愚者の舞い 4−8
バーゴの指摘は、正論なだけに痛すぎた。
言葉の刃がハプルーンを責め苛み、それでいて反論の余地が見つからない。
特に、出会った時が追われ傷付き、瀕死の時だったから尚更だ。
最初こそ動ける様になるまで反抗的であったが、恩義を感じたか、それ以降は心を開くようになった。
そんなキュエーシスを見捨てて、王位になど就けるものではない。
キュエーシスの態度で自分を愛してくれている事を実感し、なにより自分が本気で愛した相手なのだ。
そんな葛藤に悩むハプルーンは、バーゴが皮肉気な笑みを浮かべている事を、シノンが複雑な表情で見詰めている事に気が付く事は無かった。
「そのエルフを養っていた老夫婦は何者かに殺害され、もはや貴方様が保護する以外、行き場所さえないではありませんか。 ご承諾下さい。」
真摯な表情にコロッと変えそう言われ、ハプルーンも頷きそうになったが。
「なあ、部外者ながら1つ聞いていいか?」
「部外者と分かっておるなら下がっておれ!!」
ルーケがアーチャーとバーゴを警戒しつつ、遠慮がちにハプルーンにそう聞くと、即座にバーゴが怒鳴り遮る。
「煩い。 お前こそ黙っていろバーゴ。 なんだ?」
「その養っていた老夫婦って、なんで殺されたんだ?」
「私の命を狙った者から庇ったのさ。 馬鹿な奴らだ。」
沈黙していたキュエーシスが平然とそう答えたため、思わずフーニスとラテルがムッとする。
命がけで守ってくれた相手に対し、確かに言い過ぎだとは思うが、ルーケは何か理由がありそうだなと思い、出来るだけ表情を変えずに振り返らずに聞いた。
「なるほど。 それで、容疑者の心当たりは?」
「あり過ぎて特定できないな。 私の命を盗れば、一攫千金とまではいかなくともかなりの金になる筈だ。 そう言う意味では冒険者全てが該当する。 そう聞くお前じゃないのか? 本当は。」
その言い様には、流石にルーケも苦笑いを浮かべた。
もしそうなら、四方どこから攻撃されてもおかしくはないのにこの豪胆さ。
肌が浅黒いとは言っても、元々エルフである。
一般的に言う肌の白いエルフと違って、女性として出る所は必要以上なほど出ているスタイル抜群なプロポーションに、抜群に整って美しい美貌。
同じく豪胆なハプルーンが惚れるのも、分からなくもない。
「生憎俺達は、初めてダークエルフを見たから違うな。 それに、襲撃者の中にはアーチャーもいただろう?」
「・・・? 何故知っている?」
スッと目を細め、疑いの眼差しでルーケの背を見詰め、すぐに言いたい事に思い至った。
「なるほど、一番の愚か者は私のようだな。」
「なんだ? 何を2人で分かり合っているんだ?」
ハプルーンがそう聞くと、フーニス達やシノンも小首を傾げていた。
「その老夫婦以外、誰か信頼できる人物に心当たりはないのかい? あんたがこのまま帝位についても、彼女の安全はおぼつかないぜ。」
「どう言う事だ?」
「彼女を襲撃したのはこいつらだ。」
そう言って、抜き身で持っていた剣をバーゴに突き付ける。
「な、何を証拠にそのような!! 無礼にも程があるぞ!!」
騎士に剣を向けるなど、無礼を理由に切り捨てられてもおかしくは無い行為だけに、黙って控えていたアーチャーも即座にルーケに狙いを変えて定める。
「あんたさっき、老夫婦は何者かに殺害され、と、言い切った。 何故知っているんだ?」
「そんなもの、陛下を捜索している時に目立つそのエルフを探し当てた方が早いと思い、探し当てたら殺人現場に辿り着いたと言うだけだ!」
「つまり、着いた時にはその老夫婦は死んでいたと、そう言う事だな?」
「ああそうだ!」
「1つ訊ねるが・・・犬か何か連れて来ているかい?」
「そんなもの、連れて来てはおらん! 部外者の癖にふざけた事を言うな!!」
「では、よほど優秀な狩人なのかい? あのアーチャーは。 それとも、他に仲間がゴロゴロいるのかな?」
「な、何を言っているんだ貴様!?」
「さっき、あのアーチャーは即死狙いでこのエルフを狙って射撃した。 まずそれが1つ。 この娘はエルフだ。 森の民が、そんじょそこらの狩人に追跡されるへまをするとは思えない。 ましてや襲撃され姿を消した後の追跡など、犬などを連れていない限り不可能だ。 それが1つ。 つまり、襲撃者として現場にいて、取り逃がしたため即座に追跡したのでなければ、彼女の後を追う事など不可能だ。」
ルーケがそう指摘した途端、バーゴは怒り心頭に達したと言わんばかりに立ち上がると、クルッと身を翻し、大股にアーチャーに歩み寄り無造作にその首を刎ねた。
「この馬鹿者がぁ!! 勝手な事をしおって!! 誰が襲撃しろと命令した!!」
「安いねぇ。」
死体に怒鳴り散らすバーゴを見つつ、フーニスがため息と共にそう呟く。
「それにしても、本当にどうしたものか・・・。」
そんな茶番などどうでもいいと言いたげに、ルーケはそう呟いた。
ルーケとしても、この時代に来てそんなに時間が経っているわけではない。
信頼できる相手は、誰もいないのだ。
「ポルン、捨ておけ。」
唐突にハプルーンがそう言うと、茂みをかき分けてポルンが姿を現した。
いつの間にか姿を消していたから、逃げ隠れていたのだろうかと思ったが。
「いつでも殺れたお?」
「捨ておけ。 殺ろうと思えばいつでも殺れる。 バーゴ。 お前の望み通り、帝位についてやろう。」
ハプルーンの宣言に、バーゴはビクリと一瞬体を硬直させ、驚いて振り返った。
「ほ・・・本当でございますか?」
「アサッシンを引き連れて来るような体制を変えなければ、確かに安心して誰かに任せる事は出来んからな。 シノン、頼まれてくれんか。」
「なにを?」
「彼女の・・・安全を。」
苦渋の決断だったのだろう、しっかりとした眼差しでありながら、表情は苦悶に満ちていた。
そのため、シノンは目を見開きながらも無言で頷いたが。
「私は自分の身は自分で守れる。 お前達に」
キュエーシスがそう言い始めるなり、ハプルーンはクルッと振り向いて、強くキュエーシスの細い両肩に手を置いて黙らせる。
「その自分の身を守れなかったからこうなったんだろう。 俺はお前の事が好きだ。 別れたくはない。 だが、別れて暮らすより、お前に死なれる方が俺には耐えられん。 俺は帝位に着く。 お前が、幸せに暮らせるように、平和な世界を作るために!」
ギリリ、と、奥歯を強くかみしめて溢れる感情を抑えているのが誰の目にも良く分かったし、最初こそ痛みに顔をしかめたキュエーシスも、頬を赤らめていた。
「痛い。 放せ馬鹿者。 手加減を知らんのか。」
「すまん。」
冷たくそう言われ、ハプルーンは慌てて手を放し、キュエーシスはすぐに背を向け。
「肩の骨が折れた。 治療費は貰ってやる。」
その言い分に、ハプルーン達は苦笑いを浮かべた。
魔物、悪の代名詞とまで呼ばれ、嫌われるダークエルフをここまで愛する事が、どうやったらできるのだろう。
何かを愛する気持ちは、理論などではないのだろうな、と、しみじみ思った。
「ちょっと、そう言われても、おら達だっていつまでも守っているわけにいかないお? 仲間だから守りたいけど、おら達はおら達で、生活があるお。」
「まあ、私とポルンで守るなら、収入は無くなるし、生活にも困るけどね。」