愚者の舞い 4−14
ルーケとパールが共に屋敷を出て行った後、プレリーはグレルと共に地下にある特殊な部屋へ向かった。
その地下室は窓など一切無く、澱んだ空気が戸を開けるなり流れ出て、2人はそれを防ごうとするように素早く部屋へ入り戸を閉める。
「遅かったな。」
真の暗闇の中、まったく気配を感じさせずに居たオルーガの声に、一瞬ビクリとプレリーは反応する。
「仕方無いだろ? こっちはお前と違って表の顔があんのよ。 闇から闇へ渡るあんたにゃ分からないさ。」
そんなオルーガへ平然とそう言い放ち、グレルは止めていた髪飾りを外して短い髪を掻き上げる。
声も本来のものへと変わっていた。
変身を解いたためだ。
もっとも、この姿も本来の姿ではないのだが。
「闇の住人にそう言われるのは面白いものだな、ポシス。」
「あんたにそんな感情がある方が不思議だよ。 で、そっちこそ抜かりは無いんだろうね? わざわざ夢に入り込んでまで手伝ってやったのに、あんたのせいで台無しになっちゃ笑えないんだけど?」
そんな2人の会話には気にも留めず、プレリーは指輪に向かってキーワードを唱え、明かりを付ける。
そして部屋の片隅へ向かうと、そこには1人の娘が手足を縛られ、なんとか息が出来るだけの口枷をはめられて転がっていた。
その眼は恐怖に彩られ、見るだけで分かるほどかなり衰弱していた。
本物のグレルだった。
「よしよし、まだ生きているな。 今日もお前で楽しんでやろう。 ただ死なすのはもったいないからなぁ。 死ぬまで可愛がってやるよグレル。」
プレリーの言葉にグレルは身悶えするが、少し動くだけで呼吸困難に陥るほどしっかり密閉された口枷だけに、すぐに苦しげに喘ぐだけになる。
「あたしも女だけどさ。 あんたのその嗜好はほんと、反吐が出そうだよ。」
「それこそ放っといて欲しいなポシス。 お前が姿を見られるへまをしなければ、このグレルだって死なずに済んだんだぞ?」
「あたしがやってれば一瞬だろ。 あんたのその性癖がムカつくんだよ。」
「個人の趣味に口出すのはトラブルの元だぞ? お前だってこの人間社会に紛れ込むためにここに留まっているんだからな。」
「ハイハイ、自称勇者の末裔さん。 せめてあたしがいない所でやってくれる? ムカついて殺しちゃいそうだよ。」
「その辺で止めておけ、2人とも。 それで、分かった事とは?」
だんだん険悪な雰囲気になって来た2人に呆れつつ、オルーガが口を挟んで止める。
「はっ、申し訳ありませんオルーガさん。 ピリカの話だと、間違いなく双子に引き継がれたようです。 ですが、双子の気が全く同じためにどちらが持っているのか、それがいったいどう言う物なのかが分からないそうです。」
「・・・そうか。 では、両方攫えば済む事だ。 それより、パールは大丈夫か?」
「それは、私にお訊ねになるより、オルーガさんの方が良くご存じでしょう。」
「だから気になるのだ。 私の娘だけに、余計な事に気が付きそうでな。」
「やはり、娘を冒険者にするのは気が引けますか?」
プレリーがニヤッと笑ってそう訊ねると、オルーガは皮肉気な笑みを浮かべた。
「まさか。 役割を果たせばそれでいい。 後は魔物の餌になろうが知った事ではない。 山族の方は私が始末しておく。 お前達も下手を打つなよ。」
「分かりました。」
プレリーとは対照的に、ポシスは無言で頷き、ニヤリと笑った。
ルーケから一通りの説明を受けて、仲間達は沈黙してしまった。
確かに白魔法を使える仲間がいるのといないのでは、生存確率も全く違うし何かと助かる。
しかし、神官と言うのとその性格が問題だった。
思い立ったら即行動と言うのは好ましいのだが、猪突猛進ではトラブルの元。
冒険者は注意に注意を重ねて行動しなければ、命がいくつあっても足りない。
ただ、その辺は経験を積む事によって解消される問題ではある。
一番の問題は、ボニートの神官と言う事だ。
神官は文字の通り、神に仕える者である。
当然ながら仕える神を慕うため、行動も制限を受ける。
特にボニートは慈愛の女神だけに、殺生を嫌う傾向にある。
山賊退治を依頼されたのに、1人も殺すなとか言いだしかねない。
かと言って、啓示を賜った神官が、仲間入りを断ったからと諦めるとも思えない。
啓示は神官にとって、何よりも優先すべき事なのだから。
「私では、不服ですか?」
「あんたがどの程度の力があるか、まずはそれを知りたいね。 腕も足も細いし、お譲様にどれだけの力があるのかさ。」
疑わしげなフーニスに、パールは挑戦的な眼差しで答えた。
「テストですか? 望むところです!」
「勇ましいな。 だが、意気込みだけでは生き延びる事は出来ないぜ?」
「おや? あんたにしちゃ珍しいじゃない。 てっきりお譲さんの参入を喜んでると思ったけどね?」
ラテルが珍しく真面目に言うので、フーニスも驚いた。
「そりゃ、回復魔法使る上に可愛いお嬢さんが仲間に入ってくれるのは大賛成だ。」
可愛い、に反応し、パールは思わず頬を赤らめる。
まだ16歳ほどの若い乙女なのだから、夢も見よう。
「だが、足手纏いになるなら話は別だ。 グールやゾンビなどのアンデット系と戦う時限定ならいいだろう。 奴らは足も遅いし、最悪逃げるのも容易い。 だが、魔獣などだとどうだ。 奴らは足も速いし持久力もある。 その子を生贄に食われている間に逃げると言う手段もあるが、お前はそれじゃぁ納得しまい?」
ルーケは当然だと頷き、パールは不満そうに何か言いたそうにしている。
「フーニスの意見に俺も賛成だな。 まずはどの程度力があって頼れるか。 それからだ。 仲間になれたらなれたで、今度は連携について考えなけりゃならん。 そう簡単に一緒に冒険に出て行くわけにはいかないのさ。 なんせ、仲間は互いに命を預ける存在だからな。」
「言いたい事は分かりました。 それで、何をすればよろしいのですか?」
「そうだね。 明日の朝、宿に来て。 それまでこっちで考えておくよ。 それでいいだろ?」
フーニスがそうまとめると、ルーケ達は考えながらも頷いた。
「分かりました。」
パールはそう言うと、音も立てずに椅子から立ち上がった。
「明日の朝ですね。 何か用意する物はありますか?」
「自分の装備があればそれを。 無ければそのままおいで。」
「分かりました。」
自信ありげにパールは笑顔を浮かべると、食堂を出て行き・・・すぐに入って2階へ上がって行った。
「・・・本当に大丈夫なのですか? あの子。」
「さあなぁ。 俺も頼まれただけだし、実力を知っているわけじゃない。 ロスカは黙っていたが、反対かい?」
「いえ、回復魔法を使える仲間が増えるのは嬉しいのですが・・・。」
ロスカはフーニスの心情に気が付いていたので、複雑な思いだ。
フーニスの気持ちにルーケは気が付いておらず、そこへパールが入ってくればどうなるか。
今まで築き上げて来た信頼が、簡単に瓦解しそうな、そんな脆さを感じ取っていたのだ。
それにパール自身への不安。
何故かロスカは、パールの存在自体に不気味な不安を感じ取っていた。
理由は分からないが、何か決定的な亀裂か傷跡を与えそうな、そんな不安を。
「嬉しいけど・・・なんだい?」
「・・・確信があるわけではないので、言わないでおきましょう。」