旧友2
復活しました。
島はかすかに地平線に残る太陽の光を浴びオレンジ色に染まっていたがじきに夜が訪れた。昼間に仕掛けられた定置網と暇をした連中が自慢の釣り竿を使い釣り上げた魚があけぼのの厨房を賑わせていた。料理士の青木は、満足げに積み上げられていくカラフルな魚を見てたづねた。
「こんなもんとっていったい何にしろというのかい」
大体熱帯魚は、美味しくない上に寄生虫の温床となっている。
「料理士の腕前見せてくださいよ。」
釣り上げた輩は、料理士をなにかのサバイバリストと勘違いしてたのだろう。
「このままだと三日三晩熱帯魚のカリッカリのフライが食卓に盛大に並ぶことになるがいいか?」
青木は、皮肉交じりに聞き返した。 にわか漁師たちは少し困った顔をしたがどうしょうもない後の祭りである。しかしながら夕食にカラフルなフライが並ぶことはなかった。幸いにも青木が仕掛けた定置網には小鯛の群れがごそっと取れていた。小鯛は、カラフルな魚と行き違いに調理場送りとなった。熱帯魚のある程度は定置網に餌として回され、残りは冷凍庫送りとなった。小鯛の塩焼きが料理に彩りを加えたのは言うまでもない。
艦長とジョンは、食後の散歩と称して甲板を歩いていた。
「親父は、この島についてしまったことを悔いているんだ」
艦長は、星あかりに照らされる島を見た。
「なんでだい?君の親父の船以外は途中でみんなお陀仏だったんだろすごいじゃないか」
ジョンは不思議そうに艦長を見た。
「ああ、親父が行くまでに顔見知りが乗る三隻の商船が沈められている。『なにすぐ戻るさ』と言ってろくに武装られていない商船で出て行ったきりだったそうだ。」
艦長は、かなしそうな顔をした。
「だけどそんなとこになんで行こうとしたんだい?」
「一人のヤブ医者が動かしたんだよ」
○▽○
•••宮城県気仙巻•••
男は、団扇を仰ぎ麦茶を飲んでいた。 この男こそ当時名のしれた名鑑長、あけぼのの艦長の親父だ。
「船長さんちょっとこっち」
船仲間が小声で彼を呼んだ。
「聞いたか?この前出ていった康夫さんの船、やられたらしいぞ」
そこには何人か集まり、海の男しか知らない話をしていた。
「信じられねえ話だな。あいつは津軽海峡を股にかけた名のしれた船長じゃねえか。」
荒れ狂う津軽海峡を渡る連絡船の船長といえば、船乗りは敬意を示さずにはいられないほどの大ベテランだ。
「だけどよ、東京に空襲があったんだろ?航路は西廻りにしたほうが良さそうだな」
西廻りすなわち日本海を通りぬけるルートだ。
「まちげえねえ。うちらは、東北の人間だもんであんまり戦争って感じしないんだげどな。」
彼らは周りを見たがいつもの日常が広がっていた。まだ気仙沼に空襲は一度もなかった。
「それにしても噂じゃあ東南アジアは、ひどいらしいな。潜水艦の狩り場になってるらしい。気づいたときにはにはお陀仏だ。できれば行きたくないよ。船員を犬死させるわけにはいかんからな。ベテランさんよ」
一人が男の肩をたたいた。
「ああ…そうだな」
男はそう一言言った。
「それにしてもあんたすごいよな、海軍さん直々にお誘いが来るとは。それでその話を蹴ったというのだから驚きだよ。」
船乗り仲間は、にわかに信じられなさそうに話しをした。
「ほんとにけったのか?」
話を聞いた一人が思わず質問した。
「ああ、丁重にお断りしたよ。俺は自ら軍人になるつもりはない。」
男は、きっぱりと答えた。
「あんた技術はあるのに珍しいくらい出世欲がないよな」
それから燃料がどうだ、自分はこれからどうするのだのいつもの話をするとそれぞれわかれていった。
艦長の親父は、田舎道を自転車をこぎ銭湯へと向っていた。
「おーい千喜いつ帰った?」
自転車を漕ぐ千喜に道端から手をふる男がいた。千喜は、自転車を止めた。
「今日帰ったばかりだよ。道彦こそ元気にしてたか?」
道彦は、あけぼのの船長の親父(千喜)の親友である。
「この通り元気だよ。」
道彦は、家畜の匂いを漂わせていた。
「相変わらず獣医の仕事はうまく行っているみたいで、良かったよ。」
千喜は、その匂いを少々懐かしんだ。
「ああ、今日は牛のお産を手伝ってきたんだけど、例の馬の方は、あと少しって感じかな?」
道彦は、研究熱心で軍馬の管理について研究を続けていたる。
「そうか、うまく行けば褒賞も夢じゃないな」
道彦は、ニッコリとしたが
「多分褒賞をもらうのは兄貴の方かな」
兄貴もまた立派な獣医だ。
「そうか」
千喜は、深く触れることはなかった。
「ところで、せっかく帰ってきたんだ。僕の家においでよ」
道彦は、千喜を彼の家へと誘った。
「そうだな、一日泊めてくれるか」
千喜の実家は、岩手県盛岡市にある。気仙沼より少し距離がある。銭湯のおばちゃんのところに泊まろうかと思っていた千喜にはちょうどよい提案だ。
「一日でいいのかい?もっといてもいいのに」
道彦は、少し残念そうな顔をした。
「ああ、明日の昼には、宮古に船を出さないかん」
軍事物資の輸送より通常貨物を取り扱うことの方が多かった。定期便として気仙沼、宮古を往復する航路当番が千喜のばんであった。
○△○
あけぼので、カラフル騒動があったそのころ、中野ら調査隊は地下迷宮からやっとのことで出たばかりであり野営地を急いで設営したばかりであった。
「中野さんの地図のおかげで予定より早く遺構が見つかったので、スケジュールを少し前倒しできそうですね」
鈴村は、バインダーに挟んだ予定表を見ながらあれこれ書き込んでいた。他のメンバーもまたあれこれ考えたことを共有したり、ゲジゲジを見つめたり、メモをまとめたりしていた。 そんな中中野は、あの救急箱に入った。日記を取り出した。流石に80年も立つと劣化が目立つが、大切に箱に入れられただけあり状態は、良好といった感じであった。
(艦長は、どこまで知っているのやら)
中野は、日記をいくつかめくってみた。日記は、この島に来た日から毎日綴られていた。初めの方は、ありふれた日常のことが綴られていたが、それは兵士としての目線ではないことは間違いなかった。薬剤や、治療したことなどが書かれ、医学に興味のある人間がこれを綴っていることを暗示していた。