出港
春まで、忙しのでこのような形になりますがよろしくお願いします
穏やかな波が岸壁に打ち付け、チャプチャプと音をたをたてていた。港には大小様々な船が停泊し穏やかに揺れていた。
「また、訪ねてくれよ」
オート三輪から降りた千喜に道彦は声をかけた。
「ああ、今度はゆっくりと」
千喜は、手を振り
「艦長、荷物の積み込み完了しました。」
千喜は、船を見上げた。 商船といえど主砲がつけられ両舷には、二連装魚雷発射管、そして艦尾には爆雷が載せられ武装されていた。
千喜が登るタラップは、軽やかに音をたてていた。タグボートが海をかき混ぜながら近づいてくる。船橋では船員がすでに準備を終えていた。
「艦長、いつでも出港できます。」
「良かろう。前進微速」
船はタグボートに引きつられゆっくりと離岸していった。汽笛が気仙沼にしばしの別れを告げる。オート三輪から降りた道彦は、船を見つめていた。太陽に照らされた海はどこまでも続く濃い青色に染まりその中をただ一隻千喜の船だけが進んでいた。
「宮古は晴れ航路も穏やかな天気でしょう」
航海士が千喜に報告した。
「報告ありがとう。班長すまないが余ってる人員を警戒に当たらせてくれ。」
千喜は、そう指示を出すと自らも双眼鏡を持ちあたりをじっと覗っていた。
『潜水艦がいる』
千喜は、確信をしていた。東北の海はまだ機雷はまかれていない。にも関わらず、船がやられるとなればそれが濃厚であると。
【やや!】
監視にあたっていた船員は、双眼鏡を額にくっつけ目を凝らした。
「艦長!海面になにかいます」
海面から顔をのぞかせた黒い筒があたりを見回しているのだ。他の船員も我先にと指をさす方向に双眼鏡を向けた。
「そんなもの見えないぞ」
皆はあたりを見回したが黒い筒は、姿をくらましていた。
「なにかの見間違えじゃないのか?」
そう一人が口にした。
「いや確かにアソコにいたんだ!」
なにもない海面を船員は、指さした。
「君がそこまでいうのなら間違えないだろう」
艦長は、そう言いながら海面をじっと見つめた。そしてパッと振り返ると
「船橋に戻る」
そう言い船橋へ急いだ。
「航海長。両舷前進フタジュウド、ジグザグ航行」
航海長が反復する
「両舷前進フタジュウド A方式」
舵輪を生きよいよく操舵手が回す。群青色の海に白色の波が弧を描くようにつづいた。千喜は、伝声管の蓋を開いた。
「機関長。エンジン(機関)を温めておいてくれ」
管の先から太い声が響いてくる。
「もう温まってるよいつでも最大火力(本調子)で臨めるぞ」
千喜は蓋を閉じると指示を出した。
「副長、各船員に連絡。主砲及び各兵装戦闘配置 及び周辺艦艇に緊急通達」
商船に戦闘準備のゴングが響き、船員が慌ただしく動き回る。貧弱な主砲に弾が込められる。
「操舵を代わろう」
千喜は、自ら舵を握った。それと同時に船員が叫ぶ
「前方より魚雷らしき軌跡が接近、3本来ます。」
白い筋が一直線に向かってきていた。
「くそ!ジグザク航行が読まれたか。」
「舵をきっても被雷します。」
白い筋は、高速で目の前まで迫っていた。
「両舷全速前進!総員、衝撃に備え!魚雷の間を通る」
船首が魚雷同士の僅かな隙間に向けられる。
「舵輪固定。このまま突っ込む」
「魚雷きます!」
白い筋が両端をスレスレに通過し明後日の方向へと進んでいく
「かわした…」
そう船員は、胸をなでおろした
「両舷微速面舵一杯!」
千喜は、めいいっぱい舵を切った。ギシギシと船の外郭がうなり貨物室の積荷がズルズルと滑り固定具は、バイオリンの弦のように引っ張られた。
すぐ横を船と並走し魚雷が流れていく
「あのまま進んでいたらやられていた」
船員はゴクリとつばを飲み込んだ。その緊張がほぐれるまもなく艦長が声を張り上げた。
「副長、爆雷投下。当ったと見せかける。」
一つしかない投射機から爆雷が投下される。
「投下確認。信管作動まで10秒」
船は、投下位置から離れる。…5.4.3
「総員対衝撃姿勢!!」
それぞれがしっかりと体を固定するまもなく海面が白くくすんだ。
「信管作動」
水柱が空高く立ち上る。爆風が窓を唸らせ過ぎ去ってゆく。
「これで時間稼ぎにはなる。機関長黒煙をだせ」
伝声管の先から一瞬エンジンの音しか聞こえなくなる
「わかりました。艦長、あんたの司令を受け入れるが駆逐艦じゃないから機関が傷んでも知りませんよ。」
千喜は、舵輪をしっかりと握った。
「たちまち煙突からは、黒煙が舞い上がり空高く舞い上がった」
船から離れたここ気仙沼では、国防無線隊の無線に人々が耳を傾けていた。
「千喜さんの船は大丈夫かいな」
一人が不安そうに言葉を漏らした。それにはわけがある。つい数分前、雑音にまじり周辺船舶に危険を知らせるモールス信号を拾っていた。
「ワレセン···カン二コ···キヲウケタリ シエンヲモトム ザヒョウハ…」
受信機が粗悪なのか信号が途切れ途切れに聞こえる。その場にいた全員が額に手を当て辺りは不穏な空気に包まれた。
「まさか千喜さんがやられるとは」
商船が狙われれば助かるはずもない。 さらには三陸沖に米艦艇が来ていることを示している。神のいたずらか、それとも偶然か事態は大きく動くことになる。
「すぐに観測機を」
誰かが叫ぶ。ドタバタと音をたて何人かが電話機へと我先にと走り出す。
三陸沖米潜水艦
「爆発音確認。魚雷一本命中と思われます。」
「潜望鏡深度に上昇確認しろ」
再び海面に筒が顔をのぞかせる。
「ジャップの商船を確認煙突より黒煙を上げ速力低下していますエンジンにヒットしたようです」
「わかった。様子を見て沈まなければ更に撃ち込む被発見距離より追跡」
「いやー危なかった。」
ノロノロと黒煙を上げ進む商船では船員がようやく息を吐ける時間が訪れていた。
「艦長、連絡員より通達です。先程の影響で、通信機器に影響が出ており修理中とのことです。」
軍が商船に無電機器をばらまいているが、試作ということもあり絶不調であった。
「いつまでに回復する?」
千喜は、毎度のことのように聞き返す
「それが、内部の故障のようで相当時間がかかるものと思われます。」
船員は、顔を歪めた。
「わかった。できるだけ早く直すように伝えてくれ」
ノロノロ運転を続けることもう1時間ほど立つ
「本艦は、通常航行に戻る」
千喜が司令を出すと同時に空高くプロペラエンジン音が聞こえる。
「海軍さんの偵察機だ!」
電話の先で誇張された話の真偽を確かめるべく偵察機を飛ばしたのだ。
「あれば、彩雲だな」
誰かが声を上げる。翼を振り千喜らに挨拶をする
「信号旗急げ」
旗を持った船員がデッキの上に立ち飛行機に向けて信号を送る。
「ワレセンスイカントソウグウシタリ」
船の上をぐるぐると回る飛行機に伝えるのに骨が折れたが、どうにか通じたのか再び翼を振ると彼方へと飛び去った。
「しばらくは大丈夫だろう花巻にいそぐ」




