愚者の舞い 4-31
「ところでよ、あいつ本当に勇者の末裔なのか?」
「断言は出来ないけど、違うだろうさ。 勇者アレスの子孫は、孫かひ孫だったか一人娘でね。 その娘が子供を産み、その子が2歳になった頃、2人目を妊娠中に死んだそうだよ。 今、あっちこっちで自称勇者の子孫を名乗ってる者がいるけど、血を引かない旦那方が大半だね。 なんでもその子供から財産だけ奪って、子供は捨てたらしいよ。 息子だったらしいけど、惜しい話だね。」
「その当時に生きていたら、拾ったのにってか?」
「そりゃそうさ。 女の子ならさぞ優秀な踊り子に成っただろうし、男の子なら優秀な戦士に成っていただろうからね。 アレスのほかはレジャンドの子孫もいるけど、こっちはあまりメジャーじゃないし。」
「レジャンド? 聞いたような聞かないような・・・。」
「隣にペイネがあるだろ? 強大な魔獣が当時森だった場所に出現したのを、レジャンドって男が率いる冒険者達で倒したのさ。 その時の戦いの跡地にペイネが出来たんだよ。」
「ジラーニイは詳しいな。」
「ジプシーはね、伝承にも詳しいのさ。 夜のお伽話に使えるからね。 もっとも、どこまで本当かはあたしも知らない。 知る必要も無いし、知りたい奴に面白おかしく話してやるだけだからね。 ま、アレスの本当の子孫もどこかで生き長らえているのかもしれないけど、そういう話は聞かないね。 噂じゃ、銀竜を倒したのは勇者アレスの本当の子孫だとも言うけどさ。」
「それこそ夢物語だってか? ま、なにはともあれ、今夜の依頼を果たすだけだけどな。」
「昨夜のうちに、あの娘が種は撒いた筈。 後は実るのを待ち構えるだけさ。」
「無事に実るといいけどな。 気が引けるけど。」
「実ってもらわなきゃ、話にならないんだよ。 強硬手段は人数が少なくて出来ないし、あたしはその手の技能は無いからね。 何人ものシーフ相手なんてしたくは無いよ。」
ジラーニイがそう言うと、ソルダは一段と声を低め、
「ギルド幹部の、双子の娘を攫うんだからな。」
「馬鹿かいあんたは。 万が一があるんだから、口に出すんじゃないよ。」
「へいへい。」
フーニスはそれ以降、どうでもよくなった会話を暫し聞き、2人に疑われないタイミングで席を立ち、市場を後にした。
それから冒険者の宿に一旦戻ると、フーニスは自分の装備一式を出してもらい、携帯食料5人分を5日分購入し、会計を済ませた。
それから一旦誰もいない家に戻り、必要な財産と荷物を手早くまとめると、再び市場に足を向け馬商人を探し出して5頭の馬を購入し、家によってまとめた荷物を積んだ後に冒険者の宿に戻って、購入した荷物などを積み、旧街道へ向かった。
喧嘩別れしている事は知っていたシーフギルド員は、フーニスが別の町へ移動するのだと思い、早急にギルドへ報告する事は無かった。
それだけフーニスは、違和感を周りに与えなかったのだ。
このため、疑われる事は無かった。
ルーケ達はボットの屋敷を中心に、町の中を歩き回っていた。
怪しい者がいないか確認するためだったが、ボット達は彼らに発見など期待はしていない。
真の目的は、警戒している事を不審人物達に知らしめるためだった。
ようは予防である。
本当の警戒は、ボットの配下が行っていた。
なんとなくではあるが、その辺の事情は理解していたため、けっこう気楽にやっていたりするのだが。
今回はフーニスと言う、シーフ目線が無いため、本当に形だけだった。
そのため、同じ依頼を受けた仲間であるシーフ達も、まったく期待はしていなかった。
そして 運命は夕方に動き出した。
カナはこの日、どうしても外で遊びたかった。
ポシスの夢見でそう思い込まされていたのだが、幼い子供にそんな事がわかる筈もない。
しかし、朝から母親のターサにいくら言っても聞き入れられなかった。
もしフーニスがルーケ達と共にいたなら、ターサは護衛を頼んでいた。
夫のボットが信頼して雇った冒険者達に、外に遊びに行く時は任せていたからだ。
しかし、今日に限ってフーニスがいない。
シーフ独特の連携があるので、シーフ不在のパーティに任せるわけにもいかず、ターサは途方にくれたのだが。
それでも、今日の夕方にはボットが帰って来る筈。
そうなれば、疲れているだろうが夫に押し付ける事ができる。
ボットの不在間、ターサが色々拠点となって指示などしたりしなければならないため、外出するわけにはいかない理由もあった。
「そうね。 じゃあ、この鍵を解除出来たら遊びに行っても良いわ。」
そう言って差し出したのは、最新式の錠前。
シーフギルドに登録していない会社の物で、研究するために購入した物だ。
古い錠前なら数秒で開ける2人だが、これならもっと時間がかかる筈と、ターサは踏んだ。
2人はそれを受け取ると、素早く全方位から錠前を見聞し、道具箱から針金をそれぞれ取り出すと解除にかかった。
将来優秀なシーフになれるように、幼い頃からおもちゃとして与えているだけに、2人に躊躇いも罪悪感も無い。
この最新式の錠前は、ギルドの研究専門のベテランが解除しても数分かかる代物。
子供なら最低数十分、上手くいけば解除できない筈と思ったが。
カチャカチャカチャピン。
「やったぁ! おねーちゃんに勝ったぁ!」
「むぅ・・・。」
ミリアは不満そうな顔で、妹を見やる。
その手の錠前も、僅差の差で開いていた。
「呆れたもんだね~。 1分もたたずにかい。」
ターサは嬉しいながらも呆れ返る。
少なくとも、ギルドにこんな事報告出来やしない。
担当がショックのあまり、自殺しかねない。
「遊びに行ってい~ぃ?」
無邪気な笑顔でそう聞いて来るカナに、ターサは困った。
元々この鍵を開けたら遊びに行ってもいいと言ったのは自分だが・・・。
「パパが帰って来たらね。」
「え~!! ママの嘘つき!!」
「何言ってるの。 最初から、パパが帰って来て、その鍵を開けられたら遊びに行っても良いって言ったでしょ? もう少しで帰って来る筈だから待ちなさい。」
「言ってないもん!!」
「い・い・ま・し・た! ほら、お片付けしておきなさい。」
そう言うと、ターサは1階へ降りて行った。
信頼できる部下を家の周りに配置し、一応守りは万全の筈だ。
だが、襲撃者がいると言う情報が確かなら、心許ない事は確かだ。
だからターサは、昨日から1階に常にいるようにしていた。
一見普通の家だが、随所に侵入防止の罠が作られ、襲撃するには1階を経てからではないと2階へは行けない。
子を守る事に、ターサは専念していたのだ。
そしてそれは、ボットを慕う部下達も同じ思いだった。
「おねーちゃん。」
「ん?」
言われた通り片付けていたミリアが振り返ると、カナはニタ~と笑っていた。
「どうしたの? へんな顔して。」
「行こ!」
「どこへ?」
「どっか!」
そう言われると、キョトンとしかできないミリアである。