愚者の舞い 4-33
ルーケ達は、ボットの家の近所にある集合場所に戻って来ると、待っていた冒険者達に引き継ぎを始めた。
「何か変わった事はあったかい?」
「特に変わったところは無かったよ。」
ルーケが答えると、相手のリーダーは一つ頷いた。
「じゃあ、俺達はこれで。 すぐに次の依頼があるからさ。」
「そうだってな。 人気者は辛いねぇ。」
「稼げる時に稼いでおかないとな。」
軽くそう答えるが、実際冒険者はそうしないと、すぐに財蓄が無くなってしまう。
冒険者に限らず、日雇い労働者などはそんなものだ。
ルーケ達が立ち去ると、リーダーは仲間を振り返り、
「さて、今日は気合いを入れて警戒するぞ。 朝からやって無かったようなものだからな。」
都市における探索は、シーフに勝るものは、無い。
実際フーニスが共にいたなら、ジラーニイとソルダの存在に気が付いていただろう。
ボットの家周辺を、遠巻きに監視する2人に。
2人には、シーフの技能は無いのだから。
ルーケ達はそのまま城門を目指したが、途中にある市場で保存食を購入した。
夕食をゆっくり食べている余裕が無いのと、いつもの事だが、この先何があるか分らないからだ。
そして途中、仕事から帰って来たボットに会った。
「おう、今から仕事か?」
「お帰り、ボット。 これから別の依頼さ。 留守中、何もなかったよ。」
「そうでなくちゃ困るがな。 騒動は俺のいる時にしてもらいてぇ。 ガハハハハ!」
そう言うと、手を振りながら家に向かって歩いて行った。
「さて、俺達も城門が閉まる前に出ないとな。」
「でもよ、フーニス抜きでいいのか? あいつは・・・。」
「おいおい、もう帰って来ないわけじゃなし、置いて行くわけじゃないよラテル。 無事に帰って、たまにはフーニスの勘が外れる事もあるって教えてやろうぜ。」
「そうなりゃいいが・・・。」
ルーケは決して、フーニスの直感を信じなくなったわけではなかった。
ただ、売り言葉に買い言葉で意地になっていた。
そしてそれは、運命の成した事なのかもしれない。
ボットは家に入る前に、雇った警戒者達の集まる場所に顔を出し、真っ先に異常の有無を確認した。
そこで異常が無かった報告を受け、やっと安堵の吐息をついた。
それから軽い足取りで家に入り、ターサを強く抱きしめた。
「留守番お疲れさん。 なんかやつれたんじゃねぇか?」
「あなたこそお疲れ様。 そうかしら?」
「なんか細くなったような? まあ、病気じゃなけりゃ、それでいいか。」
そう気楽に言った時、炊事を担当している奴隷娘の表情が僅かに強張ったのを、誰も気がつかなかった。
既にターサが毒に侵されているなど、知っている者は、奴隷娘と謀ったオルーガだけだ。
ボットは鼻歌まじりに娘達のいる2階へと上がり。
「ターサ!! ミリアとカナを探させろ!! 大至急だ!!!」
階段を飛ぶように駆け降りて来ると、そう怒鳴りながら自ら外へと飛び出して行った。
ルーケ達は旧街道の示された位置辺りに辿り着くと、警戒に適した場所の選定を始めた。
暗くなる前に決めないと、暗くなってからでは何も見えなくなりどうにもできなくなる。
今回は通過する馬車の追手を足止めするのが目的なので、仮眠場所などは必要ではない。
しかし、火を焚くわけにもいかず、なにかあった場合に即座に飛び出せる位置で、周囲が良く見える場所で無くてはならない。
オルーガから受けた依頼は、現在地の死守。
と言っても、ある馬車が通過するので、それは通さなければならない。
そのため、バリケードなどの障害物を置くわけにはいかない。
彼らだけに依頼した以上、そんなに大人数の通過は無い筈だと、ルーケは見積もっていた。
「ところで、昨夜聞きそびれたのですが。 その馬車がどういう目的でここをこんな夜に通過するのか、何か聞いていますか?」
「いや、聞いていないが。 そう言われてみれば、確かにおかしいな。 パール、君はシーフギルドに知り合いはいるかい?」
ロスカにそう聞かれ、疑問に思い始めたルーケがパールに聞くと、即座に首を横に振った。
「私はオルーガさん以外、そういう知り合いはいません。」
「いたとしても気がつかねぇだろうさ。 俺らならいざ知らず、お嬢ちゃんにも見破られるような技量じゃ、命がいくつあっても足りねぇからな。」
「また子供扱いですか!?」
「いやいや、経験の差だ。 年の功とも言えるがよ。」
「もう! ラテルさん! 勇者の従者はもっと紳士らしくしてください! 私だってもう子供じゃないんですよ!?」
「従者はお前さんだろ。 俺は仲間であって僕じゃねぇ。 そういう従者様は、もっとおしとやかになさるべきですよ。 あなたは女性なのですから。」
と、どこかの神父を真似したような落ち着いた言い方に途中から変えて言うと、みるみるパールの顔が怒りで赤く染まる。
「いい加減にしないか、2人共。 存在を知らしめてどうするんだ。 ラテルはあちらの茂みへ潜んでくれ。 パールはこっちだ。 いいか、寝るなよ?」
ラテルはニヤッと笑いながら頷くが、パールは憤慨したまま、
「わかっています!」
と、強く答えて茂みに身を伏せる。
「ラテル、すまんが暫らくこの場を任せていいか?」
「いいが・・・どうした?」
「ちょっとロスカと話がしたい。」
「分った。」
ルーケはロスカを促し、少し森の奥へと入って行き、小声で話し始めた。
森の中というのは意外と雑音が多く、木々などが物音を吸収してしまうために思ったより物音は通らない物だからだ。
「すまんが知恵を貸してくれ。 どうもオルーガ絡みになると、俺は思考がまとまらなくなる。 今回の依頼だが、通過する馬車、どんな状態が予想される?」
「そうですね。 どこかで既に待機しているなら、亡命などの逃亡の手助けと言うところですが、正直、この森の入口からさほど入っていない場所を守備する以上、町から出て来ると考えていいでしょう。 理由は、隠れている場所が無いからです。 それと、新街道を通らない以上、ギルド関係者にばれない方が望ましいと思われますね。」
「新街道はギルドの構成員が誰かしら見張っているからな。 それに目立つ。 と、言う事は・・・何かの犯罪か・・・?」
「可能性は否定しませんが、王族の亡命かもしれませんし、ちょっと情報が不足していますね。 もしかしたら、ギルドでも少数しか知らない貴重品を輸送するのかもしれませんし。」
王族に関しては、常に権謀術数の暗躍がされているので否定できないし、貴重品も否定できない。
呪いのかかった書物などを冒険者が発掘して来た場合、ギルドで貰い受ける場合がある。
その書物が魔術書だった場合、シーフには一文の価値も無いに等しいが、魔術師研究所などに売れば高額で売れる。
この旧街道は西の王国にも通じていて、まさにロスカの居た研究所など眼の色変えて欲しがるだろう。
魔術書は、呪いがかかっていようがいまいが貴重で、重大な知識を得られる物なのだ。
呪いを解きさえすればただの書物だから、欲しがるのも無理はない。
ともかく、追跡者を撃退してまで守らなければならない馬車と言うのは、極秘任務である可能性が高い。