背徳的な可愛さ
俺は突然目の前に現れた(孵化した?)赤髪の少女を見つめる。
羽は生えていないが、妖精のように小さい。手のひらサイズだ。
寝起きなのだろうか。燃えるような赤髪は所々ピンッと寝ぐせが立っていて、ぼさぼさとしている。
年は6歳ぐらいで、整った容姿をしている。肌は雪のように白くきめ細やかで、触れたら壊れてしまいそうだ。
『美しい』というよりも『可愛い』という表現の方がしっくりとくる。
ただ――――目のやり場に困る。
少女は一切の衣服を身に着けておらず、その肢体は惜しげもなくさらされていた。
俺はチラッとアイルを見た。
すると彼女は「どうかなさいましたか?」とでも言いたげな表情で首を傾げていた。無表情で。かわいい。……ってそれどころじゃないな。
どうやらアイルには見えていないらしい。
と言うことは俺にしか見えないのか? それとも何か条件があるのか? この”権能”……なかなかに謎が多いな。
とりあえず一つずつ解決していこう。
俺は少女と自分の前に手をかざす。ちょうどこちらから少女が見えなくなる感じで。すると少女はきっちりと隠れた。
つまり、俺の視界に張り付いているのではなく、その場に立体的に存在していることになる。どういう仕組みなんだ?
そんなことを考えていると、俺の指の隙間から少女が顔を出した。
《……なにしてるの?》
「えっ? ああ、いや、ちょっと実験をね」
《そう……たのしい?》
「どうだろうな? ――――――というかホントに会話できるんだな」
《?……そうだよ?》
「凄いな」
《……でしょ》
会話が成立している。意思の疎通ができてるのか。ほんとにすごいな凄いな。
「なあ、質問してもいいか?」
《……いいよ》
許可が出た。
俺はかざしていた手を引っ込めてその場にあぐらをかき、机の上に体操座りしている少女に目線の高さを合わせた。
と言うか、全裸の体操座りはダメだと思うんだけど? まずはそこからか。
「その前に、服を着てくれないかな?」
《……どうして?》
「それは~……目のやり場に困るから?」
俺がそう言うと少女は自分の身体へと視線を落とした。そして頬がかすかに朱色に染まる。
少女はサッと自分の大事な部分を両手で覆って、一言、
《……えっち》
「ぐっはぁあああ……ッ」
その一言で俺の何かが壊れた。それが理性ではなかったことが何よりの救いだが……や、ヤバいな、思わず何かに目覚めそうだった。背徳的な禁忌の性癖に目覚めそうだった。
そのくらい、今のしぐさと言葉は可愛かったのだ。
「えぇーと、それじゃあ服着てくれる?」
《……(コクリ)》
彼女は小さく頷いて、辺りをきょろきょろを見渡した。そして首を傾げる。
《……服は?》
「え?」
《服がない》
「マジで?」
《まじで》
どうやら衣服を持ち合わせていないらしい。仕方ない、こういう時の《創造主》だ。有効活用するとしよう。
「よかったら俺が創るけど、何かリクエストとかある?」
少女はしばし思案した後、どこからか画像を引っ張り出してきた。……いや、そうとしか形容できないんだって。突然後ろを振り返ってごそごそしだしたと思ったら画像の張ってある板版を取り出したんだよ。
まあ、そんなことはどうでもいいんだ。俺は画像に写っている服を見る。
《……これがいい》
「なん……だと?」
そこに写っていたのは一枚の真っ白な服だった。中央がボタン留めになっていて、膝下ぐらいまでの丈。しかしサイズがあっていないのかぶかぶかだった。日本にいた俺からすると見慣れた服だ。確か名前は――Yシャツ。
「正気か? 裸よりもさらに恥ずかしくならないか?」
《……だいじょーぶ》
「どの辺が?」
《なんとなく?》
「なんとなくなのか」
《うん…………だめ?》
少女は画像で身体を隠しつつ上目遣いにそう言ってきた。
「うぐっ……し、仕方がないな。君がいいというのなら俺は止めない」
《……ありがと》
俺は《創造主》を発動させ、画像の服をイメージする。すると一秒も掛からないうちに完成した。別に期待してたとか、すでに想像してたとかじゃないよ? 違うからね? 画像があったからだよ? ホントだよ?
俺は心の中で誰かに弁明しながら、少女にYシャツを渡した。いそいそとYシャツを着る少女。そして所謂裸Yシャツと言う姿になった。現代日本で同じ事したらお巡りさんのお世話になりそうだ。
ちなみに着た服も俺以外には見えなくなるらしい。
《……どう?》
「……うん、凄く似合ってる」
《……ありがと》
恥ずかしかったのかYシャツの袖で口元を隠してしまった。何というか……背徳的な可愛さだな。
「えぇ~と、それじゃあ改めて質問。君は俺の”権能”《超高度AI》ってことで良いんだよな?」
《うん……わたしはあなたの”権能”。――《超高度AI》》
ちゃんと俺の”権能”らしい。そもそもそこが違ったら話にならないからな。
俺は続けて質問する。
「なんで、コミュニケーションができてるんだ?」
《……わからない》
わからないのか。なら仕方がないか。
俺はそれからいくつかの質問をした。
「それじゃあ最後の質問。と言うかホントは最初にするべきだったんだけどな。……まあ、それは置いといて――――君の名前は?」
《……なまえ?》
「そう名前。ずっと『君』って呼び方じゃ他人行儀過ぎるだろ? 俺の名前は八重樫扇。君は?」
《……わたしは……ラプラス》
そのままだったのか。
「わかった。これからよろしくな、ラプラス」
《……ん》
そうして俺とラプラスは握手をした。とは言っても、俺は人差し指だけだったけどな。
「お、扇様?」
「ん?」
名前を呼ばれて振り返ると、そこには心配そうな眼差しで俺を見るアイルの姿があった。
「扇様、お身体が優れないのでしたら今日の学校はお休みになりますか?」
「え? ……あっ」
今思い至った。そう言えばラプラスって俺以外には見えないんだった。つまり俺は何もない机に向かって永遠と独り言をつぶやいていたということになる。そりゃあ心配するわ。
俺は誤解を解くためにラプラスのことを紹介した。
「なるほど、意思のある”権能”……ですか」
「なにか心当たりはないか?」
アイルは少しの間記憶をあさった後、首を横に振った。
「申し訳ございません。お力になれず」
「いや、いいよ。あくまで確認だし。それにほとんど全知のラプラスが知らないって言うならそれは誰にも分らないだろ。アリス辺りならもしかしたら何か知ってるかもしれないけどな」
さてと、そろそろ時間だな。
「俺たちは学校に行くから、ここで大人しくしてるんだぞ?」
《……どうして?》
「いや、どうしてって言われてもな。学校に行くからとしか……」
《……わたしはおーぎの”権能”。だから……わたしもついていく》
「たしかに……それもそうか。わかった、ただ学校では大人しくしてろよ?」
《……ん、りょーかい》
そう言うとラプラスはぷかぷかと浮き上がって俺の肩に乗った。
「そこでいいのか?」
《……ん、かいてき》
「それはよかった。それじゃあ出発するか」
「かしこまりました」
《……しゅっぱーつ》
そうして俺とアイルとラプラスは部屋を出た。
……肩にぶかぶかの裸Yシャツ姿の少女(見た目6歳)を乗せた男子高校生。一発アウトだな。




