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7

ゲイである事が周りにバレる度に、一人傷つき全てを諦めてきた雛山。

そんな彼を見過ごせず白田は、明に相談を持ちかける。



2丁目

フスカル



「・・・・・・・」



「・・・・・・・」



カウンターを挟んで向かい合う、恋人同士。

なのに無言。

カウンター内で立っている明は、俯いている。

丸椅子に腰掛けている白田は、チビチビと温くなったビールを飲みながら目の前の明を伺うように見ている。

そんな二人から一歩距離を置き、壁棚にもたれ掛かってタバコを吸いながら眺めている雅。

こんな状態になり始めて、かれこれカップラーメンが出来上がりそうな時間が経った。


「そろそろ、話したらどうだろうかね」


流石に雅が口を挟んだ。

こうしてる間も、明の時給が発生している。


「白田さん、明に相談あるんだろう?俺居ないほうが良いのか?」


「いえ・・・そういう訳じゃ・・・・」


雅が仲介役となり、話を進めるように誘導する。

だが白田は言葉を詰まらせてると、困った表情になる。

そして一度背中越しにBOX席へ振り返れば、客達と目が合う。

手をふる桃ちゃんと林檎ちゃん。

その他の客も会話する事もなく、好奇心旺盛な目でこちらをじっと見ている。


「明、隣使え」


可愛いキャラのキーホルダーが付いた鍵を明に差し出す雅。

明はそれを受け取ると、カウンター内から出てくる。


「ついてきて」


白田の後ろを通り過ぎながらそう伝え、外へ通じる扉を開けて廊下に出る。

白田は鞄を手に取ると、少し急ぎ足でその後を追う。

パタンと店の扉が閉まり、二人は廊下へ。

何処かへ行こうとしている明の背中に、白田は声を掛ける。


「愛野さん、相談なんですが。もう大丈夫です」


「?」


「すみません。俺が勝手に愛野さんがゲイだと勘違いしてただけで・・・」


「相談って、そっち系の話しだったのか」


「えぇ・・・ご迷惑をお掛けする前で良かったです、今日はこれで失礼します」


ペコリと頭を下げる白田。

そのままエレベーターのある方向へと体を向ける。


「ここまで来るの大変だったんじゃないのか?」


足を踏み出す前に明に話しかけられ、白田はその場で明へ顔を向ける。


「大変な思いして来たのに、そのまま帰るなんて勿体ないだろう。話ぐらい聞くよ、内容によっては・・・雅も居るんだし」


ついて来いとばかりにくいっと顎先を動かし、そしてフスカルの隣の店舗へ向かう。

看板がない空きテナントの扉の前に立つと、鍵を差し込みロックを外す。


「どうする?やっぱり帰るのか?」


その場から動かない男に、明はもう一度声を掛ける。


「いえ、それじゃお言葉に甘えさせてもらいます」


「そ」


短く返事を返した明の後に続き、開けられた扉の中へと入る。

ガランとした店内は、以前店をやっていた名残のまま。

人の出入りがないのか、少し埃っぽい。

明は黒革のソファに近づき、近くにあった毛布をソファに敷く。


「ここも、借りてるんですか?」


「いや、このビル自体雅の持ち物だから。この部屋はあいつが仮眠する時に使ってる」


「え・・・オーナーだったんですか!?」


「前オーナーに譲って貰ったみたいだけど、詳しくは聞いてない」


ボスンっと毛布毎ソファに腰を下ろす明。

微かに舞う埃に、思わず明は顔を顰める。


「スーツ汚れるかも・・・」


「それぐらい平気です」


気を使う明に、白田はふっと笑う。

少し距離をとって、横並びで明の隣へ腰を下ろす。


「で?」


「俺自身の事じゃないんです。弊社のデザイン部に居る・・・・・」


白田は、今日起きた出来事を話し始めた。




時はさかのぼり


双葉広告代理店

休憩所



自販機が並ぶ一室。

ほっと一息つける、テーブルも置いてある。

就業時間に居るのは、そのまま仕事を続行する残業組ぐらい。

だがこの日は、白田と雛山しか居なかった。

白田が奢ってくれた缶ジュースを手に雛山は、丸いテーブルに向き合う形で座っていた。


「いつもあぁなのか?」


言いにくそうに口を閉ざしていた雛山。

白田はできるだけ優しい声色で問いかける。


「・・・1週間前までは仲が良かったんです。同期ってのもあって、昼ごはんも一緒にとったりして・・・」


「何か原因があるのか?喧嘩には見えなかったぞ」


「・・・・・・・・・僕、ゲイなんです。それをずっと隠してました、だけどそれがバレてしまって」


「だからと言って、大人が発言していい言葉じゃない」


「いいんです。あれが普通です。今までもありました。高校や大学、バイト先でも隠してるつもりだったけど、何かの拍子で疑われて・・・・その時僕も上手く立ち回ればいいのに、誤魔化す事が出来なくて。それでバレて、避けられるようになるんです。避けられるだけまだマシです、あぁ言うふうに・・・・・」


いくら日本も同性愛に寛容になってきたとは言え、それは表だけの事。

影ではこうやって普通ではないと、今も肩身の狭い思いをして生きている人間が居る。

自分を強く持ち、自分の見せ方を上手く出来る人はまだ良い。

雛山のように不器用な人間は、周りに傷つけられても黙って耐えるしか無い。


「誰か相談できる人は?」


目が潤んできている雛山にハンカチを差し出す白田。

それを受け取りながら、青年はゆるゆると首を振りこう続けた。


「親にも話してないです。友人も皆・・・居なくなりました」


その言葉に白山は、深く眉間に皺を寄せてため息をつく。


「もう良いんです、辞表をだそうと思ってます」


「なぜ!?」


「・・・・・・会社に来るのがしんどくなりました」


ぽろりと涙が落ち、雛山はハンカチで顔を覆う。

声を押し殺して泣く相手に、白田は彼の肩に手を伸ばして慰める。


「折角入った会社だろ。次の職場でも周りにバレたら、同じように辞めるのか?」


「で・・・でもっこれしかない。どうす・・・る・・・事もできない・・・」


震える声で何とか口にする雛山。

もし白田がデザイン部の上司に掛け合い、この件について話せば動いてくれるだろう。

だが・・・・それでうまく収まるのだろうか。

上司が見えない場所で、虐めが続くかもしれない。

そして雛山の隠していた事を知る人間が増え、余計に彼を傷つける事になる恐れもある。

どうしたものかと考えた先に、明の顔が浮かんだ。



時は戻り・・・

空きテナント



「それでゲイなのに、会社で上手く立ち回っているオレに相談しようと思ったんだ」


白田の話を聞き終えてた明は、深くソファーに沈み込みふ~~んと納得する。


「だけどオレはゲイじゃない・・・・・」


「俺の早とちりでした」


「まぁ、あの時何も言わなかったオレも悪いけどさ・・・・、何言っても嘘っぽくなりそうで諦めてた」


「他言するつもりは勿論ありませんでした。でも・・・・怖くなかったんですか?俺が鵜飼さんに言ってしまったらとか」


「あぁ~~~既に色んなレッテル貼られてるから、ゲイが追加されたぐらいじゃ会社の人間も動揺しない気がする」


「レッテル?」


飲みの席での鵜飼がいかに明が仕事が出来るか、そして期待を掛けていると話していた。

なのに、一体なんのレッテルがあるというのだろうか。

何か問題でもあるのだろうかと白田は不思議そうな顔で、天井を仰いでいる明を見つめる。


「怖いのは、一緒に仕事できませんって双葉から契約解除される事かな。新しい広告代理店探すの大変になるだろう?」


想像していなかった明の答えに、思わず目が点になる。

社内の自分の評価等気にせず、仕事に支障をきたす事が恐怖。

白田は思わずふっと吹き出してしまった。


「何、何かおかしい事言ったか?」


「愛野さんって、今まで俺の周りに居ないタイプで・・・色々と驚かされます」


「オレみたいなのは一人で十分だろう」


綺麗な顔から予想のつかない明の発言。

初めてあった時から驚かされっぱなしで、それを全て思い出し白田はクスクスと笑い続ける。


「えぇと雛山だっけ?店に来いって言っておけよ」


「え?」


唐突の話に、白山は笑いを止めて明を見る。


「次オレが入ってるのは、明後日だから。けど初心者一人で二丁目歩かせる訳も行かないし、19時に駅前のサンマルクの前まで迎えに行くわ」


「ええと・・・・それは雛山の相談に乗ってくれるって事ですか?」


「オレじゃないけどな・・・・。雅も居るし、店に来る客はオープンにしてる人間も、隠して会社に勤めてる人間も居る。虐めを無くす事はできねぇ~けど、そいつの拠り所になるんじゃないのか?同じ思いを共感出来る人間が居ると、気の持ちようも変わるだろう」


「そうですね」


ずっと一人で耐えてきた雛山。

味方が出来るだけでも、心の支えになるだろう。

何かしら力になりたいと思っていた白田は、気持ちが軽くなった気がした。

ソファから立ち上がる明に、用が終わったと白田も立ち上がる。

特に何も言わずに、二人はし~んと静まり返った空きテナントを出る。

賑わっている店舗から笑い声や音楽が漏れてくる廊下を二人は歩き、白田は明に挨拶をしようと「愛野さん」と声を掛ける。

だがその声は、明がフスカルの扉を開けた事によってかき消された。


「駅前まで送ってくるわっ」


騒がしい店内に向かって明はそう言うと、手に持っていた鍵をカウンターの方向に投げる。

そして桃ちゃんの「彼氏く~ん」残念そうな声が廊下に響き、その後の言葉は明が扉を締めた事により白田の耳に届かなかった。


「愛野さん、大丈夫ですよ」


遠慮する白田に、明は何も言わずにエレベーターがある方へと歩きだす。

黙っていることに拒否権は無いのだろうと、白田は苦笑して彼の背中を見ながら後を追った。

一足先に目的の場所に付いた明はエレベーターの呼びボタンを押す。

タイミングが良く、丁度この階に止まっていたエレベーターの扉はすぐに開いた。

そして二人は、そのまま狭い箱の中に入る。

扉が閉まり下へと箱が動き始めた頃、明は奥側で立っている男に振り返りようやく口を開いた。


「何で、店の中で彼氏のフリしたんだ?」



8へ続く

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