最速攻略の準備
転移ポータルを使用し20階層へと転移した俺はその場で軽く身体を動かした。
手足を振ったり、アキレス腱を伸ばしたり、身体を捻ったり――割と一般的な感じの準備運動だ。
別に声などは出していないが、結構真面目にやっている。
実を言うと、異世界にきて準備体操をするのはこれが初めてだった。
そもそも、転生前ならまだしも、ステータスという概念が存在するこの世界で準備運動というものはあまり必要がない。
原理は謎だが、そう言った補正が入っているのだろう。手足がつったりなどはなかった。
では何故、俺は今準備運動そしているのか、そう思ったことだろう。
それはな、今からこのアスロル大迷宮という名のダンジョンを超高速で攻略するにあたって必要なことだからだ。
何故なら”俺の命がかかわってくる”からな。
これは別に冗談などではなく、大げさな話でもない。
俺の持てる最高速度で攻略するとなると真面目な話、少しのミスで死ぬ可能性があるのだ。
まあ、この話はいったん置いておこう。準備運動の話に戻ろうではないか。
まず、先ほどの俺の説明で誤解されたかも知れないが、この世界での準備運動は『必要がない』のであって、『意味がない』わけではないのだ。
身体をほぐせばその分動きは良くなる。それは元の世界もこの世界も変わらない。
それは異常なステータスを持っている俺にしても言えることだ。
ほんの少しの差だが、ないよりはマシなので念のためやっている。俺に自殺願望はないからな。
最後にその場でぴょんぴょんと軽いジャンプを繰り返したら終わりだ。
準備運動を終えた俺は階段を下り21階層へと降りる。
ここから先は全くの未知だ。
そろそろ魔物も強くなってきたことだし、気を付けることができるかどうかは別として、気には止めておいた方がいいだろう。
そんなことを考えながら俺は”能力”と”権能”を発動させ、準備を始める。
「《スライムボディー》【剛腕】【重腕】【剛脚】【重脚】【剛撃】【重撃】【超硬化】【金剛】【跳躍】【肉体活性】」
《スライムボディー》を使い、発動したすべての強化系能力を場所を問わず使用できるようにする。
【超硬化】と【金剛】は保険だ。
もしものため、念には念を、備えあれば憂いなし、だ。
だが、まだこれで準備が終わったわけではない。
俺は続けて”能力”を発動する。
「【反射板】」
【反射板】の赤い板を足元に斜めに設置する。
それは陸上競技などに使用されるスターティングブロック……だったっけ? それによく似ていた。
続けて”権能”を発動する。
「《超高度AI》、思考系の効果をすべて発動させてくれ。それからアスロル大迷宮の記憶にアクセスしてこれから先の階層の地図を表示してくれ」
《ん、わかった!》
ラプラスが元気よく返事をすると、すぐに目に映るすべてのものがスローモーションになった。思考が加速している証拠だ。
念のため不具合がないかあたりを見渡したりしていると、視界の端に迷路のように入り組んだ道の書かれている地図のようなものが表示された。
その地図の上方には21階層と表示されており、これがこの階層の地図であることを物語っていた。
その下には、少しずらすようにして他の階層の地図も表示されていた。
さすがラプラスだ。仕事がはやい。
《ん~》
そっと頭を撫でてやると、ラプラスは気持ちがよさそうに目を細めた。
俺は引き続きラプラスの頭を軽くなでながら、すべての階層の地図に目を通した。
その結果、どうやら21階層から下は20階層までとは打って変わって、ほぼすべての階層が迷路のようになっていた。
これでは普通に攻略していてはとてつもない時間がかかっていただろう。
だが、《超高度AI》を発動させている俺にはそんなことなど些細なことだった。
全ての迷路じみた階層の最短距離を俺の加速された思考は一瞬で導き出していく。そうして出来上がった通り道が赤い線で塗られた地図を前に、完全記憶能力を発動させ次々と記憶していく。
すべてが記憶し終わると、俺は表示された地図をすべて消し去りながら、改めて《超高度AI》の有能性を実感した。
この一連の流れを見てもわかるように《超高度AI》は優秀だ。いや、むしろ優秀過ぎるといってもいい。
もしもこんな”権能”を俺の他にも持っている奴がいたら文句の一つでも言ってやりたくなるだろう。
だがあいにくと《超高度AI》は俺の”権能”だ。
文句など言うわけもない。それどころかかなり幸運だと思っている。
まったくラプラス様様だな。
俺はそんなことを思いながら最後の”能力”を発動する。
「【加速】」
【加速】とは、文字通りものの速度を上げる”能力”だ。
ありとあらゆるものを加速することができ、その速度は調節次第で、初速の時点ではゆうに300キロを超える。
それだけで十分に凶悪なのだが、それに付け加えて発動するたびに速度を1.2倍する、という追加効果まである。
ハッキリ言って超強い。俺の筋力とも合わせれば石ころを飛ばすだけで相手を爆死させることも可能だろう。
そんなことを考えつつ、俺は最後に最高に強化された足で思い切り【反射板】を踏みつけた。
次の瞬間、俺の肉体は弾丸のごとく高速で飛び出した。
これは以前、伊藤洋祐が使用していた『踏み込みのエネルギーを反射して加速する』という技術を利用したのだ。
だが、俺のそれは伊藤のそれとは違い、何もかもが桁違いだ。音速にも迫る勢いである。
ここで先ほど言った『命にかかわる』という言葉を思い出してほしい。
準音速レベルの速度を出している時に、足を踏み外しでもしてみろ。
勢いそのままに壁に激突するんだぞ? いくら俺のステータスが異常だからってさすがに死ぬわ。
だが、こうしないと最速攻略にはならない。
星野のことを考えてもこれが最善だと思う。いざとなれば【完全回復】も【超再生】もある。何とかなるさ。
「【加速】…………【加速】…………【加速】…………【加速】――――」
速度に慣れるたびにさらに【加速】を重ね掛けしていく。
おぉ……さすがにこの速度は怖いな……。ジェットコースターなんて比べ物ならない。
「って、うおっ! 【反射板】ッ!」
俺は曲がり角に差し掛かると同時に【反射板】の赤い板を目の前に設置し、身体を捻り、足を【反射板】につけることで無理矢理に進行方向を変える。
今のは危なかった。
俺の予想よりも速度が速かったせいで壁との距離を見誤っていたな。《超高度AI》の思考加速がなかったら間違いなく激突していた。
これからはもっと慎重に進まないとな。




