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98

ヘトヘトクタクタの雛山。

何とかボクシングジムでのメニューをこなし、やっと帰宅できると思ったが・・・




98



身体が重い・・・

ダルいし、眠気で頭がボーとする。


ボクシングジムを出た雛山は、駅前の交差点に立っていた。

このまま電車で家に帰るのが、かなり億劫になっている。

2回の乗り継ぎをしないとと思うと、気が滅入る。

ならば交差点で10分もボーと立っておらず、さっさと電車に乗ればいいのだが・・・・・ジムを出る時に明に言われたのだ。

この交差点で待つように、と。

いつまえで待ってればいいのだろう・・・・とため息を吐き出した時、目の前に一台のバイクが止まる。


「ほらっ」


バイクに跨った明が、ハーフヘルメットを雛山に差し出す。


「え?」


「え?じゃね〜よ。ヘトヘトで電車乗るのつれ〜だろうが、さっさとメット被ってさっさと乗れ」


口の悪さとやたら急かす男の申し出はありがたい。

ありがたいが・・・・


「駄目です!」


「はぁ!?何がだ?」


「白田さんに殺されます!」


「・・・・・・・・・」


明のバイクの後ろに乗るだなんて、恋人の白田に知られたら・・・・・

明の優しさは時に恐怖を誘い込む。

白田の嫉妬という恐怖を・・・・

無言の明は、フルメットのお陰で表情は解らない。

だがきっと、呆れているのだろうと予想出来る。


「いいから、乗れ」


「う・・・」


明の声が一段と低くなる。

イラッとしているのだろう。

雛山はうううと唸りながら、ハーフヘルメットを被る。

今は目の前の明が怖いから従うとして、白田にバレた時は全力で逃げよう・・・・。

雛山は覚悟を決めて、明の後ろに座る。

乗り心地は竜一のバイクと違うものの、一度経験しているからか恐怖は感じなかった。


「明さん・・後ろ掴むの無いです」


「タンデムバー付けてないぞ、このバイク」


「え!?」


「オレに掴まれば、いいだろうが」


「白田さんに殺されます!!」


「これで2回殺される事になるわけだな。一回も二回も変わりゃしねぇ~し。ほらっ、さっさとしね〜と発進するぞ」


「うううぅ〜〜〜」


もうこれは諦めるしかない。

雛山は明の言う通りに、彼のウエストに腕を回す。


「抱きついて来るくせに、今更だろうが」


「それはそれ、これはこれですぅ〜〜」


情けない雛山の声と、発進するエンジン音が重なる。

白田の目の前で抱きつくのと、知らない場所で抱きつくのとは別物。

要らぬ疑いを掛けられて、余計に嫉妬を煽りそうなのだ。

それに雛山と一緒にボクシングへ通いたいと言っていた白田に、明は絶対来るなと釘を指していた。

その事でも会社で顔を合せれば「本当にボクシングジム行くの?」と訊かれ、「続けられるの?」と訊かれ、「やっぱり行くの?」と訊かれ・・・・あまりのしつこさに、廊下を歩く度に白田が居ない事を確認して、社内を移動するようになってしまった。

恋人になれば少しは余裕が出来ていいとは思うのだが、余計に悪化している気がする。

傍から見ても、明が白田意外の人間に気持ちが傾く事などないと解るのに、本人は何をそんなに不安に思っているのだろうか。


「終わってから、マッサージしたから明日は大丈夫だと思うけどよ」


バイクを走らせたまま、明が話しかけてくる。

大きめな声なので、エンジン音が邪魔していても雛山の耳にはちゃんと届いた。


「帰ったら、半身でぬるま湯に20分以上は浸かれよ」


半場強引に誘ったのは明だったが、色々と気遣ってくれる。

それが擽ったくて嬉しい。

運動後に、体をマッサージしてくれた。

運動不足な身体に、運動の疲労を和らげる為のリンパマッサージ。

リンパが詰まってるトコロは痛いぞと明が言った通り、足や腕の付け根は悲鳴を上げるほど痛かった。

だが途中からは眠たくなる程に気持ちよく感じてしまい、明がシャワーを浴び終えるまでジムのマットの上で眠っていた。

それも、犬の添い寝付きで。

それに運動自体はキツかった・・・・犬の散歩という名のマラソンに、5分5セットのスパーリング。

そこから縄跳び500回に、バランスボールを使用した筋トレ5分を3セット。

ちょこちょこ休憩は挟んだが、途中意識が遠のいた時があった。

近くで明も体を動かしていたが、雛山のメニューよりもハード。

汗は掻いていても、涼しい顔で全てをこなしていた。


「僕も明さんのメニュー、こなせるようになりますか?」


「10年はえ〜よ」


「ですよねぇ・・・・」


「週イチでやるには時間が掛かる。今日教えた筋トレ、寝る前に10回ずつやれ。一日1回増やしていけば、1ヶ月で軽く出来るようになる。」


「10回か・・・・」


それなら出来そうな気がする。

運動は大変で身体も疲労が凄かったが・・・・全てを終えた後に、達成感だろうか・・・・とても気分は良かった。


「僕も、腹筋割りたいです」


「それはお前次第だろう」


引き締まった明の身体。

ふと瞬間に見てしまった明のお腹。

おヘソのピアスにはビックリしたが、綺麗に割れた腹筋に目が釘付けになった。

それを思い出して、明のウエストに回した腕にギュッと力を込める。

細い・・・・・

自分の方がチビなのに・・・・明の方が腰回りが細い。

これが運動もせずに、毎日甘いものを食べてきたツケなのか・・・・・

腹筋を割る前に、まずはぷにぷにお腹の贅肉を落とすことになりそうだ。

そう思ったら、目標が出来た。

初日の今日、無理そうなら断ろうと思っていた雛山。

だが、今では頑張って続けてみようかなという気持ちが強くなった。

そう思えたのは色々と面倒を見てくれる明や、ジム内の人達の気遣いもあったが、あれだけ身構えていた竜一と関わらない環境にもあった。

昼間にトレーニングを終わらせている竜一は、夜にジムに居ることはそうないらしい。

今日はたまたま、事務所の用事で顔をだしていた。

それならば、あれ以上余計な言葉を聞かなくて済む。

そう思ったら、ジムに行くのも気が楽になった。



99へ続く

100話まで後少し!

なのに、雛山君の進展が遅くてすみません。

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