一ノ瀬唯が望むモノ
14日目
昨日の一ノ瀬さんのお願いについて、今日の授業中もずっと考えていた。
これは、俺だけの問題じゃない。俺の返事一つで一ノ瀬さんの人生を変えかねない重要な問題だ。
だから、ギリギリまで考えた。《超高度AI》の未来予測能力でいくつもの未来をシミュレーションしてみた。
なかなか納得のいく未来はなかったが、それでも一応、俺の中で答えはでた。
あとは一ノ瀬さんに伝えるだけだ。
「アイル、今日は先に帰っててくれるか? 用事を済ませたら俺もすぐ帰るから」
「かしこまりました。それではお先に失礼致します」
アイルは軽く一礼すると教室の後ろのドアから出ていった。
これであとは一ノ瀬さんを探すだけだな。
「え~と一ノ瀬さんは?」
《……ろうかがわのいちばんまえのせきにいるよ?》
「あ、ほんとだ。教えてくれてありがとな、ラプラス」
《……ん~》
お礼を言いながら頭をなでてやると、ラプラスは気持ちよさそうに目を細めた。かわいい。
っと、今は和んでる場合じゃないな。こういう話は早いほうが良いだろうし。
「一ノ瀬さ~ん! 少しいいです――――」
俺が一ノ瀬さんに声をかけた瞬間、複数人の女子生徒が一ノ瀬さんに声をかけていた。これは少し待ったほうが良いか。
それから一分ほど、俺が話し終えるのを待っていると、一ノ瀬さんは話していた女子生徒達と一緒に教室から出て行ってしまった。
まさか約束を忘れてるとかじゃないだろうな?
俺は少しだけ不安になったが、先程の一ノ瀬さんの表情を思い出してすぐに考えを改めた。
今の表情は忘れてるとかそう言うのじゃなかった。あれはもっと別の感情。それは――
《……おーぎ、あとつけたほうがいいよ。あのこ……おびえてた》
「……お前も、そう見えたか。了解だ」
そうして、俺は一ノ瀬さんたちの後をつけた。
◆◆◆
光の差さない校舎裏。
一ノ瀬さんたちが来たのはそこだった。
なかでもコの字の様になっていて周りから見えにく場所だ。そんな場所で一ノ瀬さんを壁際に追い込み、他の女子生徒たち4人が囲んでいる。
どう見ても穏やかな雰囲気じゃない。
俺は【隠密】を発動し、会話が拾えるギリギリのところまで近づく。
するとすぐに会話が聞こえてきた。
「ねぇ一ノ瀬ぇ。あんたが昨日扇君の部屋から出てくるところを見たって子がいるんだけどぉ、それってホントぉ?」
「だ、だとしたら、どうするのかな?」
代表らしき、ギャルのような女子生徒が凄みながら聞いた。それに対して一ノ瀬さんは平常を装っていたが、その声は震えていた。
「あぁ? 質問に質問で返してんじゃねぇよ。聞いてんのはこっちだろぉ?」
「…………」
「お次はだんまりぃ? そうなるとぉいつもみたいにぃ無理矢理吐かせることになるけどぉ、それでもいいのかなぁ?」
「ッ、本当だよ。ボクは昨日、八重樫君の部屋へ行った」
「ふ~ん? 何故ぇ?」
「そ、それは……」
「あれぇ? 言えないのかなぁ? 何かやましいことでもあるのかなぁ?」
「やましいこと、って?」
「ん~? いろいろあるじゃんよぉ。例えばぁ――――扇君にうちらの事話してぇ、たすけを求めたとかぁ?」
「は、話してはいないよ」
「そんなこと言ってホントぉは誑し込んだんじゃないのぉ? そのだらしない体でさぁ?」
「そ、そんなことはしていないよ」
「じゃあ何しに行ったのさぁ?」
「ッ、それは……」
「はぁ、仕方ないなぁ」
「まっ、待って――」
「言ったじゃんよぉ、無理矢理吐かせることになる、ってぇ」
そう言って女子生徒は一ノ瀬さんの腹部を拳で殴りつけた。
「ぐぅッ」
一ノ瀬さんから苦悶の声が漏れる。
残りの3人はその様子を楽しそうに眺めていた。中にはもっとやれ、なんてことを言うやつもいる。
典型的ないじめだな。
クズどもが。寄って集って一人を虐めてそんなに楽しいかよ……ッ?
俺は歯ぎしりをした。まるで昔の自分を見ているようで……無性に悔しくなった。それと同時に怒りの感情が沸いてくる。それはいじめている女子生徒だけにではない。この場で何もしていない俺自身に対してもだ。
俺は一体ここで何をしている? あの時、誰も助けてくれない現状を呪っただろッ! すれ違っても見て見ぬふりをする連中を見て絶望しただろッ! それなのにあんな連中と同じことをするのか? ふざけるなよ。
もしも、一ノ瀬さんの望むモノが主ではなくもっと別のモノなら……俺は――
そう思うのそ同時に俺は【隠密】を解いて、前へ出た。
「おい、お前ら、自分たちが一体何してるのかわかってんのか?」
「「「!?」」」
「なっ!? 扇君!? どうしてここにぃ!?」
突然、俺が現れたことで女子生徒たちに動揺が走る。
「すこし……用事があってな」
俺は視線を一ノ瀬さんに向け、そのまま近づいていく。
女子生徒たちは唖然とした表情で道を開ける。
「一ノ瀬さん」
「少し、見苦しいところを見せたね。ごめん」
「謝らなくていいよ。ただ、一つだけ聞きたいことがある」
「この状況で?」
「この状況だからだ」
「わかった。何かな?」
俺は必死に平常を装う一ノ瀬さんを見ながら、口を開いた。
「一ノ瀬さん、あんたが今、一番望むモノは何だ? 俺を主にして何を望む? ダンジョンで死なないための力か? いじめられないための後ろ盾か? それとも、もっと別の何かか?」
「ボクが、望むモノ……」
一ノ瀬さんは悔しそうな表情を浮かべ、その目に涙を浮かべた。
「ボクはっ、こんなことをされてもやり返せない、力のない自分が嫌だっ。為す術がなく、こんな奴らに好きなようにされることが悔しいっ。だからッ、ボクは八重樫君に力を望むッ! この現状をッ、こんな自分をッ、変えるための力が欲しいッ!」
悔しさに歯を食いしばりながら、涙を浮かべながら、必死に叫んだ一ノ瀬さんを見て、俺は思わず口端を吊り上げた。
「いい返事だ。――わかった。俺の力を貸してやるよ」
俺がそう言うと一ノ瀬さんの目にたまっていた涙が頬を伝った。
「……本当に?」
「ああ、だから泣くなよ。それで? 俺は何をしたらいい?」
俺がそう聞くと、一ノ瀬さんは”能力”を発動させた。
「【主従契約】」
”能力”の発動と同時に、一ノ瀬さんの首に頑丈そうな首輪が付けられた。
「この首輪に魔力を注いでほしい」
「わかった」
俺は言われたとおりに首輪に触れ、魔力を流す。すると首輪が輝きだし、それに呼応するように俺の手に鎖が巻かれた。
その鎖は首輪へとつながっている。それはまるでリードの様だった。
「これで完了だよ。さあ、最初の命令を」
「そうだな。それじゃあ、今この場はお前の好きにしていい。ただ、殺すなよ?」
「了解しました。我が主よ」
そう言って一ノ瀬さんは胸に手を当てて頭を下げた。
そして今までその様子を唖然とした表情で見ていた女子生徒たちに向き直った。
「ま、まさかあんた、私たちとやるきぃ? 何をしたのかは知らないけどぉ、4対1だよぉ?」
「今のボクには、関係ないよ」
「そっかぁ。だったらぁ、やってみなよぉ!」
「そのつもり」
そう言って一ノ瀬さんは右手を女子生徒たちに向かって突き出した。
「【雷撃】ッ!」
一ノ瀬さんが”能力”を発動させた瞬間、青緑色のスパークが煌めき、バチバチバチッという音とともに雷が放たれた。
「「「「はぁあ!?」」」」
驚きの表情を浮かべた女子生徒たちは次の瞬間雷に呑まれ、鳴りやんだ頃には誰一人として立っている者はいなかった。




