愚者の舞い 4-17
ルーケが叫ぶが、もうストライクダガーには目の前の御馳走である、パールしか見えていなかった。
立っていても、丸呑みできそうなほど大きく開かれた口、数える気にもならないその内側に並ぶ、凶悪なほど鋭く尖った無数の歯。
「あ・・・!」
パールの口から、恐怖で微かな声と共に吐息が漏れた瞬間、その口が一気に迫って来た。
「閃光斬!!」
ルーケが叫ぶと同時に、手で触れられる位置まで迫った歯が、キラリと一瞬輝く。
終わった。
パールがそう思った瞬間、視界いっぱいに広がっていたストライクダガーの口内が一瞬で消え失せた。
そして、何が起きたのか分らず茫然とした途端、生温かく生臭い液体が突然全身に降りかかり、パールはパニックになって転がって、なんとかその降りかかる液体から逃れる。
その途端、ドズンと地響きがして、一瞬体が宙に浮いた。
振り返れば、ストライクダガーが後頭部までめり込むほど、顔から地面に突っ伏していた。
「・・・なに・・・?」
茫然とつぶやいた瞬間、乱暴に胸倉を掴み上げられ、それがラテルの仕業と分った瞬間には頬に意識が飛びそうになるほどの激しい痛みが走り、視界が一変して吹っ飛んだ。
「この大馬鹿野郎!!」
慌てて振り返ると、殴ったままの姿勢でラテルが睨みつけていた。
その激しい怒りの眼差しに、パールは射竦められて心底肝が冷えた。
「俺はお前ほどの馬鹿野郎を見た事がねぇ!! 死にてぇだけなら勝手にその辺で首を吊れ! 俺達を巻き込むな!!」
「な・・・! 私は!!」
「私はじゃねぇ!! てめぇは自分が何やったかわからねぇのか!! 勝手にしゃしゃり出やがって! ルーケが間に合わなかったら死んでたんだぞ!!」
「その時間を稼ぐために私は!!」
不意に、ルーケが2人の間に割って入り、ラテルの肩をポンと叩く。
「ラテル、パール、その辺でやめておけよ。」
「馬鹿言うなルーケ! まだ言い足りねぇくらいだ! いや、殴り足らん!!」
「気持はわかるが、相手は所詮駆け出しだ。 今日はとにかく、生き延びた事で良しとしよう。」
「だがよ! このままじゃ・・・!」
ラテルは怒りが収まらんとばかりに言い募ろうとしたが、不意にパールが毅然と立ち上がったのに気が付き言葉を止める。
「私は、自分の出来る事をしただけです! それの何がいけないんですか!?」
元々気の強いパールも、ここまで言われては黙っていられない。
それに、パールは自分の行動に自信を持っていた。
冒険者として、仲間のために自分の出来る事を全力でする。
それが仲間ではないか?
それなのに、なんで死にそうな目にあった自分が殴られたり怒られたりしなければならないのか。
理不尽さに、怒りがこみ上げ止まらなかった。
だが、そんなパールを静かな眼差しでルーケは見詰め返し、スッと手が動いたと思ったらラテルに殴られた反対側の頬をひっぱたかれた。
痛みはラテルに殴られた時よりはなかったが、心の衝撃が激しく、怒りが瞬時に消え去り戸惑いだけが残った。
茫然とルーケを見詰めていると、
「君は、孤高の戦士になりたいのか? それとも、俺達と仲間として冒険者をしたいのか、どっちだい?」
「私は・・・。」
「冒険者は、仲間と協力し、依頼を果たす。 仲間のため、自分にできる事を、全力でこなす。」
「そう、そうでしょう!? だから私は!」
「だがそれは、何をしても良いと言う事じゃない。」
「・・・え・・・?」
「君は、俺達の中で、何をすべき立場だい?」
「私のすべき・・・立場?」
「君は俺達の中で、唯一、回復魔法が使える。 ラテルは剣を振い、重く丈夫な鎧を着こみ、近接戦闘の苦手なロスカをガードする。 フーニスは身軽さを生かし、相手を牽制して戸惑わせる。 ダガーの威力だって中々のものだ。 俺はリーダーとして、全般を見ながら支持を出しつつ、ラテルやフーニスに注意が逸れた相手を仕留めたり、牽制したりする。 では、君がすべき事はなんだ?」
今更ながら、パールは自分が入り込む余地が無い事に気が付いた。
分っていた事だが、彼らは4人で、既に一つの完成を果たしているのだ。
そこに自分が入り込めば、それは破綻する。
再構築し直すにしても、自分が何を受け持てるのか、思いつかなかった。
「分らないか? 君は自分が無理矢理戦闘に入り込もうとしている。 だからバランスが崩れる。 だが、白魔法による支援は君にしかできない。」
「あ・・・。」
「たとえ神でも、一人で完璧にはなれない。 なんでも出来はしない。 ましてや俺達はただの人間だ。 だから寄り添い、パーティを組む。 己の足りない部分を補い合えばいいのだから。 そうだろう?」
「・・・はい。 ・・・すいませんでした・・・。」
「人は誰でも最初は初心者だ。 これから覚えていけばいいさ。 とにかく今日は帰ろう。 ギルドにこんな魔物が出没した事を、報告しないとな。 でもその前に・・・。 その姿を、なんとかしないとな。」
ストライクダガーのおびただしい血を全身に浴びたパールは、かなり臭かった。
「途中、少し道から外れた所に小川があるから、そこで洗うといいだろう。 ラテル、覗くなよ?」
「・・・。」
ルーケが軽くそう言うと先ほどの事もあり、ラテルは無言で視線を明後日の方へ向け、仲間達に笑顔が戻って来た。
そんな彼らを、冷たい眼差しで見ていたが・・・。
シダは不意にクルッと背を向け、歩き出した。
「もういいのか?」
ショコラの問いかけに、シダは振り向きもしないで頷き、そのまま闇に消えて行く。
ため息を一つつくと、ルーケ達を映し出していた水晶を、元の何も映さない水晶に戻し、懐に仕舞う。
一体何がしたかったのか、ショコラには理解しかねた。
もし、シダが立ち去る時の表情を見ていたら、少しは分ったかもしれないが・・・。
それにしても、と、ショコラは彼らの戦闘を思い返し、少し身震いした。
アクティースを害するためだけに、利用しただけの人間達。
それが、まさか閃光斬を使える者がおり、しかも、あの硬くて大きい、ストライクダガーの喉元から後頭部までを切り飛ばす威力があるとは、予想もしなかった。
閃光斬と言う技は、魔力、または気を刀身に込め、剣の切れ味を鋭く、または込めた魔力などを刃と化して飛ばし、相手を斬る技だ。
それはつまり、魔力などを込めれば込める程威力が増すわけだが・・・。
技の発動まで時間がかかるようだが、それでも侮れない威力なのは確かだ。
もっとも、ストライクダガーが飢え切っておらず、もう少し食欲が満たされていたら、ルーケから放たれる強力な魔力を本能で察知し、避けた可能性もあるが。
巨大な図体の癖に、ストライクダガーは俊敏な動きも出来るのだから。
ともかく、ショコラはため息をもう一度つくと、寝床に横になった。
が、すぐに起き上がり、苛立たしげに首を振る。
なぜシダは自分と共にいるのか。
なぜ自分は今も生きているのか。
そんな疑問が、すぐに脳裡を満たすから・・・。