愚者の舞い 4−2
平然と言うベルソに、一瞬ボットはギョッとした顔をしたが、すぐに何かを納得したような顔になる。
だが、ルーケ達はそう言う訳にはいかない。
殺されてここにこうしていると言う事は、蘇生されたと言う事だ。
死んだ者を生き返らせる蘇生は、最上級白魔法。
大陸中どころか、世界中探しても5人いるかいないかと言う白魔法の使い手に物凄い幸運で出会えた上で、さらに魔法による回復は、使用される魔法レベルに応じて金額は跳ね上がる。
蘇生してもらおうと思ったら、一国の国王、それも大国レベルでなければ支払えないような金額が必要な筈だ。
知り合いにいるのか、本人がそうなのかは分からないが、身なりからして吟遊詩人のようだし、相当な金持なのかもしれない。
「まったく、困った弟子ですねぇ。 まだ私が誰か、分からないのですか?」
呆れたようにベルソに言われ、ルーケ達はキョトンとした。
「・・・まさか・・・師匠?」
ルーケが呟いた瞬間、ラテル達は驚愕して2歩退く。
「おいおいベルソ? 知り合いか??」
「知りあいも何も、私の弟子だった馬鹿者ですよ。 2回も時間を超えたね。」
「そんな・・・馬鹿者はないじゃないですか。 それに」
「お前以上の馬鹿者を、俺はいまだかつて見た事がねぇよ。」
冷たい眼差しで睨まれ、ルーケは恐怖に硬直した。
相手が本当に師匠ならば、自分如き瞬殺など容易い。
「まったく、後始末に苦労させやがって。 今更言っても無駄だろうが、あえてもう一回言ってやる。 もうお前達は武器を捨て、普通の暮らしをしろ。 さもなければ、不幸を撒き散らしただけで滅ぶぞ。」
「ちょ、ちょっと待って下さい師匠。 さっき、時間を超えたって・・・?」
「ああ。 またお前は時間を超えたんだ。 次元の迷宮に放り込まれ、アクティースの魂に導かれて戻って来ただろ? お前達。」
「「アクティースの魂?」」
思わず、ラテルとフーニスの声がハモル。
ロスカも驚きに目を見開き、ルーケはやはりと納得した顔に一旦はなるが、すぐに腑に落ちない顔になる。
「なんでアクティースが助けたのか、不思議そうだな。」
「そうなんです。 何故ですか?」
「簡単な話だ。 あいつはなんだかんだ言いながら、優しい性格なんだよ。 殺された恨みはあるが、元々すぐに死ぬ運命だったし、懲らしめる為に次元の迷宮に送り込んだだけだろう。」
「・・・そうですか・・・。 ところで、今は何年ですか?」
「約80年後だな。 80年と言う時間に意味があるのかどうかは俺も分からん。 まあ、好きに生きろ。 結果は行動に伴ってついて来るからな。」
「ま、固い話は後でいいじゃねぇか。 お前が先に言ってた通り、宿営準備しちまおうぜ。 日が暮れちまわぁ。 お前らもいつまで硬直してんだい。 こいつが何者か知っているようだが、そのくれぇで緊張してたら、肩が凝るだけだぞ。」
「あんたはそう言うけどよ。」
「そうだよ、だってこの人は・・・。」
ラテルとフーニスが言い返そうとするも、相手が相手だけに尻すぼみになる。
「生憎、俺はお前達をどうこうする気はない。 戦いたいなら相手になるがな。」
こうして、緊張の夜を過ごす事になった。
翌日、ルーケ達は南の王国の最北端の町、ノウムへ到着した。
この町は他国との境界線だけに、非常に警戒が強く、シーフギルドの力も強い。
それだけに、どうやって入ろうか悩んでいたのだが、難問は簡単に解消された。
「よう、御苦労さん。」
そう言いながらボットが通行証を見せた途端、警備兵は直立不動に身を正し、敬礼しただけで一行を咎める事は無かった。
暫く街へと進み、警備兵などに見つからない地点まで来てから、フーニスはボットの傍に身を寄せて、小声で聞いた。
「あなた、何者? それ、シーフギルドの・・・。」
「後で教えてやるよ。 ベルソ、今晩はどうすんだ?」
「例の件を確認したら、私はすぐに消えますよ。 お気遣いなく。」
「おいおい、産まれてなけりゃ・・・産まれたのか!?」
「言ってませんでしたか?」
ニヤッと笑って言われ、不機嫌そうにボットはベルソを睨み付ける。
「お前達はとりあえず、このまま進んだ所にある鹿馬亭って宿に泊まってくれ! 後で顔を出す! ベルソ! 急ぐぞ!!」
「おやおや、お忙しい。」
「誰のせいだ!?」
ルーケ達にそう指示を出しつつ、ボットとベルソは駆け去って行ってしまった。
「・・・どうします?」
呆然と見送った後、ロスカに静かに聞かれ、ルーケは苦笑いを浮かべながら鹿馬亭へと歩き出した。
ルーケ達に、選択の余地などありはしなかったから。
宿に辿り着き、4人部屋を借りて人心地ついた頃、部屋の戸をノックされた。
訪問者に心当たりの無いルーケ達は緊張し、フーニスが素早く戸の影に身を寄せ、ルーケに頷くと。
「お〜い、ボットさんの使いだ。 開けなくていいから聞いてくれ。 今晩家に来て欲しいそうだ。 夕方迎えに来るから、それまで暇潰して部屋で待っていてくれ。 じゃな。」
一方的に訪問者はそう言うと、足音も立てずに去って行った。
「何者なんだ、あのボットって男は?」
ルーケが疑問に首を傾げると、フーニスはため息を一つついてから、
「たぶん、シーフギルドの、けっこう高い地位にいる人だと思う。」
「シーフギルドの高い地位?? あのボットが? けっこう若いと思うが・・・。」
「シーフに年齢は関係ないさ。 腕次第だからね。 この町に入って来る時、通行証を見せたら衛兵の態度が違っただろ? この町はシーフギルドの支配力も高いみたいだけど、普通のギルド員が通行証見せた程度であんな態度にはならない筈なのよ。 あんな感じになるって事は、名の知れた処罰人か、もしくは・・・幹部クラスだね。」
「処罰人ってなんだ??」
横で聞いていたラテルがそう聞くと、フーニスの眉間がキリリと吊り上がった。
「処罰人とは、ギルドの掟を破った者を始末するアサッシンの事ですよ。」
ロスカがやんわりと説明すると、フーニスは不満そうに肩を竦める。
シーフである以上、処罰人は非常に恐ろしい存在だ。
処罰人は数いるアサッシンの中でも、そのギルド内で最強と認められた者が配される。
どんな手を使っても、必ず相手を始末するまで戻らない、とまで言われる執念深さもある。
金持ちや要人などもアサッシンを恐れるが、大抵はその不確かで未知の恐怖の方が大きいだろう。
だが、アサッシンと言う者を良く知った上で、絶対に逃れ切れない事を熟知していれば、それは現実的な恐怖となり、未知より恐怖の度合いは強くなる。
だからこそ、ギルドへの裏切りや離反を誰もが恐れ、非合法な犯罪組織ながら規則が守られるのだ。
「なんにせよ、ここは俺達にとって未知の世界である事に変わりはない。 頼れるなら、頼るしか無いだろう。 まだ、ボットが敵か味方かも分からないしな。」
「魔王と組んでる男が、安全と言えるのか?」
「ラテルの心配も分かるけど、師匠を基準に判断はしない方がいい。 それを言ったら、俺と組んでるみんなも邪悪だぜ。」
そう言われると、ぐうの音も出ないわけだが。
目の前にいる男は、そう言う意味では、一番魔王寄りの筈なのだから。