そう簡単に仕入れられない部類の情報でな。私も具体的な説明はできない」
まったくもって、うすぼんやり理解したような顔すらできていなかった。
当然、具体例は出せない。機密に関しては、墓の下まで持っていく所存である。
「そうなんだ。まぁいいわ、玲奈ちゃんに聞くから」
「いいんですか、それ……?」
そして、この反応も予想の内であった。
何故かそんなことまで知っているのが玲奈である。名前と顔でスポンサーの金を引き出せるような女は、実力も伊達じゃないということだろう。
およそ日本に生きる半数以上の人間が、生ける伝説としてその名を挙げる偶像。
ほぼ純粋培養の箱入り令嬢として育てられたまりえですら、名前くらいは聞いたことがある。本格純正箱入り娘のとつぐですら、曲くらいは知っているだろう。
……何故、そんな人間が場末の探偵事務所にいるのかは、本人以外は誰も知らない。
「どこまで知っているかはさておきとして、な。奴とて未来の万馬券は分からない」
「あれわざと外してるんじゃないんだ?」
「信じられないだろうが、あいつは心から穴馬に万札を突っ込んでいるんだ」
「さて。根拠は以上だ、弁護はあるか」
「まったくありませんし、なんならやりそうです」
「やるわよね、あいつなら」
そして、哀れにも誰一人として玲奈を庇うことはなかった。
咲良は咲良で、かなり玲奈に泣かされている。むしろ泣かされっぱなしである。
第一印象の顔と異能の凄さは良かったが、それ以降は株がはちゃめちゃに下がっている。大人げはまったくないし、慇懃無礼だし、わざと泣かせてくるし、割と怒りっぽい。賭博狂いという情報も聞いてしまったので、最早株がマントル目指して地底を掘り進んでいる状況である。
とつぐはとつぐで、十年来の付き合いともなれば大体なにをしでかすかは分かる。
目的があれば、他人の人生をめちゃくちゃにするくらいは平然とやる――そういった、マイナス方面での信頼を勝ち取っていた。
とつぐの知る限り、人類史上に類を見ない程の有能。兄をも上回るであろうやり手だと評価しているが、しかしそれはそれとして人格面では最悪の烙印を下している。
だからこそ、正面から友人をやれているのだが。
「……薄情だな、二人して」
「だって玲奈さんですし……」
「玲奈ちゃん、割と前科あるもの」
そして、あまりにもあんまりな評価に、まりえは頭を抱えることとなった。
実際、一度顔を合わせれば恐らく真相は分かる。証拠は本人の頭脳と記憶だ。
何より玲奈は、一度終わったことは隠蔽しない節があった。なんなら、当事者の少女さえいなければ平然と種を明かしてすら来るだろう。
いやー実はさっきの事件私が一晩でやってしまいました、多少被害者の人間性は破壊されましたがノルマは達成したので問題ありません。まぁ人権を人間に認める方が大いなる過ちなんだよと、それ一番言われていますし――と、いつも通り趣味の悪い笑顔で言ってのける。そんな気さえしていた。
そして、事実過去の取引先相手にこれをやられてグーパンを顔に入れてしまった事もあるので、まりえからしてもあまり強く否定できないのが現実である。
「……否定しきれないが、せめて姉さんには否定してほしかった」
「無理。割と筋金入りのクソアマだもの」
「同じ穴の狢同士、か……」
誰が誰と、とはけして言わないでおいたが。
しかし、恐らく全員が全員、自分以外の身近なクズを思い浮かべていたのは――最早、心を読むまでもなく分かった。
「……確かに!」
「まったくよね、困っちゃうわ」
咲良のわずかばかりの夢を砕かない為にも、正答は伏せておくことにした。
――しかし、当の仕掛け人ですら忘れていたのだが。
この数週後、まりえもまた暗躍型クソ女として株が地底を掘り進む事になる事件が勃発してしまうのである。
そういう意味では、まりえも人のことは言えない身分であった。
「あっ良かった、まだいたぁー!」
そんな推理も終わって、のんびりととつぐのご機嫌を取っていた頃である。
なんとなく耳慣れてきた少女の声が聞こえた。
とすとすと走ってきたらしく、軽く息を上げている。
「ん……どうした?」
「どうしたもこうしたもないです! なんですかこの額面!?」
「む、まだ足りないのか。これ以上は流石にちょっと……」
例の書面を持って、である。
「いやいやいや、多すぎますって!」
「そう言われてもな……家屋を破壊したわけだし。どうせ、まとまった額は必要になるだろう?」
「それでもですよ!?」
総計、七千万円。
軍からの見舞金や、売り払った家の代金、その他諸々を加味したってあまりにも多すぎる――と、咲良ですらそう思った超大金だ。
とつぐにすっかり破壊された金銭感覚でさえ、そう思うのである。
まっとうな庶民暮らしを送っていたその辺の女子高生には、あまりにもな大金であった。
「……まりえちゃん、流石に桁間違えてない?」
「……実はまぁ、株式運用で稼ぎすぎてだな」
「あぁ……」
概ね節税対策と口封じか、と察したのは、とつぐくらいのものであった。




