朝からエンカウントは洒落にならない
5日目
「おはようございます、扇様」
そう声をかけられて目を覚ますと、そこには銀髪ロングの人形と見間違うかのような整った容姿の美少女が俺を見つめていた。
すでに学院の制服を身にまとっており、準備は万端と言った様子だ。
美少女に起こしてもらうという日本にいた時からは考えられない夢の様なシチュエーションも、ここ数日間続くと慣れてしまった。
しかしながら、健全な男子高校生にとって朝とは非常にデリケートな時間帯であり、そうそう素直に起き上がることができない。
なのでいつものように寝返りを打つふりをしながら布団をかぶり直し、少し駄々をこねながら何がとは言わないが治まるまでの時間を稼ぐ。
「あと、もう少しだけ……」
「かしこまりました」
だが、
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
「すみません、起きます」
稼ぐことのできる時間は一分にも満たなかったりする。
理由としては、起こしに来てもらっているのにずっと寝続けるっていうのは罪悪感が半端じゃないって言うのと、この沈黙が結構精神的に来るからだ。
まあこの罪悪感と精神的作用のおかげですっかり治まるので、結果オーライと言えなくもない。
俺は布団から起き上がり、手洗い場で顔を洗って改めて目を覚ます。
そしてアイルの用意してくれた朝食を口にする。
寮の部屋には簡易なキッチンがあるのでそこを利用したのだろう。
今日はご飯にお味噌汁に目玉焼きという家庭的なメニューだ。
とても美味しい。
というかアイルが作るものすべてが美味しいのだが、異世界要素が全くと言っていいほど無い。
未知の料理の味を恐る恐る確かめるだとか、何の肉を使っているのか質問するだとか、そう言った要素は一切ない。皆無だ。
料理の味を確かめるも何も日本にいた時と変わらないし、何の肉か確かめるどころか、すべての食材は俺の《創造主》で創られた地球産の食材なので知らない方がおかしい。
いや、アイルが作ってくれたものの方が親の作ったものよりも数十倍美味しいので異世界要素と言えなくもないが、それはこの際気にしないとして。
結局のところ地球食から抜け出せていなかったりする。
べつにこの世界の料理がおいしくないと言う訳ではなく、やはり故郷の食べ物が一番美味しかったりするのだ。アイルの料理がおいしすぎるのも問題である。
朝食を食べ終えた俺は脱衣所で制服に着替える。
わざわざ脱衣所を使うのはアイルがいるからだ。そして制服に着替えたところで気が付いた。
あれ、アイルってどうやってこの部屋に入ったんだ?
ここは寮の部屋であり、安全のためのロック機能(【固定】?の”能力”だとか何とか)は当然備わっている。
そして俺は昨日しっかりと戸締りをしている。
にも拘らずアイルはさも当然のごとく俺の部屋に入っていた。
あと、これはこの際どうでもいいことだが一応此処は男子寮と言えなくもない場所だ。
別にアイルが俺の部屋にいること自体は問題ないんだが、もしも普通に侵入できたのだとしたらこれからのセキュリティー面も考えなくてはならなくなる。
よって念のため聞いておこう。
制服に着替え終わった俺はアイルの元へと戻り、どうやって入ったのかを聞いた。
「【空間転移】でございます」
「転移って、マジか……」
【空間転移】。またの名をテレポーテーション。
場所から場所へ一瞬で移動する”能力”。
人間ならだれもが一度は欲しいと願う”能力”ではなかろうか?
学校への登下校やちょっとした買い物の時、遠くへ行くとき、時間に遅れそうなとき、etc.etc……。そんな便利な”能力”をアイルは使えるという。なにそれ超ほしいんですけど。
「アイルさんや?」
「なんでしょうか」
「その【空間転移】って俺も使えるようになったりしない?」
「可能です」
「おおっ! それってどうやったら!?」
「普通の場合は『空間を移動する』という仕組みを十分に理解し、それを”能力”として開花させる才能が必要となります。が、扇様の場合は《創造主》を使い『空間を移動するイメージ』をし、それをスキル化してしまえば習得は可能です」
「なるほど」
《創造主》による【空間転移】のイメージか。そして【ダークネスドミネーション】の時のようにそれを”能力”としてスキル化するイメージ。
ちなみにスキルとは、ステータスプレートに表示される魔法、能力、権能の総称だ。
うん。なんだかできる気がする。
今度試してみよう。転移したら壁の中にいた、なんてことが起きないように慎重に試そう。
余談ではあるがフィラデルフィア実験というものを知っているだろうか?
…………いや、知らないなら知らないで問題ない。
気にしなくていいよ。ほんとに。
さてと、【空間転移】はいずれ習得するとして、登校時間までまだ時間があるな。なにをしようか。
「アイル、何かしたいことある?」
「? とくにはございません」
「そっか~。何というか暇だよな。何もすることないし」
ゆっくりと登校するかなぁと考えていた時、部屋のドアをノックする音が聞こえた。誰だよこんな朝っぱらから。
「見てきます」
「おー頼んだ。…………って、ちょっと待ったっ!」
俺は今の状況をしっかりと認識できていなかった。
朝の男子の部屋にいないはずの女子が居る。
この状況は果てしない誤解を生むのではないだろうか?
それこそ報告されたら問題になるレベルではないのか?
これってヤバくないか?
だが俺の制止の声も空しく、アイルはドアを開けてしまった後だった。そしてその向こうにいたのは黒髪の可愛い系男子である藤原護その人だった。
「おはよー扇君! 一緒に登校し――ってアイルちゃん!? どうしてここに!?」
俺は驚いて目をこすっている藤原の様子を見ながら頭を抱えた。
どうする!? この状況を打開するにはどうしたらいい!?
というかこれはもう無理なんじゃ……いや、あきらめるのはまだ早い!
見間違いじゃないかと目をこすっている今がチャンスだ!
今しかチャンスはない!
俺は【縮地】を使い一瞬でアイルの元まで移動し、それからアイルに対して【隠蔽】を発動する。これでアイルは俺にしか認識できなくなったはずだ。その間僅か0.3秒。人間やろうと思えばできるものだな、と改めて実感した瞬間だった。
目をこすり終えると目の前からアイルが消えていたという奇妙な体験をした藤原は大変驚いていた。
「あっあれ!? 扇君! 今ここにアイルちゃんがいなかった!? と言うか居たよね!?」
「き、気のせいじゃないか? 俺の部屋にアイルが居るわけがないだろ? 幻覚でも見たんじゃないか?」
「そ、そうかな? でも確かに――」
「それよりも、こんな朝早くからどうしたんだ? 何か用があったんだろ?」
「えっ、ああっ! そうだった、扇君一緒に登校しない?」
「……別にいいけど、ほかに行く奴いないのか?」
「うぐっ……」
ああ、これはいないんだな。この顔を見ればわかる。ぼっちか。
「わかった。すぐ準備するから外で待っててくれ」
「う、うん! 了解!」
そう言って何とか藤原を外へと追いやることができた。
ふぅ、一安心だ。
まったく、朝からとんだ大事件が起こるところだったよ。
ほんと洒落にならない。セーフ。
俺は額に滲んだ汗を手の甲で拭いながら安堵のため息をついた。そしてアイルにかけた【隠蔽】を解除する。
「と言う訳でアイル、先に寮の入り口まで行って待っててくれ。あ、でもまず自分の部屋まで【空間転移】で移動してから歩いて行けよ? いきなり入り口まで行くと騒ぎになると思うから」
「かしこまりました。では後程」
そう言ってアイルは次の瞬間、一瞬で消えた。
よし、とりあえずこれで大丈夫だろう。
あんまり待たせるのも怪しまれるだろうし、早く登校しよう。
俺はスクールバックを手に取り、改めて戸締りを確認した後、部屋を出て藤原と一緒に登校した。




