表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/34

落とし穴

※本項には、安部公房『方舟さくら丸』のネタバレが含まれます。

 フワフワさんは、安倍公房のスレッドの常連である。そのことは誰にも判らない。ずっと名無しのまま書き込んでいるからだ。他の人の書き込みもほぼ全てが名無しである。誰が誰だか、誰にも判らない。

 最初のログは、『方舟さくら丸』についての会話から抜粋する。他の人には判らないことだが、このときフワフワさんは自分の問いに対して、自分で答えている。そうやって他の人のレスポンスを誘うのだ。これはフワフワさんのいつもの要領である。



◆(フワフワさん)

最後の透明な街ってどういうこと?


◆(フワフワさん)

美しい景色の描写かな


洞窟の中より表のほうが居心地良いぞみたいなことだろ。


意味は分からんが、

この文章を最後に持ってきたって事は

重要なメッセージだろうな。



 ところでフワフワさんは無数の名無しの中に、とある特定できる人物を見出していた。まるで文章に色が着いているかのように、他の名無しと区別できるのだ。そうした「色着きの名無し」がフワフワさんと揉める。のちにモグラと呼ばれるその名無しは、突然の長文を特徴としていた。



◆(フワフワさん)

主人公はなぜ「ブタ」もしくは「モグラ」なのか


◆(モグラ)

決まってるだろ。

格好良くて頭が良くて金持ちで、仲間がたくさん居て人生を謳歌しているようなリア充が、

廃坑に住み着いてシェルターに改造して、世界の破滅に怯えながらも、

新世界にワンチャン掛けようなんて思うかね?


そんな真似をする人間は、

人に勝るような要素を何一つ持ち合わせていない……、

それこそ「ブタ」か「モグラ」のようなやつだけだ。


◆(フワフワさん)

他人を招待してたじゃない

いい友達の溜まり場になれば主人公だってリア充になれたかも


◆(モグラ)

そんなこと考えたから、追い出される羽目になったんだ。


◆(フワフワさん)

追い出されたんじゃなくって自分から出て行ったのよ


◆(モグラ)

同じことさ。

いいや、違うね。やっぱり追い出されたんだ。


滑稽じゃないか。誰も見向きもしない廃坑を改造して、

楽園とはいかないまでも結構な住処にして、

でもそこへ押しかけてきた連中に叩き出されるように、本人は退場する。

自分のためにした筈の努力は全て、他人のものになるんだ。

ヤドカリのために立派な殻を拵えてやる貝みたいなもんさ。


自分から出て行ったのなら、いっそ潔い。

もちろん自己欺瞞だよ。外の街に居場所なんか無い。

コンクリートに這い出たミミズさ。

何も出来ず、逃げ隠れするための穴さえ掘れずに、干からびるだけだ。

それでも自分で選んだだけ恰好は付くだろう。


だけどモグラは追い出されたんだ。ひとりぼっちで。

同じひとりでも、自分で選んでひとりになるのなら孤高を気取れる。

モグラは違う。女は一緒に来てくれると思ってスカートを引っ張るんだ。

そのままゴムのエプロンと一緒に闇の中を転がり落ちてゆく。

無様すぎるよ。目も当てられない。


まるで、自分で掘った落とし穴に自分で転がり落ちてるみたいだ。

そしたら落とし穴の底が抜けて、その向こうは外の街だ。

モグラにとってはいちばん嫌な場所の、外の街。



あの「透明な街」は美しい景色の描写なんかじゃない。

死の予言だ。

目の前に広がるこの大きな街のどこにも、おまえの居場所なんか無い、

っていう絶望の宣告だよ。


◆(フワフワさん)

そのコピペ、どこにあったの?


◆(モグラ)

オレが今、書いた。


◆(フワフワさん)

たったの23分で?


◆(モグラ)

時間なんか知らないよ。

でもあんたが計ったんなら、そうなんじゃないの。


◆(フワフワさん)

早すぎる


◆(モグラ)

そうかな。そうでもないよ。


◆(フワフワさん)

コピペならそうかもしれない


◆(モグラ)

違うったら。


◆(フワフワさん)

じゃあ質問を変えましょう

あなたのお名前は?


◆(モグラ)

ただのモグラさ……。


◆(フワフワさん)

茶化さないで


◆(モグラ)

茶化してないよ……本当のことさ。


◆(フワフワさん)

それも何かのコピペ?


◆(モグラ)

しつこいな。違うったら。


◆(フワフワさん)

ね、お願い

どこにあったか教えて



 フワフワさんは文章の出所について、更に何度もモグラに問いかける。モグラからの返事は、無かった。

 このあとフワフワさんが調べた限り、モグラの長文に元ネタは見つからなかった。つまり、モグラのオリジナルだ。

 そうするとフワフワさんは今度は、このモグラと名乗る人物に興味を覚えるようになった。匿名掲示板の無数の名無しの中から、モグラらしきものを抽出することはさほど困難ではない。モグラはあまりにも突然に長文を書き込むからだ。モグラのレスは悪目立ちする。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ