愚者の舞い 4-18
テラスに用意されたテーブルをはさみ、2人は静かにお茶を口に含んだ。
男はほっそりとした体つきで長身。
顔立ちは、女性も見惚れる程の美しさだが、どことなく影がある。
一方の女性も、女性らしい美しさではあるが・・・。
本来は活発で元気そうな感じの美人と思えるが、今はそれがなりを潜め、憂鬱そうにため息をつき、ぼそっと。
「ヴァ~。 ジヌボドヒヴァ~~。」
美人台無しな行為に全く反応もせず、男は表情も変えず平然と、
「もう死んでいる者が、改めて何をおっしゃる。 そんなに暇なら、とっとと転生すればよろしいでしょう。 貴女にはその権利があるのですから。」
「そうなんだけどねぇ・・・。 私、消滅するもんだとばかり思っていたからさぁ、今さら何かに生まれ変わって別の生き方ってのも・・・ねぇ。」
「だからと言って、私の治める冥界にいつまでもいたって、貴女には暇でしょう。」
ここは冥界、男は冥界の長たる冥王である。
女は従妹にあたるため、こうして居城に客として特別に滞在しているのだ・・・が。
「そうなんだけど・・・。 もうちょっとこう、花とか色があればさぁ・・・。」
「死者の世界に何を望んでいるのですか。 花畑がお望みなら、貴女の姉の所へ行ってください。 それこそ、死ぬほど花の香りを嗅ぎ、囲まれる事が出来ます。」
「それができればねぇ・・・。 はぁ~。」
と、ため息をつきながら、グニャリと体ごと崩れてテーブルに突っ伏す。
「改めて、ノーブルスライムに転生すればよろしいではないですか。 孫として。」
「アッハッハッハッハ! あんたも言うねぇ、冗談なんて言わなさそうな顔して。」
「私は至極真面目ですが。 貴女が娘の子として生まれ変わるなら、天王たる兄も何も言いますまい。 違いますか? プリ殿。」
「ふむぅ・・・孫に・・・ねぇ・・・。」
暫らく考えたのち、プリはニコッと笑って決断した。
東の王国は、強情で頑固な性質の人々が多く、同時に性的な習慣にも厳しい。
頑固と石頭の代名詞とまで呼ばれる、土の妖精族ドワーフが数多く住んでいる事でもその性質が理解できよう。
そんな東の王国にも、冒険者の宿はある。
あるのだが、普通の冒険者の宿は煩い事を言わないものだ。
たとえば、個室を借りた客が、売春婦を連れて帰って来て共に部屋に行っても、宿泊させなければ文句は言わないし、仲間同士であれば男女で大部屋に泊っても何ら言う事はない。
それなのに、東の王国だけは全く別で、法律で男女同室は夫婦でも禁じられているほど。
そのため、冒険者の宿も当然別室でなければ宿泊できない。
この規則を嫌がり、同性同士でなければパーティを組まない冒険者も多く、他国から流れて来る冒険者も制限されるほどだ。
「貴女でも制限されるのか? 中身は男なのに?」
説明をしていたら、心底意外だと言わんばかりの声音に対し、フィリアは魔眼のような眼差しを向けた。
「わ・・・分った、胸もそんじょそこらの女性と言うよりも必要以上に出てるし、腰のくびれも色っぽいし、え~っと・・・とにかく、君がとても女性っぽい外見である事は分っているから、いい加減この剣を収めてくんない?」
眼差しだけではなく、同時に抜いて突き出された剣先を男は摘まみつつ、そう懇願する。
フィリアはどこをどう見ても女性であり、細い腕に見事にくびれた腰。
とにかくナイスバディーであって、伝説と共に語られる剛腕アマゾネスには見えない。
にもかかわらず、突き出したフィリアの剣はピクリとも動かず、男の眉間紙1枚分離した位置に固定されていた。
後ろに下がれば下がった分だけ、突き出される。
「・・・すいませんフィリアさん。 お願いですからこの剣を・・・。」
しかし、フィリアは無言で睨んだまま。
「え~っと・・・。 いやもう、料理も得意だし、とっても貴女は女の子です。」
「なんだ、まだ長生きしたかったのか。 私はてっきり、今すぐ冥界に行きたいのかと思ったぞ。」
そう言いながら、剣を引いて鞘に納める。
「冗談はヨウコさんです。 18の身空で死にたがる馬鹿がいますか。」
「お前がその珍しい馬鹿かと思ったのだが。 非常に残念だ。」
「ハッハッハッハッハ。 フィリア様、御冗談を。 私には可愛い妻もおりますので、是非ともご容赦して下さい。」
「新婚早々、その妻をほったらかしで、こうして冒険者している者の言葉とも思えぬが?」
もちろん、フィリアは彼の性格も知っていて言っているのだが、周りはそうは思わぬものだ。
ましてや、大通りの人通りの多いど真ん中で剣など抜いて騒いでいれば。
「・・・え~っと、あのその。 フィリア様? 冗談もここまでにしていただけませんか。 周りからの殺気が怖いんですけど。」
「そうだな、リーベン。 ここが東の王国だと言う事を、忘れていた。」
ちなみに東の王国では、浮気・不倫などの性的罰則が死罪の次に重かったりする。
現場を抑えられたら、誰が切り捨てても罪に問われないほどだったりして。
「盗み聞きだけで、他人を裁くのは良くない。 もしお前を害そうという者がいたら、私が守ってやろう。」
「う~わ~、嬉しいような嬉しくないような。 一応私も剣に生きる男ですから、あまり嬉しくないですね。」
実際このリーベン、剣の腕はすこぶる立つ。
後に魔王と対決する勇者の元へ、西の諸国をまとめ、騎士代表として軍を率いて馳せ参じる事になるほどに成長するのだが、その片鱗はすでに現れていた。
「ですが今ここは、お言葉に甘えたいと思います。」
そう言って、フィリアの背後に素早く隠れた。
「男が女の陰に隠れるとは、なんたる弱虫!! 俺と勝負しろ!!」
「まったくだ! 男の片隅にもおけん! おとなしく我が剣の錆になれ!!」
「不倫は死体引き渡しでもOKと知っているのだろう? 大人しく死んでもらおうか。」
と、これぞドワーフと教科書に載っていそうなほど、絵に描いたようなドワーフと、非常に真面目そうな人間の騎士、他人の不幸は我が幸福と言わんばかりの、シーフ崩れっぽいいやらしい笑みを浮かべた細身の男が、フィリアの前に立ち塞がる。
ドワーフと騎士は正義感から、シーフ崩れは、ただ人の害になる事が出来る喜びからと推測できる。
「お前ら、冗談だと言っているんだが、聞こえなかったか?」
一応無駄だとは思いつつ、取り締まれる側である騎士にそう言ってみるが。
「罪の意識からか、罪人は良くそう言い訳をするな。 それにお主、その者を庇うと言う事は、その者の情婦であろう。 大人しく投降すれば、罪は軽くなるぞ。」
「罪も何も、そもそも罪など犯しておらん。 それに、この者の妻はペイネだ。 どう証明するというのだ?」
「悪は我が剣の前に・・・沈黙するのみ。」
「大人しく投降しろ。 罪を重ねるな。」
騎士とドワーフがそう言い、シーフ崩れはいやらしく無言で笑みを浮かべる。
そんな三人の様子に、リーベンは深々とため息をついた。
「なんだ、ようはお前らを叩き伏せればいいのか。」
いともあっさり言ってのけたフィリアに、やっぱりなぁとリーベンは諦め・・・。
やっと一息ついたのは、それから2時間後だった。
フィリアは下位竜族も倒せる技量をもち、リーベンも剣の腕はたつ。
その辺の騎士程度では相手にならない。
素早く気絶させたのはいいのだが、流石にその町に宿泊するわけにいかず、次の町まで向かうはめになった。
だが、東の王国はドワーフが好むほど険しい山々が多く、人の住める場所は限られる。
ドワーフは、山に穴を掘ったりして洞窟に住むからどこにでも住めるが、人はそうもいかない。
つまり、人の住む町の場所は自然と限られ、密集する。
色々と書いてる余裕のない日々のため、間隔が開きました。
今後も開くかもしれませんが、ご容赦願います。