少女とご対面
10階層ボス部屋前の扉を見ながら俺は改めて、懐かしさと言うかなんというか、そんな感じのものを感じた。
ボス部屋の中には何度も入っているが、こうして外から扉を眺めるのは久しぶりだな。
相変わらずデカい扉だ。
最初来たときは藤原が扉を開けたんだっけ。
少し前のことを思い出しながら、俺は扉に手をかける。
「開けるけど……いいよな?」
俺がそう確認すると全員小さく頷いた。
「それじゃあ、少女とご対面と行こうか」
そう言いながら扉を開けはなつ。
そこには首と両手首、両足首にそれぞれ首輪、腕輪、足輪を付けた少女がいた。
その少女はいきなり開いた扉に気が付き、こちらを振り向くと驚きの表情を浮かべた。
だが俺にはその驚きはなかった。
ただただ、『やっぱりか』と思っただけだ。
山田の話を聞いた時からなんとなくそんな気はしていた。
そもそも、ボスを簡単に倒すことのできる少女に俺は一人しか心当たりがなかったからな。
俺は口を開き目の前にいる少女に問いかける。
「ユリス、お前こんなとこで何してるんだ」
「……あ~、やっぱオーギか。そりゃーこっちのセリフだぜ。どうして10階層にいんだ? 確か20階層までの攻略は終わってんだろ?」
「終わってるが、ちょっと事情があってな。こいつらにお前を倒してくれって頼まれたんだよ」
「こいつら?」
ユリスはそう言いながら俺の後ろにいる山田たちのパーティーを見た。
それからしばらく考えるように沈黙したあと、唐突に「あっ」という思い出したような声を上げた。
「昨日の奴らじゃん!」
「今思い出したのか……」
「だって仕方ねーだろ? そんな奴らの事なんていちいち覚えてねーって。……それで、どーしてオーギがあたしを倒すって話になんだ?」
「俺が知るかよ。お前が山田たちに言ったんだろ? 『ボスを倒したいならまずあたしを倒せ』って」
「ん~?? あたしんなこと言ったか? 悪ーが、まったく記憶にねーな」
そう言いながらユリスは首を横に振った。
とぼけてる様子はないな。
まあ、ただ単に忘れてるってこともあり得るが……。
とりあえずは確認が先だな。
俺は山田たちの方へと振り返る。
「ユリスはああいってるけど、お前らの聞き間違いとかじゃないのか?」
「い、いや、確かに聞いた! なあ皆!」
山田がそう聞くと、当事者の9人はうんうんと頷く。
こっちも嘘を言っているようには見えないな。
ってことはやっぱユリスが忘れてるだけなのかもな。
「ていうか八重樫! お前あの少女と知り合いだったのか!?」
あ、ヤッベ。何も考えてなかった。
「まあ、知り合いと言えば知り合いだな」
とりあえず頷く。
すると山田たちが驚いたような顔をしたが、スルーする。
星野たちがなにやら訝しむような視線を送ってくるが、それもスルーする。
こういう時は何か余計なことを口走る前に、さっさと次に進めるのが正解だな。
そう思い、俺は改めてユリスに向き直った。
「と言う訳なんだが……真偽のほどはともかくとして、一匹だけでもいいからボスをこいつらに譲ってやってくれないか?」
「良いぜ? あたしがボスを倒してんのはただの暇つぶしだかんな。一匹くらいわけねーよ。それに、他の誰でもないオーギの頼み、だ……かん………………な……」
だんだんとユリスの顔から表情が抜けていく。
そして、しばらくした後、ユリスは自嘲気味にははっと笑った。
「……そーだよな。深夜じゃねーんだから、そりゃー自分のパーティーメンバーと一緒にいるよな。すっかり忘れてたぜ。油断した。こんなことならもっと――」
「……ユリス?」
最後の方は声が小さすぎて何と言っているのかわからなかった。
ユリスの自分を責めるような、そんな自嘲気味な笑みだけが目に映る。
その姿はとても悲しげだった。
「悪ー、オーギ。どーやらここまでみてーだ」
「? どうしたんだよ? いきなりそんな事。まるでここでお別れみたいな言い方だな?」
「まー、当たらずと雖も遠からずってやつじゃねーか? 少なくともあたしは今から最低なことをすっからな。展開として、ここでお別れかもしんねーな」
「なにを、言ってるんだ……?」
「先に謝っとく。――――ごめんな」
ユリスはそう言うと突然その場から姿を消した。
恐らくは【空間転移】だろう。
ダンジョンでは【空間転移】が使えない。それは確かだ。
だがそれは内から外へ、外から内への転移ができないというだけで、内から内への転移ならば可能なのだ。
現に俺もスライムキング戦で【空間転移】を使ってるからな。
だが普通の環境で使うのとは違い、転移阻害系の結界が張られているジャンジョン内では一度の転移で消費される魔力量が半端ではない。
だから俺もあまり使ってこなかったわけだが。まあ、今はそんなことはどうでもいい。
問題はユリスが何処に転移したか、だが……。
俺は辺りを見渡す。
ここがダンジョン内である以上、近くに入るはずだ。
ユリスが何をするのかは知らないが、何やら嫌な予感がする。
「きゃ……っ」
背後で小さな悲鳴が聞こえた。
するとそこには気絶した星野を肩に担ぐような体勢のユリスがいた。
「一応、動くんじゃねーぞ? さもなきゃ、こいつの首がこの場で飛ぶことになっかんな」
とても真剣な様子でそう言うユリス。
はっきり言って、俺には何が何だかわからなかった。
「オーギ。あたしは今からこのダンジョンの最下層に行く。こいつを返してほしけりゃー、一人で最下層に来てくれ」
「おい、ユリス。いくらお前でもやっていいことと悪いことがあるだろ」
「ンなこたーわかってんだよ。明らかにあたしが悪ーよ。でもな、あたしにだって使命ってやつあんだよ」
「……使命?」
「それも含めて、知りてーなら最下層にくんだな。そこで全部話してやんよ。――――じゃーな……」
「おいッ! ちょっとまっ――」
俺が呼び止める前にユリスはその場から消えてしまった。
恐らく最下層に行ったのだろう。
何故? どうして?
そんな言葉が頭の中で繰り返される。
訳が分からなかった。
わかっていることは、その理由を聞きたいなら最下層に行くしかないということと、星野が拉致られた、という事だ。
俺は呆然とその場に立ち尽くす。
その場に居る誰も、しばらく動くことができなかった。




