愚者の舞い 4−13
先に名乗った相手に対し名乗らないのは失礼な事だし、そもそも隠す必要性が無い。
慌てて自分も名乗る事にした。
「あ、すいません。 俺はルーケと言います。 冒険者をしています。」
「おおそうか、やはり冒険者をしているのか。 私の父も冒険者でな。 私も最初こそ冒険者を目指したが、とんとそっちの才能は開花せんでな。 こうして細々と商売しながら食い繋いでおるのだよ。 我ながら、ご先祖様の力を引き継げなかったのが残念でならんがな。」
「お父様。」
どこまでも話し続けそうな父の袖を引っ張り、存在を思い出させる。
「おっと、すまんすまん。 改めて紹介しよう、娘のパールだ。」
「パールです。」
お譲様らしく、洗礼されていて隙の無い、見事な一礼をしてみせる。
その時、チャラリと鎖が音を立て、ネックレスが胸元から零れ落ちて姿を見せた。
それは、何かの聖印のようにも見えた。
「娘はこう見えても神官でな。 慈愛の女神様にお仕えしており、白魔法も多少ながら使えるんだよ。」
「白魔法? それは凄いですね。」
そう答えながら、パールにクーナの幻影が一瞬重なって見えた。
彼女も、ある意味神官であった・・・。
そんな想いが、一瞬だけだが眼差しを遠い物を見るものに変え、パールはそれを見逃さなかった。
態度に出しはしなかったが。
「私は慈愛の女神、ボニート様にお仕えする神官です。 私があなたに出会ったのは、特別な意味があるのです。」
「特別な意味?」
「はい。 実は一昨日の晩、啓示を賜ったのです。」
「啓示? 神官が神から言葉を受ける、あれかい?」
「そうです。 ボニート様はこうおっしゃいました。 明日、日中に貧しい姿で市場へ向かえ、と。 さすれば、私の勇者様に出会えるから、その方の助力をしろと。」
「・・・勇者?」
「はい。 あなたこそ私の勇者様です。 よろしくお願いします。」
そう言って頭を深々と下げられ、思いっきり戸惑った。
「ちょちょちょちょっと待ってくれよ! 確かに俺も冒険者の端くれだから、勇者だ英雄だと呼ばれるようにはなりたい! だけど、まだ俺はそんな大それたものじゃないよ! それに、お父さんがそんな事許してはくれないだろう!?」
仮にも金持ちの娘なのだ。
冒険者になりたい、分かったいっといで、なんて親はいない筈。
冒険者と言えば聞こえはいいが、ようはなんでも屋であり、野盗と同類に見られる事も少なくはない。
そんなまっとうではない生き方に、しかも娘をならせるのは普通ではない。
貧乏過ぎてまともに働く事も出来ない者などが、一攫千金を得るために己の命を賭けてなるもの、それが冒険者だ。
「いや、私からもお願いするよ。 白魔法を使える者は、何人いても困らないだろう?」
正気かお前。
思わずそう口走りそうになるが、なんとか止まる。
「正気を疑っていそうな眼差しだね。」
苦笑いを浮かべながらそう言われ、動揺は深まる。
「え? あ、いえ、そのような・・・。」
「親として、止めるべきだと君は思っているのだろう? だが、私達は勇者アレスの血を引きし者。 娘は戦うために神官になり、白魔法を身に付けたのだ。 私にそれを引きとめ、家に閉じ込めておく事はできない。 分かって欲しい。 我々は勇者の血を引くと言うだけで、何かを成さなければならない運命を背負っているのだよ。」
「勇者様。 私はただのお嬢様として育てられたわけではありません。 足手纏いにはなりません。 どうか、お傍に置いてください。」
正直言えば、ルーケにとっては棚から牡丹餅である。
回復系を使える仲間はいないし、いてくれればどんなに心強いか。
暫く考え、ルーケは勝手に決めるべきではないと判断した。
「お気持ちは嬉しいのですが、俺が勝手に決めるわけにはまいりません。 仲間に相談しなくては。 気持に変化がなければ、依頼を受けていない限り、俺達は冒険者の宿で毎夜集まっています。 そこへ来て下さい。」
「分かりました。 では、まいりましょう。」
そう言って、パールはニコリと笑った。
「グレル。」
「はい。」
名を呼ばれた、ずっと部屋に控えていたメイドが一礼し、部屋の片隅にあった棚から1つの背負い袋を取り出し、パールに渡した。
「お父様、行ってまいります。」
「おう、頑張ってな。」
「・・・えぇ!? 今すぐ!?」
「善は急げと言います。 さぁ、まいりましょう。」
(急ぎすぎだろ。 しかもしっかり準備まで・・・。)
なんだか、あまりに予想もつかない相手と縁を持ったんではないだろうか。
ルーケは思わず、暗澹たる気持ちになっていた。
そんな時、不意に1人の中年がノックもせずに部屋に入って来た。
「プレリーさん、私の事も忘れてはいませんか?」
突然入って来てにこやかにそう言う男に、一目見た瞬間戦慄がはしった。
(こいつは・・・何者だ?)
氷のように冷たく、それでいてナイフのように鋭く尖った冷酷な気配。
そして、その足取り。
間違いなくシーフギルドの鍛錬をし、極めたレベルであろう隙の無い足取り。
そして、にこやかな表情とは裏腹に、まったく笑っていない鋭い眼差し。
痩せすぎなほど痩せた体から滲み出る気配は、出来るだけ悟られぬように隠してはいたが、始原の悪魔の下で厳しい修行をしたルーケには良く分かった。
ほぼ間違いなく、ギルド幹部の1人であろう。
「おお、これはすまん。 ルーケさん、あなたに会いたいと言う人をもう一人忘れていたよ。 こちらはオルーガさん。 シーフギルドの幹部の一人でね。 色々便宜を図ってもらっているのだよ。」
「オルーガだ。 覚えてくれると嬉しいね、ルーケ君。」
「こ・・・こちらこそ、光栄です・・・お会い、できて。」
一応ギルドの一員なので、そう答えるのが妥当だろうと思い口に出すが、緊張しすぎてしどろもどろになる。
それをプレリー達は、かなり上に位置する上司の突然の出現に緊張していると勘違いし、微笑ましく見詰める。
「私の要件は大したことではない。 時々私も君に依頼をしたくてね。 私がそちらに出向くのが礼儀なのだが、立場上なかなかそうもいかなくてな。 非礼を許してほしい。」
「いえ、そんな。 許すも何も・・・。」
「何かあった時は、力になって欲しい。 よろしく頼むよ。」
「はい。 わかりました。」
正直言って断りたかったが、立場上それは出来なかった。
この男に関わるのは危険だと、直感が告げているにも関わらず。
「それではプレリー殿、パールさん、私はこれで。」
「もう行かれるのか?」
「私も何かと忙しい身の上でね。 例の件は手を打っておくから、よろしく頼むよ。」
「わかりました。 今日はどうも、ご足労をいただきまして。」
「いや、私が頼んだのだ。 礼は私が言う立場だ。 それでは。」
そう言ってオルーガが出て行った瞬間、ルーケは溜めていた息を思いっきり吐き出した。
そして、オルーガがアサッシン部門の幹部であろうと、確信した。