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愚者の舞い 4-37

 ラテルが小馬鹿にしたようにそう言うと、ポシスは堪え切れなくなって笑いだした。

「アハハハハ! あんたなんてこっちから願い下げだよ。 それにあんた達の相手は私じゃぁない。 よ~っく、目を凝らして見てごらん。」

ルーケ達は、得意そうに言うポシスの言葉にギョッとした。

物の怪1匹だけでも手に余るほどの魔物なのだ。

それに増援があるなら、勝ち目はさらに無くなる。

そしてその相手は、すぐに現れた。

現れ出たその姿に、ルーケはギョッとし、硬直した。

「そんな・・・まさか・・・? あなたが・・・。」

「何を戸惑うのですか? 私達に先に毒を盛り、裏切り、剣を向けたのはあなたでしょう。」

スラッと伸びた腕と足、女性としてスタイルは抜群の相手。

「でもそんな・・・生きて・・・?」

「ミカだって生き長らえているのですよ。 私達が生きていても、おかしくは無いでしょう。」

赤いミニスカートという、独特の巫女服は、今も変わりない。

「でもそんな馬鹿な! あなたは俺達の目の前で、崩れて・・・消えた・・・。」

「魔王様にとって、人を1人生き返らせるなど造作も無い事。 そんな事も忘れたのですか? 本当に、弟子だったとは思えませんね。 不肖の弟子と、言われるわけですね。」

「まさか、師匠がこの一件に係わっていると!?」

「答える必要があるのですか? あなたはここで死ぬ。 死に行く者にそんな事、知る必要も無いでしょう。 あなたがあれからどれだけの経験をしたか存じませんが、時を超えたあなたと生きて来た私達。 あの時でさえあなたは私達に勝てる力量は無かった。 観念していただきましょうか。」

「ま、待ってくれクーナさん! 俺は、あなた達を害したくはない!」

「既に一度、私達を殺しておいてですか? まあ確かに、刃向うのも無駄な事ですが、大人しく死ぬのも正しい選択でしょう。 あなたも必要とされるならば、魔王様が生き返らせてくれるでしょうし、一度死ねばいいのです。 さぁ、死になさい。」

スッとしなやかな指先が、太く強靭な爪に変わる。

それは、竜の爪。

竜巫女の使う竜語魔法の1つだろう。

ポシスのように、剣のように長くは無いが、竜巫女の力と硬く強靭な竜の爪なら、人間どころか鋼鉄の鎧でさえ紙のように切り裂くだろう。

クーナは指先を変化させるなり、本当に問答無用で斬りかかって来た。

咄嗟に一歩身を引いて爪をかわし、素早く脇腹を浅く切り裂く。

相手の爪を剣で受ければ、容易く折られるだろうし、出来れば浅い傷を負わせるだけで戦意を喪失させたかったのだが。

それが甘い考えだと言う事は、すぐに思い知る事になった。

本来なら柔らかい筈の脇腹、なのに手応えは鋼に斬り付けたようだ。

「なに!?」

「愚かですね。 アクティース様と契を結んだ身ですよ。 剣などで切れる体ではありません。 アクティース様の無念、今ここで晴らします。」

仲間から離れるように後退し、次々繰り出される爪をなんとかかわそうとするが、いくつかは体を浅く切り裂かれる。

その痛みは本物で、血も流れ出ている。

自然魔法には、幻覚の霧という魔法がある。

それであって欲しかったが、違ったようだ。

最後の望みもこれで絶たれた事になり、ルーケは本当の絶望を感じ始めていた。

(フゥ・・・。)

「やめてくれ! クーナさん! 俺の話も聞いてくれ!!」

「聞いてどうなるの? あなたはアクティース様を殺した。 その事実に変わりはない。」

取り付く島も無く、クーナは冷徹な眼差しのまま爪を繰り出し続け、ルーケはひたすら避ける事に専念せざるをえなかった。

活路を、見いだせぬまま。


 パールは濃霧に白く閉ざされた世界を、茫然としながら眺めていた。

今まで信じて来たもの、愛していた者、尊敬していた者・・・。

全てが偽りと突き付けられ、何も考えられなくなっていたのだ。

「ブルルン。」

不意に、不安げに鳴く馬で現実に引き戻され、跨ったまま首筋を軽くなでてやる。

濃霧は全てを遮断でもしたのか、すぐそばにいる筈の仲間達の姿どころか、物音さえ聞こえない。

「あなたは現実・・・。」

馬の心地よい手触りの毛並みが、現実だとそう思える・・・のだが・・・。

「でも、私は何を信じたら良いの? 全てが虚偽だった・・・。 何を信じたらいいの? ああ・・・ボニート様・・・。 あなたの声も・・・偽り・・・?」

父も、神も、全てが偽りだったなら、何が真実だったのか・・・?

オルーガが本当の父だと言うなら、時に優しく接してくれたのも頷ける。

今にして思えば、たかが一介の商人の娘に、シーフギルドの、それもアサッシン部門の幹部が優しく接してくれる筈もない。

偽りに導かれ、勇者として来たルーケも偽りの勇者なら・・・従う事自体馬鹿らしい話だ。

町に帰ろうか。

そう思い始めた時、不意に霧の中に立つ、女性の姿に気が付いた。

顔は良く見えず、姿もハッキリとはしない。

なんと言うか、濃霧の中で人の形に霧が濃く集まって、色が付いたような、そんな感じなのだ。

ただ、白い上着に赤いミニスカートであるのは、感覚的に疑う事無く理解できていたが。

「・・・誰?」

(知らぬ真実を突き付けられ、戸惑い、不信に捕らわれているようですね。 だから、見るべき真実に気が付かない。)

一瞬、冷酷そうに感じるほど冷たい声音。

だがそれは、湧き出た清水の性質だからと素直に感じ取れる、そんな不思議な声。

「・・・見るべき真実・・・?」

(周りがすべて虚偽だったとしても、あなたが生きて来た時間は紛れもない事実。 違いますか?)

「何が言いたいの? それに、そもそもあなたは誰なの!」

(あなたがメイスを振るのは、虚偽ですか? あなたの心の中の正義は、虚偽ですか?)

「はぁ?? 何を言っているのよ!」

(あなたが使う白魔法は、偽りですか? あなたの信仰心は、偽り?)

「だからっ! 何が言いたいのよ!!」

言いたい事はわかる。

わかるのだが、自分でも気が付かないような欠点を指摘されているようで、パールはだんだんイライラしてきていた。

「ブヒヒン!」

パールの苛立ちを、落ち着けと言うように馬がいななき諌める。

(そうだ、落ち着かなくては。 落ち着かなければ、また惑わされる・・・。)

正体不明の相手をジッと見据えたまま、パールは静かに、軽く深呼吸した。

濃霧の中、確かな湿気と森林の匂いが体内に入って来る感触がする。

迷いと戸惑いが代わりに出て行ったように、なんだかスッキリした。

その様子を見守っていたのか、沈黙していた人影はツイッと腕を上げ、一方を指差した。

(この方向に、ルーケがいます。 あなたが何を成すべきか、それはあなた次第。 このまま見捨てるもよし、手助けするもよし。 ただし、忠告しておきます。 ルーケを助けようとするなら、あなたはこの世から消える事になるでしょう。)

「消える・・・私が?」

(ルーケはこの世にとって、わざわいの種・・・。 このまま死なせるのが、一番良いとも言えるのですが・・・。)

そう言うと、その女性は自嘲気味な笑みを浮かべ、姿は霧散してしまった。

パールは暫しその笑みの意味を考えてから、自分に何ができ、何をすべきかを考え始めた。


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