愚者の舞い 4-25
フーニスは2人が出て言った後、市場に出向いて店々を流し見ていた。
暇がある時の日課みたいなもので、掘り出し物が無いか探しているのだ。
特にこれといった物ではなく、何か必要そうな掘り出し物と言う漠然としてはいるのだが、ベテランシーフであるフーニスは、たまに本当に凄い掘り出し物を見つけてくるから、仲間にとっては非常にありがたい。
もっとも、フーニスがいつもそんなに真剣に探しているかと言うと・・・そんな事は無い。
今も視線は商品から商品へと注がれているが、心はここには無かった。
ルーケへの想いは日増しに増し、かと言ってルーケが告白したとしても振り向くとは到底思えない。
もうとっくに結婚し、パールくらいの子供がいてもおかしくは無い年齢だが、どうしても誰かと結婚したいわけでもない。
ほんの半年くらい前まで、ルーケの横には自分の立つ場所があったが、今はパールに独占されている。
恋敵と言えばおかしく、パールは神官としてそばにいるのであって、恋をしているわけではあるまい。
伝えられぬ想いと、伝えては仲間としてやってはいけない現実、揺れる想いに挟まれ、フーニスは自分でもどうしたらいいのか悩んでいた。
この苛立ちが、爆発したら・・・。
そう思うと、恐怖に寒気もするのだが・・・。
クックックックックと、声を押し殺して笑うたびに、サラサラと長い髪が揺れる。
浅黒く日焼けした素肌は、砂漠でも旅して来たような印象を受ける。
この年の頃は20代半ばの娘、名をジラーニイと言った。
ジプシーの踊り子で、肉欲を感じさせる肉体の持ち主で、話はどうでもいいプレリーの視線は、この娘から離せなくなっているほどだ。
オルーガとひたすら話しこんでいるのはリーダーの魔術師であり、まだ若い戦士は暇そうにしながら小耳で話を聞いていた。
「その双子の姉妹を誘拐するだけでいいのだな? その後はどうしようと構わんと。」
「そうだ。 生きていようが死んでいようが構わん。 ただし・・・。」
「親元に帰れなければいいのだろう? 分っているよ。 それで、そちらこそ大丈夫なのか? 仮にもシーフギルドの幹部の娘を攫うんだ。 逃げ切れなければ話にならんぞ。」
「誰に言っている? もちろん抜かりはないさ。 この森へ逃げ込めば、馬車がある。 その馬車でペイネの方角へ逃げろ。 ただし、新街道は使うな。 ギルドの構成員の監視があるから、足取りが掴まれやすい。 旧街道を通り、ペイネなり西の王国なり逃げるがいい。 旧街道に入ってしまえば、雇った冒険者で追手の足止めさせる。 これで逃げ切れる筈だ。」
「そう願いたいね。 ジラーニイ、ソルダ、行くぞ。」
魔術師がそう声をかけると、ソルダが暇すぎて飽き飽きしてたと言わんばかりの顔を輝かせ、ジラーニイはプレリーにウインクして、誘惑を打ち切った。
ジラーニイ達は、この依頼のために仲間になっただけで、普段から連れだっているわけではない。
ジラーニイのような踊り子は、金持ちと知り合いになれればなれるほど裕福になれる。
だから、魅了するのも日常的に必要なのだ。
3人が出て言った後、例の地下室には再び沈黙が訪れたが、それまで黙っていたグレルことポシスがすぐに破った。
「で、雇えるのかい? あいつらを。」
魔術師と話している時は、鋭い眼差しながら優しそうな感じを装っていたが、必要無くなるなりいつもの冷徹な表情に戻ったオルーガは、フンと鼻を鳴らした。
「奴らが話に乗らなければ、その辺の冒険者に声をかけるさ。 最悪、奴らごと消せば後腐れは無い。」
「ふ~ん? あの双子、殺してしまっていいの?」
「もちろん、宝のありかは吐かせるさ。 どちらかが持っているらしいからな。」
そう言うと、ポシスはスッと目を細めた。
「隠し事は無しにしてほしいものだな、ネコマタ。 さて、そろそろ坊やが来る頃だろう。 プレリー、娘も来るだろう、親睦でも深めたらどうだ?」
「本来は、貴方こそ深めるべきではないですか? 実の父親として。」
ニヤリと笑ってそう答えると、オルーガはプレリーを一瞥し、ニタリ、と、笑った。
「嫌味のつもりか? この私に。」
「いえいえ。 独り立ちした今、名乗り出てもよろしいのではと、思ったまでです。」
「必要無いな。 利用価値があるならそうするがな。」
「まだ無いとでも? あの者達の仲間として入りこんでいますが?」
「あの坊や達自体、私にとっては捨て駒程度でしかない。 ドラゴンスレイヤーらしいが、とてもそんな実力があるとも思えんな。 奴らが銀竜を倒せると言うなら、私は1人で黄金竜程度倒せる筈だ。 行くぞ。」
オルーガは一方的にそう言うと、さっさと地下室を出て行ってしまい、プレリーもその後に続く。
ポシスもプレリーの後から出て、地下室の戸を閉めるが・・・ニヤッと笑ったのを見た者は、誰もいなかった。
以前と同じ客間に通され、ルーケは前と同じ緊張に体を強張らせたが、パールは落ち着かな気にソワソワしていた。
「なんだか、自分の家に客として来るって、不思議に落ち着かないですね。」
「勇者の従者がそれじゃ困るな。 ドッシリ構えてもらわないと。」
ルーケがニヤッと笑ってそう言うと、パールはプ~! っと頬を膨らませた。
その様子が可愛くて、思わず吹き出し緊張がほぐれる。
いつも口やかましく言ってる事を逆手に取られ、パールは拗ねてそっぽを向いてしまったが。
そんな時、プレリーが登場した。
「お待たせしました。 おや? どうしたんだねパール。」
「なんでもありませんわ。 それより、オルーガさんは?」
「今来るよ。 どうだね、冒険者としての生活は。」
「色々大変だけど、頑張ってるわよ。 お父様こそ商売はいかが?」
「こっちもボチボチだな。 帝国が頻繁に戦争を起こしているおかげで、売れる時は一気に売れるんだが、戦争が始まってしまうと途端に通行できなくなるし、まったく困ったもんだ。」
「帝国?」
今の皇帝は、確かあのハプルーンの筈。
歴代の王と皇帝は、確かに野心溢れる人物が多かったが、ハプルーンはそういう人物には見えなかったのだが・・・。
たんに、恋に落ちていたから人柄を見誤ったのだろうか・・・?
「どうかしましたか? ルーケさん?」
考え込んでしまったルーケに、気が付いたプレリーがそう声をかけると、ルーケはハッとして顔を跳ね上げた。
「あ、いえ。 なんでもありません。」
「彼らは現皇帝と面識がありますからな。 それででしょう。」
そう言いながら、相変わらずいつの間に来たのかオルーガが入口から入って来た。
「失礼。 いつもの癖でね。」
驚いた顔のルーケとパールに気が付き、軽く頭を下げる。
パールは何に対してそう言ったのか分らなかったが、ルーケは足音を消して来た事を言っているのだとすぐに気が付いた。
「早速だが本題に入らせていただく。 こちらも取り込んでいるのでね。 君達にはある場所を防衛してもらいたい。」
「・・・防衛?」
「左様。 旧街道を死守してもらいたい。 日時は明日の晩、よろしいか?」
警護の依頼は明日の朝から晩まで。
少し厳しいが、冒険者として徹夜など何度も経験しているし、ルーケには断る口実も、立場にもなかった。