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日富美の17年来の片想い。
だが明と初めて出会ったのは、それ以前だった。
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「はぁ、日傘持ってくれば良かった。こんなに日差しが強いとは思わなかったわよ」
レジャーシートに足を伸ばして座っている由美が、情けない声を出す。
日富美はその言葉に、確かにと同意する。
天気予報では、今日は雲が多い日と言っていた。
それなのに、空は青々としている。
日富美は由美の横で、グランドで楽しげに走り回っている人達を眺めていた。
視線の先は、明。
そして明の側には、白田。
カーディガンを脱ごうとしているのを、白田が咎めているように見える。
「本当・・・白田さんの過保護ぶり凄いわね」
「ふふふっ本当ね」
「ねぇ日富美。・・・・・大丈夫?」
今までの由美と打って変わって、心配げな声のトーン。
日富美は2人から視線を外し、少し考えるような間の後、由美を見る。
「大丈夫と言えば嘘になるね。やっぱり目の当たりにすると、傷つくものね・・・・」
力無く笑う日富美に、由美は眉を寄せる。
明の恋を後押しするつもりで来たのに、諦めきれない気持ちがある。
不器用ながらも白田に歩み寄ろうとする明を目にすると、胸がズキズキと痛む。
ここに来ないほうが良かったのかもと思ったが、明と共に前に進むには必要な痛み。
「そりゃ、17年も思い続けてたんだもん。そんなに簡単に諦められないわよ」
「・・・・本当はね、もっと前に明君に会ってるの。ふふっ明君は全く、覚えてなかったんだけどね」
それは日富美が小学校へ上がる直前の話。
買ってもらったランドセルを背負って、近所を練り歩こうと家から出た時だった。
2軒隣の愛野宅の前に、黒塗りの車が丁度停車した。
お客さんかな?とその様子を立ち止まって見ていた日富美。
車から下りてきた人物を見て、愛野のおじさんとおばさんの息子さんだ〜と、家に帰ってきたのかと解釈した。
そして続いて車から出てきた人物に、「あ」の口をして固まる日富美。
同じぐらいの年齢の少女、それはまるで絵本に出てくるお姫様の様に可愛らしい少女。
日富美はうっとりとした表情で彼女が愛野の家へ入っていくのを見届け、そして慌てた様子で自分の家に入る。
「お母さん!!お母さん!!お姫様みたいに綺麗な女の子がいたの!!」
玄関で靴をポンポンと脱ぎちらかしたまま、母親が居るキッチンへと走る。
「あらっ本当に?お母さんも見たかったわぁ」
「愛野のおじさんとおばさんの家に、入っていったよ」
「あら・・・おかしいわね、お孫さん確か男の子って聞いてたけど」
「違うよ〜〜女の子だった。物凄く綺麗で可愛いの!!私ね、あの子と友達になりたい!」
「日富美と同じで今年、小学校に上がるんだって。暫くお父さんと二日程泊まるみたいだから、きっと友達になれるわよ」
そんな期待を持たせる母親の言葉に、日富美は飛び上がって喜んでだ。
そして早速お菓子を手土産に、愛野宅に突撃した日富美。
顔見知りの愛野のおばさんに、家に上がらせてもらい早速その少女と対面を果たした。
あまり愛想が良いとは言えない彼女は、6歳の明。
近くでも見てもその可愛らしさは変わらず、日富美は仕切りに明に話し掛けた。
どこの小学校に通うのとか、好きなお菓子はなに〜とか他愛もない子供の質問だ。
明は短いながらもちゃんと返事を返していた。
そして・・・
「私、明ちゃんと友達になりたい」
「家が遠いじゃん」
「遠くても、心で繫がってれば友達になれるよっ」
「いいけど・・・・」
「本当!?やったァァ!!私明ちゃんみたいな可愛い女の子初めて見たんだよ。お姫様みたいで、お人形さ・・いたっ!!?」
友達になってくれると喜んでいた日富美の顔に、明の手によって袋入のビスコが投げつけられた。
ビックリした日富美は呆然と、明を見る。
「帰れ馬鹿!誰がお前なんかと友達になるか!!」
怒った表情で大きな声で怒鳴る明に、ショックを受けた。
その時どうやって家に帰ったかは覚えてない。
1日中泣いていたような曖昧な記憶。
ただ明に怒鳴られた事がトラウマになり、明が愛野宅から居なくなるまで家から出なかった。
「何それ!?女の子の顔に物ぶつけるとかあり得ないでしょ!?」
日富美の昔話に、怒り心頭の由美。
そんな彼女に笑いを漏らす。
「女の子と間違えた私が悪いんだよ。それにその後、明のお母さんとお父さんと3人で謝りに来てくてたし。ただその時は、まだ明君の顔を見るのが怖かったから会わなかったの。それにビスコ見るだけで思い出すから、それ以来口にしてなかったし。ふふふふ」
「お菓子に非はないのに・・・。口より先に手が出るなんて、よっぽど甘やかされて育ったのね」
「ふふふ、まだ6歳よ。そんなもんじゃないかな?」
「まぁ・・・そう言われれば、そうかもしれないけど」
「けどね小学校4年の時の明君は、少し成長してたよ。自分の事を誂われても手は出さなかった・・・・・」
小学校4年の時。
一学期が始まってすぐの頃に、転入生がやってきた。
日富美は黒板の前に立つ明に、心底驚いた。
「四年生の間だけ、皆さんと勉強を学びます愛野明くんです。皆さん、くれぐれも仲良くしてくださいね」
明の横で紹介をする担任の先生は、「くれぐれ」と言う言葉を強調する。
その時は何故だろうとは疑問に思ったが、後に解る事となる。
6歳の時よりぐっと大きくなった明は、未だ女子の様な儚さが残っているものの、男子だと言われればそう見えなくもない。
クラス中の皆が明の容姿にわぁぁと歓声を上げている中、日富美は明にどういう顔をしていいか困った。
「水仙さん、愛野くんとご近所なのよね。隣の席に座ってもうから、慣れるまで面倒を見てあげてね」
「え・・・・・・」
先生の言葉にビックリし「はい」と言う言葉を出せずにいたが、先生はお構いなしに明に指定した席に着くように促す。
クラスメイトの視線を浴びながら、明は日富美の隣の席へと移動する。
その最中に、山歌和がクラス中に聞こえるような声量でこう言った。
「女なのか?男なのか?どっちなんだよ」
シーンとなる教室。
日富美はヒヤッとした。
あの時の様に、明が怒って怒鳴りつけるのではないかと・・・・
山歌和は、乱暴者で横柄な態度のいじめっ子。
日富美も標的にされ、毎日学校に行くのが億劫な程に嫌いな存在。
また彼の親はPTAの会長を勤めかなり気が強い母親だということもあり、教師も山歌和が何をしても注意すらしなかった。
彼自身も好きなものを沢山食べている体格をしている為、体の大きさから皆も怖くて逆らえない。
そんな彼に、明が怒鳴ってしまったら・・・返り討ちにされる。
日富美は内心冷や汗をかいて、明の出方を見守った。
だが明はそんな彼の言葉等耳入っていないかのように、席に着き鞄の中から教科書を出していく。
そんな明にムカっとしたのだろう、山歌和はガタンと椅子から立ち上がった。
「こらっ!山歌和くん!止めなさい!!!」
バン!と出席簿を教卓にぶつけて怒鳴る先生。
今まで無視していた山歌和を叱った事に、クラス全員がビックリした。
だが1番ビックリしているのは、山歌和だった。
「座りなさいっ。いいっ!?山歌和君、イジメは駄目よ!!」
これまでにない先生の強い口調に、山歌和も毒牙を抜かれて大人しく席についた。
勿論、彼はこれで大人しくなるわけがない。
先生が教室からいなくなれば、チャンスとばかりに明を誂うものの明は全く相手にせず、彼が存在しないもののように扱う。
クラスメイトも明に声を掛けたいが、いじめっ子の標的が自分に向くのが怖くて出来ない。
そしてついに山歌和は明に手を出した。
クラスで1番ガタイの大きい彼は、拳を作り明に殴りかかったのだ。
しかし明はいとも簡単にそれを交わす。
何発も繰り出すパンチも、一発も当てることが出来ない山歌和の怒りは最高潮。
これほど山歌和が怒った所を見たことがない生徒達は、皆オロオロとし始める。
ところが、明への怒りの矛先が日富美へと方向転換した。
それもただ、明のお目付け役だからと馬鹿げた理由。
流石に今まで殴られる程の酷い虐めは無かった。
嫌な言葉を投げつけるか、手が出ても髪を引っ張られるかだ。
「お前がこいつの代わりに殴られろ!!」
それがサンドバック扱いになるなんて、怒りで目が血走っている山歌和に恐怖で足が竦む。
拳が自分に飛んでくるのを感じて、咄嗟に日富美は目をつむり両腕で頭を抱えた。
ガン!!
ガッシャーン!!
きゃ~~~!!
物凄い音と、椅子や机が倒れる音。
そしてクラスメイトの悲鳴。
覚悟していた衝撃が無く、代わりに凄い物音に日富美は防御を解いて目を開けた。
目の前には明の背中。
そして机と椅子がなぎ倒され、その上に白目を向いている山歌和が仰向けで倒れていた。
「女に手出してんじゃね~よ」
明のその言葉に、クラス中の女子が恋に落ちたのは仕方がない。
助けられた日富美も、四年前のトラウマを忘れて一瞬で恋に落ちた。
ただ明の拳に、山歌和の歯が刺さっている事でクラス中は大パニック。
騒動を聞きつけてやってきた先生により、場は収まったが・・・・・意識を失った山歌和はそのまま救急車で運ばれた。
後日、山歌和の両親が学校に乗り込んで来たが、明の家がかなりのお金持ちだと言う事で全て金で解決。
一度学校に登校してきた山歌和は、明の顔を見るなり・・・・漏らしてしまい、居た堪れなくなった彼は転校していった。
後に同窓会で流石にお漏らしでは山歌和がかわいそうとなり、過呼吸という話にすり替わった。
「ビスコ投げつけておいて、女に手だしてんじゃね~よってどういう事よ」
話を聞いた由美は笑いながら、17年前の明にツッコミを入れた。
そのツッコミに日富美も「確かに!」と一緒になって笑う。
運動や昔話にそれぞれの時間を過ごし、グランドを撤収する時間になった。
荷物を抱えて、駐車場へ移動。
途中違う場所へ車を停めている白田と別れを告げて、3人は由美の車へ。
由美は明に車の鍵を渡すと、さっさと後部座席に乗り込んだ。
明も慣れた様子で、運転席の扉を開ける。
「あっ私!忘れ物しちゃった。車の中で待ってて!」
日富美は慌てた様子を装い、その場を小走りで離れる。
忘れ物と言うのは嘘。
本当は、ついさっき別れた白田に用があった。
彼が歩いていった方向へと、ローヒールで走りにくそうに走る。
そして丁度、車に乗り込もうとしていた白田を見つけた。
「白田さんっ、待ってください!」
気付いて欲しくて大きく手を振り、車が発進する前にと走るスピードをあげた。
51へ続く
今回は日富美の思い出編です。
これから本格的に、明の過去が明らかになっていきます。




