愚者の舞い 4−12
双子に聞かれるまで、まったく考えた事も無かった。
生きた年数だけで言うなら28歳と答えるべきなのだろうが、現実的な年数で言えば188才と言う事になる筈だ。
もっとも、誕生日が正確に分からないので、どっちにしろ正しい答えは出ないのだが。
さて、どう答えたものかと戸惑っていたら。
「キャァ! ど、泥棒!!」
同じように買い物に来ていたのだろう、ちょっと前の方で奴隷娘が道路の真ん中で倒れ、こちらに向かって3人の男達が駆けて来るところだった。
3人の男達は見るからに山賊と言った風態で、何があったか一目瞭然だ。
ルーケは即座に、意味も無く持って来ていた腰の剣を抜き放ち立ち塞がり、ターサは幼い双子を抑え、素早く道の脇の方へ下がる。
「どけぇ!」
先頭を走り、奴隷娘が持っていたのであろう買い物籠を抱えた男が怒鳴るが、当然退きはしない。
しかし、元々距離がそんなに無く、男達も接近速度を落とさなかった為に、声をかける余裕も無く接近されてしまったため、問答無用になってしまった。
3人が両脇に別れて駆け抜けようとしたのを、素早くしゃがみ込むと同時に体をクルンと一回転させ、最後尾の一人を除いて足を切り裂く。
「お前もやるか? お前も倒されれば、逃げる事も出来なくなるが。 荷物を置いて、とっとと消え失せろ。」
軸足を斬られて派手に転倒した2人に目をやりつつ、残った1人は立ち止まりはしたが決断しかねて動きを止める。
窃盗は騎士団に捕まれば、当然死刑となる。
仲間を置いて逃げるべきか、戦うべきか。
人に従う事しかできない輩だけに、早々決断できる筈はないのだが、一応そう声をかける。
シーフギルド幹部の妻である、ターサの目の前ですべき事ではないかもしれないが、むざむざ死刑台に送り込む気にはなれなかった。
普通に考えれば、山賊など片っ端から始末すべきなのだろうが、冒険者をしているとどこでどう助けられるか分からない。
無駄な恨みは買わないに越した事は無いのだ。
と、自分に心の中で言い訳をしてみる。
「わ、分かった、荷物は置いて行く! テュネル! 手を貸せ!!」
そう答えたのは、先頭を走っていた背後で転がっている男だった。
最後尾を走っていた男にそう声をかけ、荷物を置いて急いで逃げて行く。
(・・・連れがターサさんで助かったようだな。)
その男は、明らかにターサを警戒していた。
どうやら、ターサの事を知っていたようだ。
山賊と言う事は、シーフギルドに所属している事はまずない。
彼らにとって、敵は騎士団だけではなく、シーフギルドも敵なのだ。
「「おじちゃんすご〜い!」」
不意に幼い双子姉妹に素直な感嘆の声を上げられ、照れ臭くなる。
「いやいや、そんな事は無いさ。」
「初めて見ましたけど、なるほど。 あの人達が認めるわけですね。」
「え? 達?」
平然とターサに言われ、複数形を疑問に思う。
「ええ。 あの人だけではなく、ベルソ殿にも認められているでしょう? 正直、あなたの話を聞いてはいましたが、信じてはいませんでしたので。」
「ハハハ・・・、どんな話を聞いているのか分かりませんが、師匠に関してはどうでしょうね。 俺は見捨てられた弟子ですから。」
ターサはその答えに小首を傾げるが、追及はしなかった。
「あの、すいません。 助かりました。」
そこへ、荷物を取られた奴隷娘が慌てて来て、何度も頭を下げる。
「いや、大した事じゃないから。」
「いえ、本当に助かりました。 お礼と言ってはなんですけど、後で屋敷の方へ来ていただけませんか? ご主人様にお会いして欲しいのです。」
その言い分には、ルーケもターサも首を傾げるしかない。
先にも言った通り、奴隷はあくまで奴隷だ。
山賊がこの娘を狙ったのも奴隷だからと言う理由が一番大きいだろう。
なぜなら、奴隷から何を奪おうとも、騎士は動く事が無いからだ。
目の前で窃盗などすれば逮捕はするだろうが、荷物を取り返して釈放される。
奪われた物が、金であろうと命であろうとも、だ。
奴隷の立場など、その程度なのだ。
もちろん例外もいるが・・・。
「疑われるのももっともだと思いますが、ご主人様は今日の出来事を予見されていたのです。 詳しく話している時間がありませんので申し訳ないのですが、私の話を信じてはいただけませんか?」
「・・・分かった、後で行くよ。」
「すいません、お願いします。 私の勤めている屋敷は南通りのプレリー様です。」
そう言うと、籠を拾い上げて、慌てて走り去ってしまった。
「・・・変な子・・・。」
「「変な子〜。」」
「真似をしなくてよろしい。 本当に行くの?」
「まあ、行くだけ行ってみます。 何かご存知ですか?」
「詳しくは知らないけれど・・・。 確か、先代がそれなりに有名な冒険者で、血筋的には勇者アレスの血を引くとか言ってたと思うけど。 現当主の息子はただの道楽者で、遺産を食い潰しているだけと聞いたけど・・・。 詳しい事を、あの人に聞いてみる?」
「ボットさんにですか? いえ、そこまでする事も無いでしょう。」
ルーケは軽く考えていたが、この訪問が運命的なものになるとは、予想もしていなかった。
もし確認してから赴いていれば、後にボット達を裏切る事にはならなかったかもしれない。
結局魔法剣の噂はガセだったらしく、本物を見る事は出来なかった。
もっとも、どんな魔法剣かも知らずに探していたし、どうしても見たかったわけでも無いから真剣に探したわけでも無いが。
市場でターサ達と別れ、単身プレリー邸に来てみたが、予想を遥かに超える結果になっていた。
「暫くここでお待ち下さいませ。 間もなくご主人様がいらっしゃられると思いますので。」
通された豪華な応接室でそう言われ、ふかふかのソファーに座って待つ事になったが。
居心地の悪い事、この上ない。
調度品は質素でまとめられ、ここを用意した人物のセンスの良さを伺わせるのだが、何と言ってもその高級感がたまらない。
目の前にあるお茶を置かれたテーブル一つで、恐らくその辺の家が買えそうなほどの高級品であり、一番安いであろう湯呑に添えられたスプーンでも、そんじょそこらで手に入るような物ではないのは、元シーフギルドに属していたために良く分かる。
何もかもが高級品であり、下手に何かを壊したり汚そうものなら笑い話にもならない高額な請求をされる事請け合いなのだ。
身じろぎ一つするのも細心の注意をしてしまう、そんな緊張感を強いられる空間であった。
しかも監視するように、入口には美しいメイドが静かに待機し、言い逃れも出来はしない。
やがて、廊下を歩く足音が微かにしたと思うと静かに戸が開き、身なりの良い1人の中年男性と、白いワンピースを着た若い娘が部屋に入って来た。
中年は初めて見るが、娘の方は見た事のある顔だった。
「やあ、あなたが私の娘を助けてくれた恩人ですね? 私が当家の主、プレリーです。」
にこやかに言われたその言葉に、ルーケはギョッとした。
「む・・・娘!?」
見れば、剥き出しなっている腕には入れ墨も何もない。
「詳しい話はこれからするとして、まずはあなたのお名前をお伺いしてもよろしいですかな?」