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ダンジョン下層:砂じゃないワニ



 流砂の境目は筋を作り道になっている。だが明確に見えない道と地図を照らし合わせるのは思った以上に大変だった。


 しかも、砂についた足跡は風もないのにサラサラと消えていく。目をこらせば他の冒険者の姿が視認できるが、彼らがどのルートを選んでいるかわからないので、あてにするわけにもいかない。


 流砂には魔物が潜み、隙を見せなくても襲いかかってくる。


<バサンッ>


 砂の中からあらわれたのはワニだった。


「ワニ!?砂漠でワニ!?サー?」


「落ち着け、ロッククロコダイルだ」


 大きさは地球のワニとそう変わらない、とは言っても4mはあろうか。

ミジットが正面で気を引いている間に首に切りつける。


<ガイーン>


「硬ーっ!」


刃こぼれしてないだろうなー?


「上からの斬撃は無理だ!下から刺せ!」


 ミジットを目掛け首を伸ばしたところへ脇から突き込んで飛び退き様に引き抜いた。 

 こちらに首を振り大暴れだ。急所外した?


「おわー!」


 その隙に反対からミジットが突き込むと、ドサッと倒れ、動きを止める。

しばらくすると黒い靄となり、ドロップアイテムはワニ革だった。

ワニ革はミジットが流砂に放り込んだ。


「高く売れそうなのに…」


「ワニ革は丈夫だが重い。低ランクの重戦士くらいしか使わない、安いぞ。それに大きいし邪魔だ」


安いのか。捨てちまえ!


 砂漠でワニは驚いたが、”デザート・ニードル”という魚が砂から飛び出してきて納得した。

砂の中から尖った口でまっしぐらに飛んで来る。単体なら<ペシッ>っと叩き落としてやればいいのだが、戦闘中にこられると面倒だ。



<カインッ>


盾が良い音で毒針のついたしっぽを弾きかえす。


<キンッ>


 振り上げるハサミと剣がぶつかり合う。昆虫が1.5mを越えるサイズになればそのパワーは驚異的だ。”サンド・スコーピオン”砂漠で期待通りの魔物にむしろ安堵する。鎧に使っている”キラースコーピオン”の下位種だ。

 スピードもパワーも毒もあるが、正統派な強さはやりやすい。何しろ守っていればミジットが関節に一撃を加えてくれるのだから。


<ヒュン>


 ただ、飛んでくるデザートニードル共がいなければだ。鋭いその先端さえかわせば当たってもダメージはないので、サンドスコーピオンの正面で常に動き回らなくちゃならない。しかも足元は砂だ。

 

<ズダン>


ミジットの剣がすごい音を出してサンドスコーピオンのしっぽをぶった切り、


「う゛おりゃあぁぁぁぁー!」


その切り口に剣を刺して、女性からは出ないはずの声でひっくり返した。

スコーピオンさんピクピクしてますよ?


<ペシン><ピタン>


 ひっくり返ったサソリはミジットにまかせ、デザートニードルを叩き落としていく。


 遠方の砂漠の国ではサンドスコーピオンの殻を使った安価で優秀な鎧があるらしいが、残念ながらキジフェイのサンドスコーピオンは外殻をドロップしない。毒針か、稀に毒袋をドロップする。目の前に素材があってもドロップしないと手に入らないのが迷宮の理不尽だ。


 なにしろ、解体スキルが高いとドロップ数が増えるっていうくらいだ。スコーピオンなら毒針が2つになったりする。あきらかにもともとの身体と部材の数が合わない。理不尽も極まる。


 それでも順調に21階層を進むと、砂丘の陰に扉のついた大きな岩が見えた。普通に考えれば砂に埋まりそうだが。



階段を降りる途中で休憩しているパーティがいたので、足を止めて軽く手を上げる。


「通してもらうよ」


「おう、すまないな」


 道を開けてもらい、通してもらう。お互いにこやかに警戒は解かない。殺伐とした空気がここが冒険者にとっての戦場だと教えてくれる。

 

 迷宮探査も4日目だ。緊張の糸も張り過ぎれば致命的な隙になる頃合いと言えるが、砂漠階層で休める場所など階段くらいだ。彼らもやむを得なかったのだろう。



 22階層を進んでいた時、砂丘の上から周囲を眺めると、砂漠の中に似つかわしくない物が見えた。


「おい、アレ」


「ええ、宝箱ね」


 砂漠エリアがお宝エリアと言われる所以だ。障害物が少ないので、遠くから宝箱の位置がまるわかりなんだ。

 ミジットはしばらく地図を眺め、


「う~ん、遠すぎる」


 と言った。

 見た目の距離はそれ程でも無いのだが、辿り着けるルートが遠いようだ。とは言っても、どこに宝箱があるかわかるだけでも効率は段違いなので砂漠エリアは人気がある。


 いままでに数々の横着者(ゆうしゃ)が流砂のショートカットに挑んできたらしい。ロープを渡してワニの餌食になった者、ハシゴを持ち込んで下からデザートニードルの針山になった者、1歩目が沈む前に2歩目を出そうとした者。

 唯一の成功者は、魔物が追い付けない速度の飛行魔術で飛んだ高位の魔術師だったとか。しかしそれ程の高位の術者が下級迷宮にこだわる理由もなく、現在に至っているそうだ。


 あくまで予想なのだが、たとえ何らかの方法を見つけたとしても、次回にはメタな対策を取られる気がする。飛行魔術も一回切りだったからこそ上手くいったのだろう。



 23階層に入ると上空から翼が刃なツバメ”エッジスワロー”が襲って来るようになった。


<キン><カイン>

<ピーピピ!><カンッ>


 一人でロッククロコダイルと戦うミジットの背中を守る。

下からデザートニードルが、上からエッジスワローが波状攻撃をかけてくる。


「陰明!」


 連地流で「陰明」は後ろ足を引いて低い態勢になりつつ足を切り払って、そこから切り上げにつなげる型だ。つまり「後ろ足を下げるから場所を開けて、姿勢を下げるから上空の攻撃より下からの攻撃をカバーしてくれ」って合図になる。


「応!」


 前に出てデザートニードルを叩き落とし、エッジスワローは盾でかわす。

…このツバメ、飛行魔術対策な気がする。


 開いたスペースにミジットが沈み込み、剣を払うとロッククロコダイルがのけぞって、その喉元を切り上げた剣が切り裂いた。

 勝負あったな。残るエッジスワローを盾の打ち付けでダメージを重ねていく。自然の魔物なら飛んで逃げるだろうけど。


 運よく、クロコダイルはワニ肉をドロップしたので、今日は干し肉から解放されそうだ。

エッジスワローからドロップしたのは魔石とは違う色の石らしきもの。薬効があるらしくて、薬屋にいい値段で売れるそうだ。


 せっかく肉が出たので、砂漠の中に忽然と姿をあらわすエルフ像の水場へと向かって、コンロ魔道具で肉を焼くことにした。

砂漠の魔物は待ち受けタイプが多く、割と落ち着いて食事ができる。水場の淵に腰かけた。


「どこまで進める?」


 食事をしながら相談する。塩をかけて焼いただけのワニ肉は思いの外柔らかい。

どれくらい戦っているのか…時間感覚はすでに麻痺しているが、階層を進む度に一戦一戦の時間は間違いなく伸びていて体力的には休息が欲しい頃合いだ。


「ここで仮眠を取って25階層まで進めて、階層主を倒して26階層で本格的に休憩でどう?」


「ハードだな」


「キツイか?」


「いや、問題ない」


キツイけどな


 エルフ像に布をひっかけて簡易テントを張り、明るさの変わらない砂漠で1時間の仮眠を交互に取った。



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