悪夢
◆(モグラ)
不思議なものを見たことがある。
心霊現象の類じゃない。それは見たことがない。
幻覚って云うんだろうか。
あえて言うなら、悪夢。
ずいぶん小さな頃だ。片手で数えられるくらいの歳だった。
部屋のベッドで、母と兄が眠っている。これは現実だ。
オレはそれを見ている。これも現実だ。
壁の上から、福笑いのようにバラバラの大きな目と鼻と口とが母と兄に近付いてくる。
両目はパチパチと、口はパクパクと開閉しながら。
オレは母と兄を起こそうと叫ぶ。しかしふたりとも起きない。
目鼻口は更に近付いて、母と兄に触れようとする。
オレはもっともっと大きな声で叫ぶ。
そこでオレの目が覚める。夢だった。
オレは母と兄と一緒にベッドの中で寝ていた。
オレはふたりを起こす。そして今見たもののことを伝える。
そのあとのことはぼんやりとしか憶えていない。
母は怒った気がする。息子にそんなものが見えたということに焦ったのかもしれない。
子供の悪夢なんて珍しい話じゃないさ。
ベッドに潜りこんだ時の記憶が消えて、現実と夢がシームレスに繋がったんだ。
時々……数年に一度くらいかな、その夢のことを思い出して、不安になる。
今もオレの中にあいつが居るんじゃないかって思うんだ。
あいつは悪魔だったのかもしれない。
何もそんなやつが現実に居るなんて信じているわけじゃない。
オレは小さい頃から既に、あんなものが見える人間だったってことだ。
あの悪夢を見た時、オレの人生、終わっていたのかな。