愚者の舞い 4−3
ルーケの性格は知っているから安心して一緒にいるが、魔王の弟子と最初に言われれば、確かに誰もが警戒するだろう。
それだけ魔王として君臨した時、絶対的な恐怖と力を見せつけたのだから。
時はすでに2百年以上経っているが、その恐怖は特に薄まっているとは言えない。
「師匠は前にも説明したが、始原の神の1人だ。 必要とあれば誰かの手助けをしたりして協力もするし、逆に害しもする。 元々冒険者として、世の中に関わっているしな。」
「要は、あなたの師匠が関わっているからと言う理由で善悪の基準とする事無く、今なら、ボット自身を信じるか信じないかと言う事ですね?」
「そう言う事だ。 判断材料が俺達には絶対的に不足しているから、決めつけるのは良くないよ。」
「でもよ、相手はシーフギルドの幹部っぽいんだろ? それはそれでやばくないか?」
一般的に、シーフギルド員は、友情よりも組織を優先する。
と、思われている。
恐怖で統制をしているのだから当然なのだが、フーニスのように、それが下級の者ならまだそんなに危険ではない。
何故なら組織として、下の階級であると言う事は、それだけ組織に忠誠を誓っておらず、技術も未熟だからだ。
それだけ重要な任務や知識を与える事は無いので、万が一最悪の事態になったとしても、周りまで一緒くたに始末される事が無い。
しかし、これが幹部となると話は違う。
幹部ともなれば最低でも組織の一翼を担っており、それだけ組織の事を知っているからだ。
「何事も絶対に安全な事などは無いさ。 ラテルだって、それを覚悟で冒険者をやっているんだろう?」
そう言われてしまえば、苦笑いするしかない。
「相手が幹部なら、それだけ色々と出来る幅が広がるだろう。 知りあったのも縁だし、頼るしかないだろうさ。」
ルーケがそう決断すると、仲間はもう何も言わずに、それぞれ迎えの来る夕方まで暇をつぶす行動にうつる。
ラテルとフーニスは武器の手入れと確認を始め、ロスカは魔術書を開いて読み始めた。
リーダーが決断した以上、従うのが仲間と言うものだからだ。
それだけルーケを、仲間は信頼していた。
静かな城の中を進み、城の主がいるであろう謁見の間の扉を無言で開く。
「お呼びですか。 魔界王ミオン様。」
人間が相手であったなら、不敬罪に処されそうなものだが、生憎ここは自然界ではない。
ここは魔界。
力こそが全てであり、たった1つの真実。
「自然界へ行け。」
謁見の間に1歩踏み入れた瞬間にそう言われ、まだ若い男・・・に見える・・・は、訝しげな顔になった。
「出来れば麻奈もやりたいところだが、天界との盟約があるのでな。」
「しかし、私はあの世界を見限った者。 今更行きたいとは思っていませんが。」
平然と答える若い男だが、付き合いの長いミオンには、不満そうなのが手に取る様に分かる。
「だが、お前しか適任がおらんのでな。 同じ人間だからと麻奈を送り込めば、あいつは魔界で育った元人間だけに、自然界における常識を知らん。 同じハーフデビルでも、お前は元々あちらの者。 それゆえに、偵察に適任なのだ。」
「偵察? 私が?」
今度は誰が聞いても、不満そうな声を上げる。
「そうだ。 魔軍の中でも選りすぐりであるブラックナイト隊。 その中でもさらに優秀なお前を派遣するのは訳があるが、お前なら言わずとも分かろう。」
「・・・分かりました。 しかし、私はあの者の血を引く者。 長くは生きれぬかも知れませんがよろしいですね?」
ミオンにとってもそこが不安の元ではあるのだが、この者以外適任もおらず、また、この事態をあの者なら理解している筈だから、大丈夫だろうと推測してはいるのだが。
「万が一の場合は、全力で戦え。 なんなら天界を引きずり出しても構わん。」
「分かりました。 それでは、自由に行動させていただきます。 それで、魔王はどちらをお選びになるのですか?」
その問いには、思わずミオンも苦笑いを浮かべる。
「恐らく、麻奈が将軍になろうな。 なんにせよ、その判断基準を得るためにも、お前の報告が最重要なのだ。 頼んだぞ、シダ。」
「承知しました。」
シダは、つまらなそうにそう答えると、身を翻して謁見の間を出て行った。
途中、誰かが声をかけたかも知れないが、そんな事は知った事ではなかった。
全力で家に向かい、壊れても構わんと言わんばかりに思いっきり戸を明け放った。
「ターサ!! 無事か!?」
ドバンっ!! と、突然爆破されたような音を立てて開け放たれた音に、赤ん坊を抱いていた若い産婆助手が驚いて取り落としそうになり、慌てて抱え直す。
「お・・・おおぉ・・・!!」
産婆助手の抱える赤ん坊を見て、感極まったように呻き、言葉が出て来ないボットの背後から、同じように全速力で着いて来ながらまったく呼吸も乱さず、
「興奮した牛ですか貴方は。」
冷静な突っ込みをうけて、思わず鬼の形相で振り返り、
「お前が早く言っていれば、こんな事にはならんわぁ!!」
「静かに。 赤ん坊が驚いてしまいます。」
あっと気が付き、ボットは恐る恐る振り返り、赤ん坊の様子を伺う。
赤ん坊はボットの怒鳴り声など聞こえていなかったように、静かに寝息を立てていた。
「で、どっちだ? 男の子か女の子か?」
気持ちを抑えながら小声でそう聞くと、産婆助手が笑顔で答えた。
「可愛らしい、元気な女の子達ですよ。」
「おお、そうか・・・。 女の子達か。」
産婆助手の抱える赤ん坊の顔を覗き込み、嬉しそうに何度も頷きながらそう言い・・・動きが止まる。
「・・・達・・・?」
「はい。 珍しい、双子ですよ。 奥様もご無事ですし、本当におめでとうございます。」
それって喜んでいいのか悪いのか?
無言でありながら、目が雄弁にそう語りつつベルソを見る。
「何故私に目で問いかけるのですか。 双子であろうがなんであろうが、無事に子供が産まれたんです。 奥方も無事なのに、何を戸惑うのですか?」
「いや、そうなんだが・・・。」
「とりあえず、奥方に顔を見せて来るんですね。」
「あ、ああ・・・。 わかった・・・。」
安心と戸惑いが同時に心を支配し、呆けたように、ボットは寝室へと向かう。
それを見送ってから、ベルソは苦笑いを浮かべて産婆助手に話しかけた。
「やれやれですね。」
「あ・・・はい、そうですね。」
産婆助手はそう答えつつ、ベルソから顔を逸らして俯く。
その頬は、赤く染まっていた。
ベルソは痩せた体ながら長身で、顔立ちは物凄く整っている。
そんな相手に見詰められれば、大抵の女性はこうなるだろう。
フーニスは緊張していた戦闘中に最初見て、その後すぐに魔王と分かったためにそんな事にはならなかったが。
「ところで、その子は姉ですか? 妹ですか?」
「あ、はい・・・妹さんです・・・。」
ベルソは、恋する乙女の眼差しでチラチラ見る産婆助手をもう気にもせず、ジッとその赤ん坊を暫し見詰め、ニヤリと笑うと家を出て行った。