愚者の舞い 4-15
翌日の夕方、ノウムから5キロほど離れた小高い丘の上。
町の方を向けば街並みが一望できるが、同時に嫌でも並ぶ墓が見える。
この丘は、ノウムの共同埋葬墓地に指定されているためだ。
そのためその更に上である頂上へは、ぐるっと遠回りをしなければならなかった。
そこで今、パールとラテルが激しく切り結んでいた。
「どうしたその程度か? まだまだだな。」
「クッ!」
パールは意地になって殴りかかるが、長剣を振るうラテルに対し、パールは短いメイス。
技量に関してはまったく話にならない開きがあるため、到底勝ち目はない。
それなのに、パールは重い荷物を背負ったままで、ラテルは空身だ。
他の仲間達は、その2人の戦いぶりをつぶさに眺めるだけで止める事はしない。
フーニスの提案した試練は、まず重い荷物を背負って行動出来るかと言う事だった。
冒険に必要な道具一式を背負わせここまで歩かせたが、こちらに関しては予想外にタフだった。
自分の装備品を身につけながら、ほとんど息も乱さぬ体力には驚いた。
恐らくフーニスと同じくらいには、体力があるのだろう。
とてもお嬢様とは思えなかったが、これに関しては非の打ち様も無く、フーニスは認めた。
次いで今、ラテルが技量の確認をするために相手をしているのだが・・・。
今、メイスが3度目の、宙を舞い地に落ちた。
「もういいだろう。 ここまでだ。」
ルーケがそう言うと、落ちたメイスを急いで拾い上げようとしたパールが顔を跳ね上げた。
「まだやれます!」
「いや、十分だ。 そうだろ? ラテル。」
「ああ、十分過ぎるほど分かったよ。」
ラテルが余裕の表情でそう言うと、パールは悲しそうにガックリと膝を付いた。
「ロスカは何かあるかい?」
「いえ。 プレリーの娘と言えば、教養も疑う必要がない事は知られていますし、その辺は追々でよろしいかと思います。 私の方は特に確認したい事はありません。」
「それはお嬢様としてかい? 冒険者としてかい?」
フーニスがそう聞くと、ロスカは平然と。
「両方です。」
「なら、もう答えは出ているな?」
ルーケがそう仲間に聞くと、ラテルとロスカは笑顔で、フーニスは渋々頷いた。
それを確認してから、ガックリと項垂れるパールの下へ歩み寄り、背負ったままの荷物を降ろしてあげてから手を差し出した。
「よろしく頼むよ、パール。」
パールはルーケの言葉の意味が分からず、差し出された手、次いで顔をゆっくりと見上げた。
「・・・え?」
「合格だ。」
「・・・え・・・?」
戸惑うパールの手を強引に掴み立たせると、改めて握手として握りかえる。
「これからよろしく頼むよ、パール。」
「・・・え? でも、だって、私・・・。」
「おいおい、何か勘違いしてねぇか? お譲ちゃん。 俺がいつ、俺に勝たねぇと駄目だと言った?」
「最初に試すと言ったでしょう? あなたは合格ですよ。」
仲間達も寄って来てそう言われ、パールは更に混乱した。
「でも、まだまだだって・・・?」
「ああ、まだまだだ。 お前さんの実力はな。 だが、成人したてなんてそんなもんだろ。 これから鍛えりゃ済むこった。 これから俺が、おっ○いが小さくならずに鍛えるほうっ!?」
意表を突いて眼前に突き出されたダガーに、ラテルは思わずのけぞる。
「あたしにはなんで教えてくれなかったの? ねぇそれ。」
「いやだってお前は元々でかいし! いいからひっこめろ!」
「分かってると思うけど、仲間内で手を出したら・・・。」
「分かった! 出さない! 出さないからっ!!」
フーニスがダガーを引っこめると、ラテルは少しフーニスから距離を置いて、ブツブツと文句を言い始める。
「恋愛は個人の自由じゃねぇかよ。 なんでそんな事を言われなきゃなんねぇんだよ。」
だが、フーニスの一睨みでそれも止まる。
そんなやり取りを見て驚き、驚いた拍子に混乱は吹っ飛んだが、同時に自分の胸を見下ろしため息をつき、頭半分背の高いルーケを見上げる。
「・・・大きい方が、いいですか?」
「え?」
「やっぱり、勇者様にお仕えするにはおっ○い大きい方がいいですか!?」
「ええぇ!? ちょちょちょちょっと待てくれ!?」
何か思いつめちゃったらしいパールに、ルーケも戸惑う。
「私! 頑張ります!!」
何を? と、パール以外思ったり。
「と、とにかくおち・・・」
「あれは!?」
珍しく切羽詰まった声をロスカが上げたため、全員即座にロスカの見ている方を向いた。
ルーケ達から少し離れたその場所には、直径2メートルほどの魔法陣が光り輝き、全員の見守る中、押し上げられるように1体の魔物が姿を現した。
「「ストライクダガー!!」」
ルーケとロスカ、それにパールが同時に声を上げ、全員が各々の武器を構える。
「なんでぇ!? このトカゲみたいな化け物は!?」
ラテルが素早く仲間の壁になる位置に移動し、その横にルーケとフーニスが並ぶ。
簡単に容姿を説明するなら、ティラノサウルスが2メートル程度の大きさになったと言えば分かるだろうか。
巨大な頭に鋭い無数の牙を持ち、竜のように硬い皮膚は剣ではなかなか切れない。
首は胴体と同じ太さで見分けがつかず、長い尻尾とその体を支えて有り余る太い足。
「ギャシャアァァ!」
ストライクダガーは魔法陣が消えるなり、嗅ぎとった餌の匂いに興奮し、一鳴きするなりラテル目掛けて噛みついて来た。
「うお!?」
首の付け根まである大きな口が迫り、一歩下がって避け、バグンと閉じられた鼻面に剣を縦に立てて押し付けて押し止める。
その横をルーケとフーニスが駆け抜け脇腹を切り裂くが、たいしてダメージは無い。
「ギャフギャァ!」
痛みと飢えで更に興奮を増すストライクダガーは、ラテルの剣で切れる事など全く構わずに空に向かって一声鳴くと、背後に回った2人を牽制するように尻尾を振って接近を拒み、ギラリとラテルを睨み付けた。
「このトカゲ野郎! 俺なんて食っても美味くねぇぞ!?」
「ラテルさん! そのストライクダガーはメスです!」
「そんなとこ突っ込む前にこいつの説明をしろぉ!!」
「強いです!」
「説明になってねぇ!!」
パールも初めての本格的な魔物との戦いで、かなり動揺していた。
しかも相手は魔界でも持て余すような、凶暴で有名な魔獣。
知ってはいるのだが、思考が停止してしまって上手く説明できなかった。
そんな2人に構わず、再び大きく口を開け、ラテルに噛みつこうとしたストライクダガーの右目に光り輝く魔法の矢が突き刺さり、激痛にストライクダガーは転げまわった。
「パールさん、回復の用意を。 メイスではダメージを与えられません。」
「あ、はい!」
パールはやっと自分のすべき事を思い出し、戦いに集中した。